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最後の夏休み



蝉の声が頭に響く。何かを知らせるように。

8月も間もなく終わろうとしているのに残暑が厳しい。

美都は額に数滴汗を浮かべながらゆっくりと目を覚ました。

空調が壊れているわけではない。むしろ常に適温で稼働してくれている。おぼろげな意識のまま、雑然と額の汗を手の甲で拭う。

原因は恐らく先程まで見ていた夢のせいだ。

鉛がついたように重たい身体を起こし、ベッドに腰かけて少し長めの息を吐く。

日差しは雲に遮られ、いつもよりは届かないものの気温はまだまだ夏日を更新するのだろう。窓の外では相変わらずけたたましく蝉が鳴いている。

ふと心臓が早鐘を打っている事に気づいた。思わず顔をしかめる。清々しい朝、というわけにいかないことは数日前からなんとなく解っていた。

────8月31日。夏休み最後の日が始まる。





「はよ」

「おはよー」

食事当番のため先に起きていた四季と挨拶を交わす。彼は美都と違い、朝起きるのが億劫ではないようだ。

この生活も5ヶ月目に入ろうとしている。

だいぶ慣れてきたものの、洗面所に行くためにリビングを経由しなければならないのは

如何せん納得がいかない。と言ってもそういう造りだから文句を言っても仕方がないのだが。

キッチンで忙しなく手を動かす四季を横目に洗面所へ向かった。

何も変わらない、いつも通りの朝だ。だが夏休み期間で沁みついた時間感覚も今日で最後になる。少し余裕のある朝が過ごせるのも今日までだ。

洗面台の前に立ち、洗顔を済ませる。初めは物が少なかった洗面台にも生活感が出てきた。

鏡で自分の姿を確認する。春先より少し伸びた髪に触れた。自分の手で毛先を(つま)み持ち上げる。

「……────」

美都は何かを想うようにふっと息を吐いた。

瞬間、呆けている自分を急かすようにキッチンの方からバターの良い香りが漂ってきた。

ハッと我に返り途中だった身支度を慌てて再開し、髪を整えて洗面所を出る。

匂いを辿るようにリビングへ戻るとキッチンのカウンターには既に2人分のプレートが用意されていた。

「何飲む?」

「うーん……カフェオレにしようかな」

四季の問いかけに答えながら美都はプレートを手に取りテーブルへ移す。

テーブルマットの上に置かれたカトラリーの横にそれぞれ対面で置き、椅子をひいた。

まもなく四季が2人分の飲み物を持ってキッチンを後にした。そして片方を美都に手渡す。

それを受け取り互いの席に着いて手を合わせた。

「いただきます」

今日の朝食はフレンチトーストだ。四季が食事当番のときは決まって凝ったものが出てくる。おそらく彼自身は凝ったものだと思っていないのだろう。美都からしてみればトースト以上のものは全て手が込んでいるものだ。

「美味しー……!」

「どうも」

一口食べると先程まで香っていたバターが今度は口いっぱいに広がった。

まさに優雅な朝食だ。あまりの美味しさに顔が綻ぶ。

同居を始めてからしばらくは個々で食事を摂ることが間々あったが、正式に付き合うことになってからはこのスタイルが板についた。

何より四季の作る料理は全てにおいて美味しい。その感想を直接授受できるので互いに理想の形となっている。

食事中は自然と会話は少なくなるがその空気さえも愛おしいものだ。

「そういや今日の予定は? ボードに書いてないけど」

食べ進めているとおもむろに四季が口を開いた。

守護者の務めとして、互いに情報共有を目的として同居当初から一日の予定を記すようにしている。

冷蔵庫に貼り付けられたホワイトボードを見ると、四季の予定には《家で勉強》と書かれていた。受験生らしい夏休み最終日の使い方だ。というのも、普段は部活や受験生のため夏休み中でも開放している学校も、明日の始業式の準備のため終日閉まっているからだ。

