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闇に響く



今日も収穫はなかった。さすがにこれは想定外だ。対象者は被っていないためもう数も限られてきている。だとしたら間も無く所有者は現れるはずだ。それなのにいまいち決定打に欠ける感じがする。

男は冷たい道を歩きながらそう考えていた。所有者探しがこれほど難航することになるとは思いもしていなかったことだ。加えて守護者の正体も掴めないままでいる。あの少女は既に知っている様子を覗かせていたが彼女の力を借りることだけはどうしても気が乗らなかった。正直、各個人に興味が無い。そのせいで発見が遅れているのだと言われてしまえばそれまでだが肩入れしても仕方のないことではある。

だが、一人だけ。たった一人だけは違った。その少女はただ真っ直ぐに、ひたむきに向かってくる。あどけない表情を覗かせ、周りの視線を惹きつける。特別目立つ存在ではない。それでも周囲の反応を見る限り、自分と同じ所感なのだと思う。不思議な少女だ。

そんなことをぼんやりと考えているといつもの広間に辿り着いた。報告の義務のためここまで来たのはいいが、進捗は大してない。男は慣れた所作で中央まで歩くと跪坐いて粛々と口を開いた。

「──申し訳ざいません。未だ所有者を発見するに至っておりません」

主たる者からの返答は無い。当たり前だ。自分を遣れば直ぐにでも見つかるはずだと思っていたのだろうから呆れているに違いない。だが手詰まりなのも確かだ。もう一人の少女が狙った対象者を削ると、該当者は少なくなってきている。本当にあの中学に所有者がいるのかと訝しむ程、抜きん出て目立つ存在はいない。その事実に頭を抱えたくなる。

『なかなか手こずっているようだね』

「────はい」

実際言葉の通りだ。その為素直に肯定する他なかった。隔てられた空間の向こうで息を吐く音が聞こえる。

『お前は頭が固いのが難点だな。もう少し視野を広げてみてはどうだ』

その言葉の意味を図りきれず首を傾げる。視野を広げる、とはどういうことかと。その答えは次に主たる人物が発したことですぐに判明した。

『対象者を限りすぎだ。──、いるか?』

「お傍に」

主が自分と同じく鍵を探索している任を受け持つ少女の名を呼ぶと、すぐに返答の声が上がった。視線を少しだけ動かし姿を確認する。いつものようにキツネ面を被り、口元だけ見せている。彼女もまた膝をつきながら何か発言をする為に顔を上げた。

「次の標的が決まりました」

『言うからには自信があるということになるが?』

「絶対、と確約は出来ませんが。少々気になることがあるので確かめてみたいと思っております」

『へぇ?』

笑みを零しながら受け答えをしていく少女には、どこか自信が滲み出ている。確証は無いと言いながらも次の標的は鍵に程近い人物ということだろうか。なぜそこまで絞り込めたのか解らない。気になることとは一体何なのだろうと眉間にしわを寄せる。

『これまで失敗続きだったが、目論見を変えたということか』

「はい。もしその娘が所有者だった場合、面白いことになりますわ」

先程よりも愉しそうに話す様は、同等の立場に置かれながら不気味にさえ感じる。男は黙って二人の会話に耳を傾けながらそう思っていた。この少女は過日、不思議なタイミングで宿り魔の気配を現したなと思い出す。まるで挑発するように。あれは守護者を炙り出す手法かと思ったが何か策があったということか。何にせよ自分には関係ない。この少女がどう動いたとしても自分は今まで通りにするだけだ。そう考えていた時だった。

『面白いことか。興味深いね。──その者の名を聞こう』

少女の話す内容に興味を持ったのか、いつもはしない質問を彼は口にした。ぼんやりと床を見つめて一旦自分も耳を攲てる。対象者が重なってしまっては二度手間になるからだ。一拍おいた直後、その少女が次の対象者とする娘の名を発した。

「名は、────」

「……!」

顔を俯かせたまま、男は息を呑んだ。瞬間目を見開く。隣から響いてきた名に動揺して身体を強張らせた。自分でも不思議だった。なぜ他人を気にすることがあるのかと。

同じく主たる者も少女の返答を反芻するかのように沈黙している。

『──へぇ。なるほどね』

しばらくしてポツリと呟く声が聞こえた。名前を聞いて分かる人物だったということだろうか。

呼吸を整えながら、男はその事実を自分の中へ落とし込んでいく。少女が誰を対象者にしても、自分には関係ないことだと。再びそう思うことにした。

そして主たる者が不意に自分の名を呼ぶ。

『お前も手を貸してやれ』

「──! 私が……、ですか?」

思いがけない台詞に驚き、男は一瞬肩を竦める。対象者を囲うには隣にいる少女だけで充分なはずだ。これまでもそうしてきた。守護者など相手では無い。だから彼がそう言う理由が分からず聞き返した。

