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29 偽の祈祷師

 頭中将と兄を見送って戻ってきた香奈が慌てて駆け寄る。

 綾の体調を心配してかと思ったが違っていて、綾の前には食事が運ばれてきた。


 明らかにどこかの高級女房と言った雰囲気を醸し出している。笑みを浮かべることなく事務的に指示を出す女房。

 綾は目の前に並べられる膳を眺めながらいつもの食事より豪華だと思った。香奈は高級女房の迫力に押されていて、部屋の隅っこで立ち尽くしていた。


「こちらは東宮様からです。ゆっくり休むようにと」


 そういいながら文を取り出した。慌てて香奈が綾の傍にきて文を受け取った。


「ありがとうございます」


 香奈に体を支えてもらいながら返事をする。

 目の前に並べられた食事からはいい香りがしてお腹が鳴る。どうしてこんな時にと自分が情けなくなる。


 それまで無表情だった女房の顔が一瞬、綻ぶのが見えたが、流石東宮付きの女房ですぐに真顔に戻った。


 女房が帰った後、綾は食事をしたかったが、先に文を読んだ。

 先日返事を送った文のお礼と承香殿の女房のことは気にしなくていいと書かれていた。それと最後に、しばらく危険なので部屋から出ないようにと書かれている。


「香奈、危険みたい」


 文を香奈に見せる。


「あの侍女が殺されたとなると、姫様の命も狙われる可能性もありますね」


 香奈は神妙な表情を浮かべるが視線は奥の部屋を見ている。その部屋の壁には薙刀や小刀などが用意されているからだ。何かあった時の為にすぐ使えるように置いてある。


「姫様。冷めないうちにこちらを召し上がってください」


 目の前の料理はまだ温かく、調理されたばかりのものだと分かる。折角なので綾は少し口に運ぶ。

 先程のお腹の痛みは緊張からなのか、ただ空腹だったのか分からないまま、食事を終えると急に睡魔に襲われてそのまま倒れるよう眠ってしまった。



〇〇〇

 ざわざわと音が聞こえるが体が重く動けない。目も開けられないが気配や音だけははっきりと聞こえる。綾の傍に誰かが来たのが気配で分かった。香の匂いがほのかにしてきた。

 あぁ、この匂い。好きだなぁ。そんなことを思っていると誰かが頬を撫でるのが分かった。


「巻き込むつもりはなかったんだ」


 頬を撫でる人物だろうか。すぐ傍で声が聞こえた。

 何を?

 そう聞きたかったが、撫でられている頬に安らぎを覚えて、綾はまた深い眠りに落ちた。


「ひめさま……」


 うっすらと目を開けると香奈が覗き込んでいた。辺りを見るとまだ明るく、日は天中にあった。半目でぼんやりとしながらもなんとか起きだす。


「頭中将様が来られています」

「へ? 帰ったんじゃなかったの?」


 確か、朝早くから兄と共にやってきて、帰ったはずだ。


「一度帰られたのですが、姫様に報告があるそうで今、表の部屋でお待ちです」


 香奈に急かされ身支度を整えた。

 綾は朝着替えたままの姿で眠っていたらしい。来ていた袿も袴も皺だらけで人前に出るにはあまりにも酷い恰好だった。

 着替えを終えて、頭中将が待つ部屋に行くと、兄は来ていなかった。


「お一人ですか?」

「左近中将殿は別件の任務に当たられていますゆえ」

「別件?」

「その件に関しては後程、ご説明させていただきます。まずは、私の話からお聞きください」


 頭中将がここに来た理由は、承香殿で行われていた祈祷についてだった。

 承香殿の祈祷は皇太后の計らいで行われたもので、祈祷師も皇太后の指示で集められていた。ただ、その者たちの多くは高名な祈祷師たちで特に怪しいところはなかった。


「三日目の夜は違っていたようです」


 頭中将が声を潜めて話す。


「どういうことですか」


 綾も思わず、小声で聞き返す。

 二人が顔を寄せ合って話し始める。

 人払いをしていると分かっているが、どうしても最近の出来事を考えると自然と声を小さくなる。


「帝の使いだという女房がやってきて、三日目の夜は別の者に祈祷をしてもらうので下がるようにと言われたそうです」

「帝の使いって。皇太后様が依頼した祈祷を帝が止めたってこと?」

「帝はその使いを送ってはいませんでした」


 えっ?


 状況がよく分からなくなってきた。

 帝は使いを送っていないのなら誰が帝の名を騙ったのか。それに、皇太后が手配した祈祷を止めさせてまで……。


「もしかして、その代わりの祈祷師が賊を逃がす手助けをした?」

「そうだと思います。それでなければあの部屋からいつ逃げ出すのか疑問だったのです」


 検非違使たちから逃げるには部屋に逃げ込むのが一番だが、その後のことまで考えていなかった。一旦、逃げ切った後、あの部屋から出て今度は御所の外に逃げなければいけない。 それか、どこかに紛れるか。

 そういえばこの間の賊は金で雇われた者だと言っていた。前回も金で雇われた者だろうか。


「この間の者たちは東宮妃様を襲った者たちではありません」


 頭中将が綾の考えを察知して答えてくれる。出来る男だと感心する。


「前回も金で雇われた者たちでしょうか?」

「麗景殿に残っていた者たちは金で雇われていました。ですが麗景殿を襲い、その直後に藤壺も襲った者は後宮内に詳しい者たちの仕業でしょう」

「御所にあがっている者たち?」

「そこはまだ。それと帝の使いは冬香でした」


 冬香が事情を知っていたのか。綾は早まったことをしたと後悔する。もしかして、こちらが何かを掴んだと思って慌てて冬香を消した?

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