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30 宿直

 冬香が殺されたことと、別件で兄がいない理由を頭中将から聞いて尚更、綾は大人しくしているしかないと思った。

 綾はいつもの定位置でこれまたいつものように脇息を足の下に置き、壁にもたれ掛かりながら外の景色を眺めていた。


 一度目の襲撃は右近中将の部下たちが警護していた門が使われていた。その責任を感じて右近中将は謹慎していると言っていた。

 そして、二度目。綾たちが承香殿で待ち構えていた時に使われたのは左近中将、すなわち兄の良智の部下たちが警護していた門が使われていたのだ。


 問題視した大臣たちが騒ぎ出して、兄は自らその門の警護に当たっているという。

謹慎までにならないのは弘徽殿女御の父、左大臣が睨みを利かせたのでこれ以上の言及を避けた形になったようだ。


 良智と頭中将が調べたところ、どちらの門にも賊が入り込む直前に女房が夜食を持ってきたと言っていた。

手を付けなかった者たちは近くで不審者がいると誘き出され別のところで監禁されていた夜食に手を付けた者たちは暫くすると眠ってしまっていて賊が入ってきたところを見ていなかった。気がついたのは賊を追いかけていた検非違使たちが門を確認に来た時だった。


(その時には既に逃げたあとだ)


 ここを警護してくれている者たちも一瞬たりとも綾から離れることはないと言っていた。そのおかげで承香殿の女房への関与はないと証明されたのだ。

 感謝しなければいけない。そして、自分が動けないことは不満でもあるが、今はじっとしているしかないと悟る。


 それにしても暇だ。

 部屋でじっとしているのは退屈で仕方がない。

 そんな綾の気持ちを考えてか、頭中将は時々やってきては今の状況を教えてくれる。そして、東宮からは美味しい食べ物や珍しい調度品や反物などを届けてくれている。

 綾はそれらを眺めては日がな一日、過ごしているがやはり一日中何もしないのは退屈で仕方がない。


 香奈もいなくてどうしたのかと起きだした。


 御簾をあげて簀子縁にでると庭先で頭中将と香奈が楽しそうに話していた。高欄に腕を置いて二人の姿を眺めているといつのも護衛が近づいてきた。


「あまり、外に出られないほうがいいかと」

「暇だから。それにあの二人、楽しそうね」


 嫉妬に近い気分だ。決して頭中将に懸想しているわけではないが、楽しそうだ。


「求婚されたようです」

「誰が?」


 綾が聞くと護衛は頭中将と答えてきた。


「誰に?」


 もう一度綾が聞くとあの侍女殿にと言葉少なに答えてきた。

 綾は護衛を見ると護衛は頭中将と香奈の方を微笑みながら見ていた。


「嬉しいの?」

「嬉しいというより羨ましいかな」

「好きな人がいるんだ」

「胸を張って会いに行きたい人がいますから」


 そう言った護衛の顔はとても綺麗だった。きっと、手柄を立てて会いに行きたいのだと思った。


 それにしても、香奈ったら。いつの間に。

 求婚されたなんて話聞いていないのだけど……。もしかして、頭中将は遊びで香奈に声をかけているのかしら。


 二人を見ているといつの間にか護衛はいなくなっていた。

 何か言われることもなくなったので、綾はそのまましばらく頭中将と香奈を見ていた。


(羨ましい)


 綾もそう感じた。


(私もいつか、東宮様とあんなふうに会話が出来る日が来るのだろうか)


