ダルマの真実 3
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リネの話では、扉は王家の血を引く者しか開けない。今、その二人は中にいる。山を下って王家の人間を連れてくる時間などない。
「壊すしかない」
無理矢理に通ろうとすれば防衛システムが働く。それでもやるしかない。
レイは諸手で刀を上段に構え、息を深く吐いた。最大速度、最大威力で扉を叩き切る。敵のいない今だからこそ、レイはそのことだけに集中する。
最大速度と言うと抜刀術が真っ先に浮かぶかもしれないが、それは大間違いだ。抜刀術は抜刀と攻撃が同時に行われ、初期動作から攻撃までの時間が短いために速いと言われるのだ。単純な斬撃の速度であれば、両手で振りかぶった一撃の方が速く、威力も出る。
鋭く息を吐くと同時、レイは円運動を利用した最速最大の攻撃を叩き込む。鉄の扉でさえ両断する一刀は、甲高い音とともに強烈な衝撃を手に伝えた。指先が痺れ、刀を取り落としそうになる。
扉は壊れることなく、それどころか傷一つない。黒ダルマやダルマ弁慶が使っていた障壁だ。今の攻撃で壊せないのであれば、レイに打つ手はない。爆弾を使おうがどうにもならないだろう。
周囲を見回しても敵が襲ってくる気配はない。リネの虚言だったのか、それとも扉を開けることのできる脅威と認められなかったのか。
何度同じ箇所に刀を通そうと、切り込みの入る気配はない。
「きゃっ――」
「ハルナ!?」
扉の向こうからの悲鳴。まだ生きているという安心感と今何をされたのかという不安、早く助けなければという焦燥が入り交じり、レイの判断力を奪い取る。
あろうことか王家の人間しか開けることのできないと言われた扉に手をかけ、思い切り引いた。
バタン、と何の抵抗もなく扉は口を開けた。
そのことを気にする暇なく、レイは中へ足を踏み入れた。
振りかぶられたリネ右手には血の滴るナイフ。その切っ先には身を起こしたハルナが痛みに顔を歪め、左腕を押さえていた。服に赤い染みが広がっていく。
こちらに気づいたリネが慌ててその腕を振り下ろす。だが、それよりも瞬劫を使ったレイの方が速かった。ナイフを打ち払い、吹き飛んだ刃先が壁に突き刺さる。
右手を押さえながら下がるリネを視界の端に収めながら、レイはハルナの傍らに寄った。
「大丈夫か?」
「ええ。来てくれると思っていたわ」
強ばった表情が溶け、ハルナの口元に笑みが浮かぶ。レイがその身体を強く抱き締めると、彼女は小さな悲鳴を漏らした。
「レイ、痛いわ」
「わ、悪い」
苦笑する彼女は腕の傷に目を向ける。
「魔法で治せるのか?」
「ええ。けれど、今はダルマ――ソウシ様を取り戻すのが先よ」
レイを支えに立ち上がるハルナ。
その姿をリネが嘲笑う。彼女は壁に背をつけて、床に腰を下ろしていた。全身から力が抜けている。そこにいたのはただの弱った女の子だった。何もかも諦めたような虚ろの瞳が細められる。
「もう、何もかも終わりよ」
「リネお姉様…………そんなこと言わないでください。私からもお父様に――」
「本当に馬鹿ね、あなたは。私の企みが暴かれた時点で、もうお終いなのよ。もう彼と結ばれることはないわ」
「キリュウ兄様なら、きっと分かってくれます。だから――」
「違うのよ。違うの。私が結ばれたかったのはキリュウ兄様ではなく、別の人」
閉じられたリネの目尻から、綺麗な滴が流れる。
「一介の行商人に過ぎない彼と私が結ばれるには、この国が邪魔だった。だから、この国を落とすことにした」
その言葉の直後、大地が揺れた。倒れそうになるハルナを支えながら、レイは何とか転ばずに踏ん張った。
大地震。これほどの揺れは地上にいたときにすら経験したことがなかった。
「一体何が」
「言ったでしょう? この国を落とすことにした、と。ダルマはグンマの核。すべての機能を担っていた。この大地を浮かせているのは、グンマソウシの魔法。その核が失われたら、どうなるかしら?」
レイとハルナの表情が凍り付く。
これほど巨大な大陸が落ちれば、どれほどの被害が及ぶか想像を絶する。
「日本がどうなろうと知ったことではないわ。世界はグンマの存在を知り、魔法という餌に群がるでしょう。私はその情報と引き換えに、彼と亡命する――はずだったのだけれど」
リネは投げやりな笑みでレイを見つめる。
「ねえ、どうしてあなたはここに入ることができたのかしら?」
「普通に……」
レイの発言を遮るように、ハルナが袖を引いた。
だが、それだけで十分だったのだろう。リネは納得した表情を浮かべて息を吐き出した。
「計算外でしたわ。そういえば、地上人と駆け落ちした王族が一人、いましたわね。始末したと聞いていましたが、まさか子を産み落としていたとは」
手元に目を落としたリネは疲れた表情で笑みを漏らした。自らを嘲るように。
「私もそうしていれば、よかったのかしらね」
「それはどういう――」
「レイ、今は彼らを追いかけましょう。私からちゃんと説明するわ」
ハルナに背中を押され、レイは扉の外に追い出される。出る寸前で立ち止まったハルナは振り返らずに問うた。
「私のことが憎かったのですか?」
ハルナは堪えきれず、涙声で続ける。
「私のことが殺したいくらい憎かったのですか?」
「どうなのかしらね」
リネの声はとても穏やかだった。
「彼らが失敗したとき、すべての罪を被って貰うための保険だった。…………いえ、それは後付けだったのかもしれない。本当は怖かったのよ。昔のあなたはよく、私のものを欲しがったから。私の好きな人を奪われやしないかって。どうやらそれは、杞憂だったみたいね」
「リネお姉様の方が馬鹿です。大丈夫、私が……私とレイがダルマを必ず取り戻します。だから、待っていてください」
*
走り去る妹の背中を見送った姉は、ゆっくりと立ち上がる。
「ごめんね、ハルナ。本当に欲しいものが手に入らないのなら――」
リネは壁に突き刺さったナイフを引き抜いた。
「――生きている意味なんて、ないのよ」
本堂の床が朱色に塗られていく。