図書館は家で集中できない受験生に溢れかえるだろう。四季の判断は正しい。

美都は少し考えたあと、四季の問いに答えた。

「凛の家に行って……夕方には帰るようにする。後で書いとくね」

「りょーかい。気をつけてな」

「うん、ありがと」

付き合うようになってからわかったことだが、四季は意外と心配性だ。四季にとってみれば美都は一つ年下なので幼く見えるのかもしれない。事有るごとに何かと気にかけてくれる。同じ学年でなければ確かに頼れる先輩のようになっていたのかなとふと感じる。

年明けに転校してきた四季は、一つ年上ということもあり始めのうちは同級生から敬遠されていた。しかし今ではすっかりクラスに馴染んでいる。

クラスの担任である羽鳥も分け隔てなく生徒に接する為、環境が良かったのだ。それは6月に転校してきた水唯も同じことだろう。

そういえば、とボードに書かれた四季の予定を見て口を開いた。

「勉強するなら水唯と一緒にやればいいのに」

水唯は理数系に強い。四季も不得意ではないが、彼の教え方はとてもわかりやすいことを美都も知っていた。

「誘ったけど用があるんだってさ」

「そっか。残念だね」

「まあ最終日だしいろいろやることあんだろ」

夏休み最後の日、有意義に過ごせるようにと学校から出た課題はとっくに終わらせてある。そもそも美都たち三年生は出された課題を受験勉強に宛がうため、あってないようなものだ。足りない箇所は各々参考書を買ったり塾の短期講習を受けたりと様々だ。

もちろん学校でも補習授業が開かれていた。美都たちも夏休みの間は頻繁に学校へ行っていた。

「夕方雨らしいから傘持ってけよ」

「そうなんだ? わかった、ありがと」

四季の言い方だと夜までは降らないようだ。

確かに起きた時確認した際は少し曇っていたなと思い出す。まもなく季節の変わり目に差し掛かる時期だ。気温や天気の変化も目まぐるしくなるだろう。

「ごちそうさまでした」

最後の一口を食べ終えて手を合わせた後、使用した食器を片づける。自分で使ったものは自分で洗うのが決まりだ。

慣れた手つきで右手にスポンジを持ち洗っていく。いつもよりゆっくり食べていた四季もちょうど食べ終えたらしくそれに気づいた美都が声をかける。

「一緒に洗うよ?」

「サンキュ」

夏休み期間繰り返されてきたやりとりも今日で終わりだ。

二人分の食器を洗い終えて水切り台に置き、手を拭いてキッチンを後にする。

自室へ向かう途中、リビングにある付けっぱなしのテレビの横で立ち止まった。『残暑が長引く見通し』とキャスターが解説しており、そのすぐ後には今日の天気が映し出される。四季の言うように夕方に雨マークがついているものの夜には止むようだった。

