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27 承香殿の女房 前編

「本当に行くのですか?」


 香奈が不安そうに聞いてくる。既に三回目だ。

 兄たちが帰った後、綾は急いで着替えを始めた。いつもの衣裳係は久方ぶりの仕事に精を出すが、綾の行く先を聞いて衣裳係も不安そうにしている。


「姫様、念のためこちらを」


 衣裳係が綾の懐にそっと忍ばせたのは短剣だ。後宮で刃傷沙汰は良くないが襲われないという保証はない。衣裳係は香奈にも短剣を渡していた。


「貴方たちは反対しないのですね」


 綾は衣裳係に聞いた。いつもはひっそりと弁えている衣裳係たちは直貞親王がいた時も余分な会話すらしないで、愚痴一つもなく直貞親王の衣の用意までしてくれていた。


「いずれ姫様のお命を狙う者が出て来るかもしれないのなら早いうちに確かめるべきだと皆が納得しております」

「ごめんなさい。貴方たちにも迷惑をかけてしまうかもしれません」

「後宮に来た時から覚悟のうえです」


 衣裳係たちは笑顔だった。みんな分かってくれているのだ。みんなの為にも無事に戻ってこないといけない。綾は胸元に手を置いて呼吸を整えた。


「香奈行くわよ」


 とうとう諦めた香奈は胸元の短剣にそっと手を置いて頷いている。


 先ぶれは出している。

 表向きは柾良親王の病気見舞いということになっているので向こうも警戒していないはずだ。ただし、昨夜のことが知られていない場合という条件付きで。


 昨夜、あの部屋に行って思ったのだが、あの部屋に柾良親王がいないことを知らなければ賊はあの部屋を利用しようとは考えないのではないか。


 承香殿にも内通者がいる。


 綾が導き出した答えだ。

 賊が何処にいるのかも、毒殺を企てようとも容易だろう。そしてその人物は綾の知っている者のはずだ。


 承香殿につくと女御は歓迎してくれた。


「東宮妃様、本当にありがとうございました」


 聞くと柾良親王は食欲もあり少しずつだが体を動かせるまでになっていた。


「私も柾良親王様にお会いしたいのですがよろしいですか」


 丁度良かったと話の流れで頼んでみる。きっと、傍にいるはずだから。


「是非、会ってください」


 承香殿女御から承諾を得て、清佳の案内で現在の柾良親王がいる部屋に来て驚いた。以前よりも多くのお札が貼られていたからだ。


 香奈が息を飲むのが分かった。


 綾は以前の様子を知っているので今回もと、何となく想像できたが、初めて見る者にはこのお札の数は異常ともとれる。


 柾良親王の傍には美和と冬香の二人がそろっていた。

 この二人は交代で柾良親王の世話をするはずだったのだが……。


「柾良親王様の体調がいいので、夜のお世話をしなくてもよくなりました」


 清佳が綾の疑問の答えを教えてくれる。


「東宮妃様が柾良親王様のお見舞いに来られました」


 清佳が言うと美和と冬香が部屋の隅に下がる。


 二人を視界の隅で確認して、柾良親王の傍に座った。

 綾に気づいた柾良親王は目を開けて視線を彷徨わせる。


「誰か来たの?」

「東宮妃様がお見舞いに来てくださいましたよ」


 清佳が説明している。

 綾は柾良親王の目を見る。視線が定まっていない。もしかして目が?


 清佳に支えられながら柾良親王が体を起こす。

 手を伸ばす柾良親王に綾は自分の手を添えた。


「ご気分はどうですか?」


 ありきたりな言葉になってしまう。


「前より気分はいい。東宮妃様のおかげだと母から聞きました。礼をいいます」


 綾が高子として柾良親王の傍にいた時はまだ、目が見えていたはずだ。

 この数日でなにがあったのか。


「承香殿女御様と柾良親王様が諦めずにいたからですよ」

「そうだね。母はいつもきっとよくなると言っていた。そうだ、清佳。例のあれを」


 柾良親王は調度類のある方へ視線を送った。


「そうでしたわ」


 清佳が急いで棚から取り出したのは文だった。


「東宮妃様。以前、お約束しておりました文です。どうかよろしくお願いします」


 綾は柾良親王の手を握っているので、代わりに香奈が文を受け取った。


 柾良親王の息が乱れてきたので、清佳に支えられながらまた体を横たえた。


「返事が欲しい。貴方の文は幸運を呼ぶと言われている。東宮様をお支え出来るくらい健康な体が欲しいのだ」


 うわ言のように言う柾良親王はそのまま眠ってしまった。


「目はいつから?」

「中務卿から言われて一旦は女御様のお部屋に居ました。その時はまだ見えていたのですが。祈祷をするということで、この部屋に移られてから急に目が見えないと言い出されて」

「医者には見せましたか?」

「心の病だと言われました」

「少しは見えているのですよね」

「はい。近くのものはうっすらと見えるそうです」


「この文はいつ書かれたものですか?」

「女御様のお部屋にいらっしゃる時です。女御様からお話を聞かれて書きたいと申されました」


 文のあて名はしっかりとした字で書かれている。腕や手の力もあったようだ。しかし、先ほど手を握ったときに感じた時、力強さは感じられなかった。


「東宮妃様。私からもどうかお願いします」

「分かりました。必ず返事を書きます」


 綾はしっかりと約束する。

 それにしてもと部屋を再度見渡す。物々しいばかりのお札は何とかならないのか。かえって不気味だと感じた。


 清佳とともに柾良親王の部屋を退出するとき、冬香の前を通った。

 綾は立ち止まり、冬香を見る。


「新しい噂話はないのかしら?」


 冬香は不思議そうに綾をみた。


「東宮妃様?どうかされましたか」


 清佳が声をかけてくる。


「いえ、以前この者から面白い話を聞いたので、また何か聞かせてくれないかと思いましたの」


 以前は女房姿だったが、今日は正装している。すぐには分からなかったのだろう。

 暫くして目の前の東宮妃が高子だと気づいた冬香は顔を強張らせた。


「面白い話ですか?」


 清佳は何のことかと冬香を見る。


「えぇ。どなたかが密通しているとか、そんな話でしたわ」


 左手で扇を持ち、口元と胸元を隠しながら右手で胸元に手を入れ冬香を見ていた。冬香が襲い掛かってきてもすぐに動けるように、香奈はすでにいつでも動けるような構えを取っていた。


「冬香、あなたはまたそんな噂話を。何度言えばわかるのですか」


 清佳が叱る。

 いつものことなのか。そうやってあらぬ話を作り上げていったのか。

 承香殿を退出してすぐに綾は冬香を呼び出す文を届けさせたが冬香は来ることはなかった。


 翌日、その冬香は御所の池で死んでいるのが見つかった。

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