『何か不都合があるか?』

不都合という単語を耳にして考える。直ぐに返答することが出来なかった。

不都合など無い、はずだ。これが以前よりの命令なのだから。なのになぜ。この件については関わりたく無いと思ってしまう。緊張からか心臓が早鐘を打っている。

だがそんなこと言えるはずがなかった。逆らうことなど無意味だ。男は俯いたまま唇を噛み締めた後、ゆっくりと口を開く。

「────いえ。貴方が望むのであれば」

『では命ずる』

確実な命令が下った。主命は絶対だ。覆ることはない。顔が歪むのは心の何処かでもう逃げようがないと悟ってしまったからだろうか。そう思うこと自体が不毛であると分かっているのに。

『後のことは任せる。良い報告を期待しているよ』

隣にいる少女が短く肯定の言葉を返した後、隔たれた空間の先の気配が消える。主人は自分たちに言葉を残しこの場を去ったようだ。

クスクスと言う耳障りな笑い声が聞こえ、顔を顰めた。隣に佇む少女がさも愉しそうに微笑んで立ち上がる。

「驚いちゃった。まさか協力してくれるなんてね」

男は少女を()めつける。あの状況で拒否することが果たして出来ただろうか。それを分かっていての発言だ。あまりにもタチが悪い。

「でもまぁどちらにせよ、私から協力を申し出るつもりだったわよ。今回に限っては」

「一人で事足りるだろう。何を考えている」

「あら怖い。私に力を貸すことがそんなに嫌? それとも──、別の理由かしら」

図ったように肩を竦めて笑い出す少女に、吐き気さえ感じる。元々彼女のことを良く思っているわけでなかったが、先程から続くこの状況にさらに嫌悪感が強くなった。協力関係になければ相容れない存在だ。

「──友人を、簡単に売るんだな」

そう呟くと少女は一度ピタリと止まった。そして直ぐにまたその口元に笑みを戻す。

「友人……ね。優先順位には代えられないわ。それに──それを言うならあなたもでしょう?」

鋭く返された答えにグッと奥歯を噛み締める。売ったつもりなど毛頭ない。主命でなければこんなこと有りはしない。そもそも友人というカテゴリーに含めて良いのかも疑問だ。向こうはそう思ってくれているのかもしれない。だが自分は────。

思わず手を握りしめた。自分でも何を考えているのかよく分からない。感情のぶつけどころが無く戸惑う。こんなことを言ったところで最早どうにもならないのに。

「まぁあなたは守護者の相手さえしてくれればいいわ。決行日は──……」

少女が口にした、作戦を決行する日程を耳に流す。それだけ言うと少女は自分の元から立ち去った。

男は一人、その場に佇む。

自分は、ただ命令のまま動くだけだ。そのために呼ばれたのだ。守護者と戦い、鍵の所有者を見つけるために。その命令を遂行する。そうずっと考えてきた、はずなのに。

ギリっと歯を噛み締める。

こんな感情が自分にあるだなんて思わなかった。顔を歪ませたままゆっくりと瞳を閉じる。これきりだ。これさえ終わればまたいつも通りになる。だからいつも通り何も考えずに決行する。たったそれだけのことだ。

ふっと息を吐いて呼吸を整える。そう、ただそれだけだ。



         ◇



まもなく宵闇に包まれる。黄昏時だ。

バタンッ! と大袈裟な音を立てて扉が開く。その音に呼応するように菫はゆっくりと振り返った。

「……なにか御用ですか」

来訪者を一瞥し姿を確認する。まるでその者が来ることを把握していたかのように。

「機は熟した。あなたもわかっているはずだ」

来訪者は菫に意味深な言葉を投げる。彼女はその言葉に目を細めた。

「私は天命に従うだけです」

「犠牲者が出ることになってもか。変わらないな」

「犠牲者は出ません」

不穏な言葉を真っ向から否定する。

鋭い切り返しに虚を衝かれながらも、来訪者は呆れと苛立ち気味に更に言葉を挟んだ。

「それはあなたの願望にすぎない。天命などすぐに崩れる」

「いいえ。あなたの行いこそ無意味です」

押し問答が続く。どちらも己の言う事に絶対的な自信が垣間見える。

いつもの菫とは打って変わって、来訪者に対して厳しい眼差しを向けていた。

「あなたは道を(たが)えた。今のあなたでは到底敵いません」

「どうかな。人は脆い。あなたが一番ご存じのはずだが」

「……それでも私は信じています」

菫の意思は強く、決して折れない。

彼女たちの言う事は抽象的でありながら、互いにその事象について把握しているように感じる。

それはおそらく過去の出来事がそうさせるのだろう。

来訪者は一歩も引かない菫に対し、これ以上は無駄だと判断したのか踵を返した。

「先見の明がどこまで通用するか……楽しみだ」

そう言い残し彼女に背を向けると、宵闇の中へ消えていった。開いたままの扉がギィと音を立てる。教会内には張りつめた空気が尚も立ち込めている。

菫は来訪者が去った方向をしばし見つめたあと、ゆっくりと息を吐き目を逸らした。

これは先見の明などではない。天命なのだ。

前者であったなら、こんなことにはなっていない。するはずがない。

あの時自分は「導き」という言葉を使った。それは本来であれば有り得ないからだ。

覆すことの出来ない使命。

だからどうか。

今はただ信じるしかない。

菫は胸の前で手を組み、目を閉じた。

教会の外では、宵闇に溶け込むように一陣の風が吹いていた。




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