続けて画面が切り替わると陽気な声を響かせキャスターが話し出した。

『本日はしし座流星群がピークを向かえます。雨上がりの空をぜひ見上げてみてくださいね』

ぼんやりとその解説を耳にしながら、美都は画面の端にある今日の日付を見つめた。

背景に紛れない様に白文字で表示されているそれは、何かをうったえかけているようだ。

心臓が一度大きく鳴った。ハッとしてゆっくり胸を抑える。

先程潤したばかりの喉に乾いた空気が張り付く。

まるで、あの日と同じように。





日差しは雲に遮られているのに、気温も湿度も高い。

蝉の声が耳鳴りのように響いている。油断するとその声に呑まれてしまいそうになる。

つないだ手を離さないように何度も上を見上げるが帽子のせいでよく見えない。ただ握っているという事実のもと歩を進める。

今日はやけに口数が少ない。

いつも多い方ではないが、こちらが話し始めてもどこか上の空といった相槌しか返ってこない。普段より荷物が多いから、会話が億劫なのだろうか。

今朝はいつも通りに起きて、いつも通りに一緒にご飯を食べた。

特別な日の朝だったので少し残念な気もしたが、昨日の出来事で心は満たされていた。

いつもと同じように出かける準備をして、いつもと同じ靴を履いた。

向かう場所はなんとなく予想できていた。

だからこうして、目的地へ歩いている。



ジメッとする空気が煩わしい。蝉の声がうるさい。

お願いその声を遮らないで。



────このとき何を考えていたのかなんて、今でもわからない。

ただいつもと同じだと思っていたのは自分だけで。

あの人だけが、いつもと同じではないと知っていたのだ。





「……──と。美都! 聞いてる?」

凛に名前を呼ばれ、現実に引き戻される。

「あ……ごめん。なんだっけ」

呆けていた美都に少しだけ不満な面持ちで凛が話を続ける。

「もう。だから今年はどんなのがいいかなって」

「な」

「なんでもいいは無しね」

「……難しいなあ」

凛の問いかけに回答しようとした台詞を瞬間に奪われて、美都は顔をしかめる。まるで恋人のようなこのやり取りも毎年の定番になってきている。

美都は今、凛の部屋にいる。朝食を食べ終えた後、出かける準備をして彼女の家に向かった。来る途中で教会を横切ったが菫の姿はなかった。なんとなく話がしたい気分だったので少し残念だった。

菫が教会にいないことにもだいぶ慣れてきている。しかし彼女のいないその場所は普段より静かな感じがした。体調を崩していないだろうかと少し心配になる。

そんなことを考えていた時、コンコンと扉が二度ノックされた。

「はーい。お茶持ってきたわよ」

トレーの上に二人分のコップと皿、そして白い箱を乗せて凛の母が部屋へ入ってきた。扉の近くにいた美都が立ちあがりそれを受け取る。

「わあ美味しそー」

白い箱の中には色とりどりのケーキが並んでいた。

「近くに新しいケーキ屋さんが出来たの。ちょうどよかったわ。美都ちゃんどれにする?」

「わたしから選んでいいんですか?」

「もちろんよ。美都ちゃんのために買ってきたんだもの。さ、選んで」

「じゃあ……これで! 椎菜(しいな)さんありがとうございます」

凛の母である椎菜は娘と同様、美都とは友人のような付き合いだ。椎菜はフランス人とのハーフで溌剌とした素敵な女性である。凛の金髪で紺碧の瞳は母親譲りだ。

腰を屈めながらケーキを皿の上に乗せ、小さいテーブルの上にアイスティーの入ったコップとともに置いてくれた。

「ねぇママ。何が良いと思う?」

「んー? いつものやつ?」

「そう。美都ってば何でもいいって言うから」

言う前に遮られてしまった言葉を凛が反復する。甚だ齟齬が生じそうな伝え方だが、母娘間であるので心配はしていない。

美都も再びその場へ座るため膝を折り曲げた。

「美都ちゃんが帰るときに一緒に見てくればいいじゃない。この後出かけるんでしょ?」

「そうだけど……うーん」

椎菜と凛の会話のテンポは聞いていて心地よい。

内容自体は自分に関係することなので凛を唸らせてしまって申し訳ないと思いつつ、先程選んだケーキに手を伸ばす。

「まあ二人で相談しなさいな。じゃあ美都ちゃん、それ食べ終わったら下に来てね」

「あ、はい! お休みの日にすみません」

「いいのよ、気にしないで。それじゃあ後でね」

いつまでも唸っている娘を気に留めず、部屋から立ち去る椎菜に会釈をする。

もともと凛と名目上勉強するという予定はあったのだが、今日凛の家に立ち寄ったのは他でもない椎菜に用があったからだ。

以前から依頼はしていたが、快く引き受けてくれた彼女には毎度頭が下がる。それに今日はケーキというおやつ付だ。

こんなに至れり尽くせりで良いのだろうかと少し気が引けてしまうが、この母娘は全くそんなことは気にしないだろう。

再び美都がケーキに手を伸ばそうとしたとき、それまで黙って彼女を見つめていた凛がおもむろに口を開いた。

「髪……伸びたわね」

凛の視線に気が付き、美都も首を傾けて自分の髪を確認する。

「そうだね。わたしも今朝同じ事思ってた」

目の端で茶色の髪の毛が揺れる。

夏の間は結んでいることが多かったため下ろしているのは久々かもしれない。毛先は胸元付近まで近づきつつある。春から考えても相当伸びただろう。

今朝、鏡に映る自分の姿を見てまさに凛と同じ気持ちを抱いていた。

「凛は伸ばさないの?」

「美都はどっちが好き?」

「うーん、ショートに見慣れてるからなー。ロングも似合いそうなのに」

「目立つからあんまり伸ばさないようにしてきたの」

凛はクォーターだ。椎菜と同じ金色の髪はこの国の中学校では目立つ。そのせいで過去、あまり良い思いをしなかった時期があった。地毛であろうともやはり周りと違うということに抵抗があったようだ。

