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余韻も無いまま



全てのクラスの発表が終わり、審査時間の関係で一旦休憩時間が設けられた。この時間が終われば上位3クラスが発表される。

三年生の生徒たちは各々好きな場所で束の間の休みを取っていた。いつもの面子が和気あいあいと話す近くで、四季と美都だけ少し距離を置いた場所で小声で会話を始める。

「四季、さっきのって──……」

「ああ。初音だろうな」

合唱が終わった後感じた宿り魔の気配について。同様に四季も気づいていた。難しい顔をしながら彼が呟く言葉に頷く。こういう時恋人で良かったなと思えるのは、二人で話していても不思議に思われないことだ。だがそれも、己が考えた可能性で意味を為さなくなるのかもしれない。だから口に出すことが憚られる。四季から目を逸らしながらどこから話そうか決めあぐねていると、彼のほうが堪らず口を開いた。

「──気づいてそうだな、あいつ」

「やっぱり、そう……なのかな」

「じゃなきゃあんなタイミングで気配を出したりしないはずだ」

冷静に分析する四季とは逆に、美都は苦い表情を浮かべ顔を俯かせる。彼はみなまで言わなかったが考えていることはやはり同じだった。

────初音が、自分たちの正体に気付いている。

そういうことだ。守護者として戦う自分たちの姿はあくまで所有者を守るための目眩しだと菫は言っていた。普段の自分たちに危害が及ばないように正体は知られない方が良いと。だがもうそれも彼女にとっては無意味ということか。

「向こうのが一枚上手ってことか。揺さぶりをかけてきたな」

「……なんで今なんだろう」

「それだけ切羽詰まってきてるんじゃないか?」

「所有者、探しに……?」

美都の問いに四季は無言で頷いた。初音自身が所有者は間も無く現れると言っていた。だがそれに関して進展が無いということなのだろうか。だから守護者側を揺さぶっているのだとしたら、新たな疑問が発生する。

「一体何の為にこんなこと──」

今度はすぐに答えず、四季も同じく理由を考えるように口を噤む。こちらの反応を見てただ楽しんでいるだけなのかもしれない。否、そう考えるのが妥当だ。

「こっちの出方を窺ってるのか……?」

「わたしたちがどう動くかを?」

「あぁ。だとしたらこの会話も、どこからか見られてそうだな。まぁ今更だけど」

その言葉にハッとして辺りに視線を投げる。自分たちの行動を監視されているのかと思うと途端に落ち着かなくなった。きょろきょろと視線を泳がせているとそれを制するように四季が頭に手を乗せた。

「こら。今更だって言ったろ」

「でも──」

腕越しに覗く彼を見上げながら、美都は尚も苦い表情を浮かべる。そんな彼女を宥めるようにして四季は手を優しく動かした。

「落ち着かないのもわかるけど、今俺たちに出来ることは無い。だろ?」

「うん……そうだね」

「とは言え、こっちも悠長に構えてられなくなったな。あの影もまた容赦無く動くだろうし。ひとまずお前は──」

ふと四季の手が止まる。途切れた言葉を待つように再び彼と視線を交えた。真っ直ぐに自分を見つめると一拍置いてその言葉を放つ。

「戦う覚悟を。相手は人間で、同級生の女子だ」

「……っ、 ──……うん」

気を遣ってかいつもより俄かに優しく、しかし真実しか混ざっていない言葉で四季は語った。息を呑み、その事実を反芻するようにして肯定の単語を口にする。

今までは、まだ先があると思っていた。だがもう目を逸らせないところまで迫ってきている。戦う覚悟。それをしなければならない。守るために、初音と戦うのだ。

直後近くにいた春香達に呼ばれた。四季に促され二人でいつものメンバーがいる場所へと向かう。和真に茶化されながら、合唱コンクールの所感を交わし合う。何でも無い日々。そんな日常の中に、脅威が潜んでいる。美都は至って平静を装いながら、ぼんやりとそのことを考えていた。



(……────なるほど、ね)

気配を出しても彼らは顔色を変えなかった。動揺はしているはずだが顔に出さないのは成長したという証か。敵対する身であるので褒められたことでは無いのだが初期に比べると少々厄介になったな、と感じる。だからこれまで度々圧力を掛けてきたのだが、あまり意味を為さなかったということか。否、意味はあったはずだ。それ以上に彼女の成長が目醒ましかったのだ。

弱くて優しい少女。何度か自分を説得しようと試みていたようだ。その真っ直ぐすぎる姿さえ、敵でありながら可愛らしいと思った程だ。同時に可哀想だとも。

彼女のことは以前から知っていた。特別派手なわけでないのに、いつからか自然と目で追っている時があった。ただ不思議な子だな、と。そういう印象だった。

(……だって普通なんだもの)

勉強も運動も平均的。目立つものもない。それなのに彼女の周りにはいつも人がいる。人から好かれる性格なのだろうと思っていた。人懐っこさとはまた違う。他人を受け入れる、包容力のようなもの。彼女はそれを持っている。

意外と言えば意外、しかし確かに彼女以外に守護者として務まる人間はいないのだろうと今なら思う。交戦していくうちに感じた、使命による責任感。守りたいという強い想い。だから可哀想だと思ったのだ。

(守護者にさえならなければ──)

これまで通り、普通の少女でいられただろうに。責任を負わず、感じず、生活出来ていたであろうに。酷なことをするものだ。しかしそれを仕掛けているのは自分自身でもあるので本来なら同情は出来ないのだが。最初の段階で諦めてくれたらよかったのに、とずっと思っている。だがそう思うのも間違っているのだ。鍵が欲しい自分と、鍵を守るためにいる彼女。絶対に相容れない存在だ。それにそんな彼女を利用してきたのだ。だがそれが誤算だった。