 大きなため息が出てきた。後宮の問題が片付かない限り、そんな日は来ない。

 高欄に背を預け、頭をのせる。冬香に深雪、あの二人は仲間だろうか。

 秋の終わりの日差しは優しく綾を包む。目を閉じるとそのまま眠ってしまった。


 気がつくと部屋に寝かされていた。日はとっぷり暮れて、香奈が忙しそうに動き回っていた。


「あっ。姫様起きられましたか。すぐ夕餉をお持ちしますね」


 そういうとまた部屋を出ていった。

 綾は褥に座りしばらく考え込んでしまった。自分で動いた記憶はない。かといって、香奈が運べる訳もない。


「頭中将様が運んでくださいました」


 食事が運ばれてきて香奈に聞くとあっさり返ってきた。

 流石に殿方に褥に運ばれるのは良くないと反省した。あの護衛に言われたとき部屋に戻っていれば……。

 香奈が頭中将に求婚されたことを聞きたかったが、何となく聞きそびれてしまった。

 その夜遅くに、兄の良智が部屋を訪ねてきた。


「門の警護をしているのではないの?」

「調べたいことがあって、宿直をしていた。それも今日で終わり」

「今日で終わりって、何を調べていたの」

「賊が来た日、門番たちに眠り薬を飲ませたのは冬香だったよ」


 綾はたいして驚くこともなかった。たぶん、そうだろうなと考えていたからだ。兄もそう思ったから調べていたようだ。

 一応、検非違使たちが調べをしていたが、どちらの門番たちも自分たちの責を隠すためなかなか詳細を話そうとしなかった。

 兄が調べてきたのは違っていた。


 冬香が夜食や酒などを持ってきたのだが、その時一緒に来た女房達に酌をされて酒を飲まされていたようだった。

 眠り薬はその酒に入っていたようで、酒を飲まなかったものは女房達に外に呼び出されてついて行くといきなり襲われて監禁されたという。


「冬香以外の女房は誰なの?」

「酒を飲まされた者を連れて後宮内の庭園から女房達を見てもらったがそれらしき人物はいなかった。きっと、賊と同じように外から入った者たちじゃないかと思う」


「これからどうするの?」


 冬香が死んでしまっているので、それを証明することは出来ない。


「深雪がまだ帝のお傍に仕えている。今は深雪を監視している」

「最近、中務卿が訪ねてこなくなったけど何かあったの?」

「それは、東宮様がこの間の襲撃のこともあるから綾を使わないでほしいと帝に願い出た。」


 帝と中務卿は一度目の襲撃は綾を狙ってと勘違いしている。

 二度目は中務卿と結月が藤壺に行った帰りに襲われている。そこで東宮は綾と中務卿が会っているとまた狙われる可能性が出てくると言って止めているようだ。

 それで来なくなったのは都合がよかった。

 帝の傍に深雪がいるとなるとこちらの情報は隠し通さなければいけない。


「もう一つ言い忘れていたことがあった」

「なに?」

「香奈だけど、頭中将殿が北の方に迎えたいと仰っている。既に父上の許可も取っているみたいだから」

「頭中将って妻帯していないの?」

「ずっと、お一人だったよ。先日、香奈に命を救われたと仰っていたから多分、その時に想われたのだね」

「香奈は侍女よ。それでもいいのかしら? 香奈が悲しむのは見たくないわ」


 世の公達は貴族の娘に通うのだと思っていた。北の方になるのはもちろん、貴族の娘で、侍女たちと恋愛関係になっても、よくて側室、悪ければ遊ばれて捨てられる。大事な香奈をそんな目に遭わせたくない。


「それは大丈夫だと思う。頭中将殿はどちらかというと貴族の娘だとその親の政治的判断に巻き込まれるから、それは嫌だと以前から仰っていた。それに頭中将殿はそんなことなくてもとても能力のあるお方だからそういうのが煩わしいんだと思うよ」

「それならいいのだけど」

「嫉妬かい」

「嫉妬じゃないわよ。今日、庭先で頭中将様と香奈が楽しそうに話しているのを見て羨ましいと思ったの」


 クスクスと兄に笑われた。


「もうすぐ会えるようになるよ。それまで大人しくしているように」


 兄に再度、念を押され、しばらくはこの麗景殿の宿直をすると言って帰っていく。

 もうすぐ東宮様に会えるとは何を根拠に言っているのか教えてもらえなかった。

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