小学校のとき周囲からの干渉に耐えられず塞ぎこんでいたことを知っている。ちょうど知り合ったときのことだ。美都自身も周りから見れば変わった髪色をしているので凛の気持ちは少しだけ理解できた。

それでもあの時声をかけたのは同情からではない。

「わたしは凛の髪、好きだよ。だってそれは凛だけのものだもん」

ふとその時のことを思い出しす。小学校2年生の下校時のことだ。

一人で帰っていたとき。悪い事だと思いながら通学路とは違う道を歩いた。なんとなく真っ直ぐ家に帰りたくなくて、1本脇道へ入ったのだ。

そのときだった。目線の先に同い年くらいの一人の女の子が歩いていた。

夕陽に照らされて輝く髪に、幼いながら目を奪われたことを今でも覚えている。

凛の存在は知っていた。同級生の間では「外国人がいる」と噂だった。

当時クラスが違っていたため交流がなかったがその瞬間、走って凛に駆け寄り声をかけたのだ。

『ねぇ! きれいな髪だね!』

後ろから不意打ちで声をかけられた凛は、きょとんとした顔で振り向いた。

『……だあれ?』

『つきしろみと! あなたは?』

美都をじっと見つめると訝しげな表情で問いかけた。凛の問いかけに勢いよく答え同じ質問を返す。

『……ゆづき、りん』

『りんちゃんって言うの? かわいい名前!』

『かわいい……?』

『うん! かわいいよ! 名前も髪もすっごくかわいい! わあ瞳もきれいなんだね』

その言葉を聞いて凛は目を見開いた。吸い込まれそうなほど碧い瞳にまた釘づけになった。

凛は不思議そうに美都を見つめたあと、俯き加減で呟いた。

『でも……みんな変だって言うの……。オカシイって』

『どうして?』

『みんなと違うから……わたしだって好きでこうなったわけじゃ、ないのに……』

ぎゅっと手を握りしめて、だんだんと涙声になっていく。

このときはわからなかったが、偏見に相当苦しんでいたのだろう。

周囲と違うこと、それは『みんなと同じでいなさい』という教育方針が凛のコンプレックスを加速させたのだ。

美都は咄嗟に凛の手をとった。

『りんちゃん!』

『!』

『わたし、好きだよ! りんちゃんの髪も瞳も! だってそれはりんちゃんだけのものだもん!』

凛は驚いて顔を上げ、再び美都を見つめた。

周囲と違うことが嫌だと感じる彼女へ、自信を持って欲しかったのだ。みんなと同じじゃなくていいのだと。

『わたし……だけ……?』

『うん! あ、そうだ!』

何かを思い出したかのようにスカートのポケットを探る。

先日円佳に買ってもらった青いピンを取り出し、凛の髪へ付けた。

『これあげる!』

『……いいの?』

『うん! だってりんちゃんの瞳の色とおんなしなんだもん! やっぱりすごく似合う!』

『……ありが、とう……っ……』

凛は目に涙をいっぱい溜めて、感謝の言葉を絞り出した。

泣き続ける彼女を宥めながら家の場所を聞き出しそのまま家まで見送った。そのときに椎菜とも初めて会ったのだ。

家の場所はさほど離れておらず、今まですれ違わなかったのは凛が通学路とは違う道を歩いていたからだと判明した。

その為翌日からは一緒に登下校するようになり、初めは奇異な目で見ていた同級生たちも、彼女が自分たちと変わらないということがわかると自然と周囲の空気が変わり輪に溶け込むようになっていったのだ。