(──期待してたのにね)

予想が外れた。彼女は無意識に人を寄せ付ける力に長けているからと高を括っていたのだ。だが、だからこそ関係ない人間も引き寄せてしまったのだろう。その事実に辟易として溜め息を吐く。

少女を見張っていれば、所有者は早めに判明するものだと考えていたのに。意に反して現在も一向に見つからずにいる。目星を付けていた数も減ってきたというのに、残りの対象者を見てもいまいちピンと来ない。このまま行けば彼の方に先に見つけられてしまいそうだ。それは困る。だから八つ当たりだ。自分が彼女にキツく当たるのは。

『わたしは……っ、可哀想なんかじゃない……!』

可哀想だと口にした時、苦い顔をして否定の言葉を紡いでいた姿を思い出した。単純に驚いたのだ。あんな表情をすることに。アレは何かを抱えている顔だ。人に言えない何かを。普段笑顔でいる少女にも、触れられたくないことがあるのだ。否、だからいつも笑顔でいるのかもしれない。

「……──っ……」

喧騒の中、一人口元に手を当てて考える。なるほど、と今しがた自分が考えた可能性について納得した。逆転の発想だ。その理由については興味は無い。しかし、だから確かめてみる必要がある。今まではその考えを最初から排除していたのだから。

(ふーん……)

こうなると、いよいよ直接対決の日が近くなってきたなと感じる。あの優しい少女が一体どんな表情を見せるのか。

「……──楽しみにしてるわ」

そうポツリと呟いた。当然周りの生徒はそのことに気付いていない。初音はニヤリとその表情に笑みを作り、その場に佇んだ。





「銀賞おめでとう。これは先生からの功労賞です。溶けないうちに食べな」

合唱コンクールの結果が発表された。7組は上から2番目。銀賞を得た。もちろん金賞でなかったことは悔しいがどのクラスも最高の出来だっただけに審査も拮抗したらしい。その上での2位だ。

担任の羽鳥が生徒を労うように、全員分のアイスクリームを用意してくれた。「適当に配るから、食べたい味があれば近くの子と交換しなー」と言って前の席からカップのアイスが回ってくる。3種類あるらしく美都の元に回ってきたのはスタンダードなバニラ風味のものだった。

「うら。交換してやる」

「! ありがと」

隣からコツンと机に置かれたのはいちご風味だった。さすがに良く好きな味覚を知っているなと感心しながら和真の好意に甘えるようにして交換を行った。蓋を開けると既に程よい硬さになっている。木で出来た小さいスプーンで掬い口の中に入れると、甘酸っぱさと冷たさが広がった。美味しいと思う反面、その冷たさに一気に目が醒めるようだ。

容赦無く現実が押し寄せてくる。守護者のことも、それ以外のことも。甘いはずのアイスクリームを苦い顔で食べていたからか、隣に座る和真からなんとなしに疑問が飛んできた。

「なに? なんかあったの?」

「え?」

「なーんか話し込んでただろ、四季と。深刻そうな顔して」

和真は先程二人で会話していたのを知っている。それを見てのことだろう。

「あー……うん。ちょっとね」

気にかけてくれるのはありがたいのだが、その内容を彼に話すことは出来ず言葉を濁した。深刻そうに見えていたのか、と反省の気持ちもある。

「ま、ケンカじゃねぇならいいけど」

「それは平気。ありがと。ってか和真、すごいケンカのこと気にするね」

心配かけた礼を伝えた後、彼が口にしたことに苦笑いを浮かべた。以前もそう訊かれたことがあったのだ。そんなにケンカしているように見えるのか、と他人からの見られ方に疑問を覚える。

「おふくろがな。まぁ俺も気にしてるけど。妹の一人立ちは心配なのよ」

「だからいつからわたしは和真の妹になったの……。和真が一番誕生日遅いのに」

「うるせぇ。どうせ同じ歳なんだからノーカンだそんなの」

幼馴染みとして育ってきた愛理を含めた三人の中で、彼だけ早生まれだ。しかも3月の後半。和真は何かとそれを気にしており度々「同じ歳」ルールを発動している。それこそ同じ歳なのだから妹と評されるのは納得いかない。ちょうどハッと思い出したことがあったので続いて彼に訊ねる。

「ねぇ、そのこと四季に言ってないよね?」

「はぁ? むしろお前言ってねぇの?」

「言っ……てないし言わないつもり」

呆れた顔で和真にそう返され思わず声を詰まらせる。言わない理由は春香に話した通りだ。

「どうせバレるだろ。ってか、バラす奴がいるじゃん」

「それは……まぁそうなんだけど……」

彼の言葉には頭を抱えざるを得ない。そう言われて該当する人物がいるのは分かっている。恐らく思い描いている人物は同じだ。だがそれまではまだ猶予がある。その間に知られてしまえば元も子もないのだ。

「とにかく黙ってて」

「別にいいけどさ。知らねぇぞ怒られても」

「やっぱり怒るかなぁ……」

「そりゃお前、凛が勝ち誇った姿が目に見えるようだぜ」

ごもっとも、と言いたいところだが如何せん自らその状況を作り出すことになってしまうため苦い顔をせざるを得ない。しかしだからと言って自分の意志を変えようとは思っていないのだ。四季には申し訳ないとは思っている。こんなにやきもきするなら一層の事早く終わってしまえばいいのに。そうすれば煩わしく思うこともなくなるはずだ。そう考えながら美都はふぅ、と深く息を吐いた。



8月の下旬。合唱コンクールは幕を閉じた。

思えばこの辺りから事態が変わっていたのかもしれない。それが今後を揺るがすことになるなんて、この時はまだ考えていなかった。








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