「美都があの時声をかけてくれたから、わたしここにいられるのよ」

幼い頃の懐かしい回想に浸っていた時間から呼び戻すように、現実の凛が声を発する。

彼女も同じように思い出していたのか、感慨深そうに呟いた。

「それは大袈裟だよ」

「大袈裟なんかじゃない! だって本当のことだもの」

美都が苦笑いで言った言葉を即座に否定し、凛は彼女と向き合った。

「だから私……美都のこと全部はわからないけど、あなたと一緒にいられる時間を大切にしたいの。もちろん嫌じゃなければ……だけど」

まるで愛の告白のような凛の言葉も何度目だろう。それ程に凛の想いは強い。

きっと彼女はもっと聞きたいことがあるはずだ。でもそれを聞かずにいてくれるのは優しさだろう。

凛の言葉を反芻するように美都は彼女に微笑み返す。

「嫌なわけないよ。……ありがと、凛」

「美都……」

美都の返答にパァっと顔を明るくする。幼い頃からずっと見てきた表情だ。

同時に時間の経過を表すように、コップの中の氷がカランと音を立てた。

「さ、椎菜さん待たせてるしケーキ食べちゃおう。あー夏休みがおわっちゃうなー」

「そうね。あっという間に2学期が始まるわね」

「なんだかんだいろいろあったけどね」

ケーキをつつきながら夏休みまでのことを脳内で呼び起こす。

3年生に進級してからまだ半年も経っていないというのになんだか毎日が目まぐるしい。もちろん受験生とはかくあるべきなのかもしれないが美都にとっては付随するものもある。

「そういえば、まだ所有者はわからないの?」

「うん。って言っても所有者も自分が持ち主だってわからないらしいから……けっこう手詰まりではあるんだよね」

結局、宿り魔を送り込んでいる二人の正体もつかめていない。初音と不思議な影。彼女らは鍵を探している。

果たして何のために鍵が必要なのか。それが未だに解らない。

「それに私たちは鍵がどういうものなのかもわからないし。……なんか後手に回ってる感じ」

美都たちは鍵の守護者でありながら、それがどういった形をしているのか全く知らない。前任の弥生たちでさえ見た事がないのだという。鍵に関して手がかりが無さすぎる状態だ。

解っていることと言えば、鍵の役割。鍵は二つあってそれぞれに異なる力が秘められているということ。

創造の力を持つ光の鍵、そして破壊の力を持つ闇の鍵。そのどちらかの鍵が必ず近くにある。

そして、向こうの探索対象はこの間の初音との会話ではっきりした。

第一中学3年生の女子生徒。特技や才能を持っている、他者より抜きん出た何かがある者。彼女たちが未だ発見するに至っていないのは、第一中の生徒数のせいもあるのかもしれない。

美都たちの学年は例年に比べてクラス数が多い。少子化のこの時代に珍しいことではあるが、学年全体では230人弱、女子だけでも半数はいる計算だ。その中から探すのは、シラミ潰しにしたとしてもかなり時間を要することになる。だがそのお陰で未だこう着状態にある、というのもまた事実だ。

考えを巡らせながら口の中で反芻していたケーキを呑みこんだ。

「何にせよ気を引き締めなきゃ」

「怪我だけは気を付けてね。絶対よ」

「うん。ごちそうさまでした! それじゃ椎菜さんとこ行ってくる」

「えぇ。あとでね」

ケーキを食べ終え使った食器をトレーの上に戻す。立ち上がり、まだ食べている途中の凛が美都に手を振った。

パタパタと美都が階段を下りていく音を聞きながら、凛は一人で天井を仰ぐ。

考えるのはいつも彼女のことだ。

美都は毎年、この日になると少しだけナイーブな表情を見せる。おそらく本人は自覚していないのだろうが、凛は気付いていた。

あの時からずっと美都のことだけを見てきたのだ。些細な変化くらいすぐにわかる。

だからこそ聞けないことがある。

彼女が何も話さないのはいつものことだが、それ以上にきっとセンシティブなことが関係しているのだろう。

傷つけたくない。困らせたくない。嫌われたくない。ずっとそばにいたい。だから聞かない。

凛はそのままゆっくり息を吐く。

「……いつか、話してくれるよね」

その時まで待とうと決めてある。それがいつになるかはわからない。もしかしたら来ないかもしれない。

それでも今は、この関係が大切だ。

彼女もそう思ってくれているはず。だとしたら今はきっとこのままが良い。

あの子の傍にいられるのなら。私はこのままで良い。



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