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グンマー大戦  作者: WW
第4章
11/31

最強と最弱 2

 地面が遠く、自分が空を飛んでいるような錯覚を覚える。しかし、すぐに重力が襲い、身体が落下を始めた。その先には赤黒い穂が待ち構えている。


 身動きが上手く取れない空中では槍をかわせる可能性は低い。リザードマンを殺したときのように瞬劫が発動すれば話は別だが、そんな奇跡が何度も起きないことをレイは知っている。わずかでも軌道をずらして致命傷を避けるしかない。


 生死を分ける一瞬に全神経を注ごうとしたその刹那。


「――レイ、今助けるわ」


 ハルナの凜とした声が届くと同時、横殴りの風が身体を襲った。唐突な出来事に受け身を取ることも叶わず地面を跳ねる。その拍子に腕を折ったが、槍で貫かれることに比べればかなりマシだ。

 ハルナのいる方向に飛ばされたようで、彼女がこちらに駆け寄ってくる。


「助かった」

「っ――怪我をしているわ。ごめんなさい。もっとうまく風を操れていれば……」

「いや、それよりもあいつをどうにかしないと」


 ケンタウロスは一瞬呆けていたが、すぐにレイたちの方を向く。その憤怒に濁った瞳が、ハルナを射抜いた。レイを助けたせいで彼女も仲間だと判断されたのだろう。


「武器さえあれば……」


 何も持たずに来たことを悔やむ。ハルナとの一件のせいで平和ボケしていた。いくら彼女が好意的に接してくれていようと、ここが敵地であることに変わりはない。

 歯噛みしているレイの腕をハルナが掴んだ。


「武器があれば、何とかなるのね?」

「ああ。だが、ここには使えそうなものがない」


 草原の広がるここには石ころさえも転がってはいない。森の中に逃げ込めば槍を取り回し難くさせることはできるが、ハルナを連れて走ってもすぐに追いつかれる。運良く逃げ込めたとしても、その辺に転がっている棒切れでは刃が立たない。


「何があればいいの?」

「刀があれば……だが――」

「分かったわ」

「は?」


 思わず間の抜けた声を漏らし、振り向きそうになったレイだが、音を立てて地面を蹴ったケンタウロスがそれを許さない。先ほどとは違い、速度はあまり出ていない。慎重になっているようだ。先ほどのように槍を掴むことはできないだろう。


 一か八か、ケンタウロスの注意を自分に引きつけ、その隙にハルナを逃がすか。


 レイが彼女の手を振り切ろうとした瞬間、二人を光の粒子が包み込んだ。それはハルナを中心に広がり、彼女の手元に収束していく。白い靄が棒状に伸び、見る見るうちに形を変えていく。そうして、ハルナは何もなかった空間から抜き身の刀を生み出した。


「これで大丈夫かしら?」


 深紅の瞳が不安に揺れる。レイは問いただしたい気持ちをぐっと堪えて、差し出された柄を握った。


「十分だ」


 一振りして、刀の感覚を掴む。軽い上に恐ろしく手に馴染んだ。

 陽光を照り返す美しい刃紋は、静寂を詰め込んだような鋭さを放っている。一目で業物と分かるそれは、ケンタウロスの警戒心を跳ね上げるには十分だった。


 足を止め、槍を前に出して距離を取るケンタウロス。その場で待ち受ける構えだ。ハルナを戦闘に巻き込みたくないレイにとって、それは好都合だった。

 駆け出すレイの背中にハルナの声が飛ぶ。


「お願い、殺さないで」


 切実な叫びをレイは脳内で切り捨てた。生きるか死ぬかの瀬戸際に、相手を気遣う余裕などない。ここで見逃せば、復讐に燃えた奴が再び襲ってくる可能性がある。そのリスクは潰すべきだ。


 穂を弾き、間を詰めようとするレイを、ケンタウロスは前足を振り上げて牽制する。押し潰される危険を負ってでも前へ踏み込む。だが、視界の端に映ったものにレイは足を止め、上体を捻った。眼前すれすれを鋭利な穂先が過ぎる。体勢を立て直すために足を引いたところへ、強靱な前足が繰り出された。峰打ちで辛うじて軌道を逸らし、転がって距離を取る。


 遮蔽物のない平原で槍相手に刀が不利なのは百も承知。それでも手数の多いケンタウロスを相手にするならば、小回りの利く刀の方がいい。それに、今のでアクセルなしでも十分渡り合える手応えがあった。ただし、油断はできない。目の前の敵は紛うことなき強者。虚番を相手に生き残ったことがその証明だ。


 やはり、手心を加えることはできない。

 そう考えた自分を、レイは自嘲した。確かに切り捨てたはずの彼女の言葉。消し去っても消し去っても、脳に刻まれているかのように頭から離れない。これも魔法の力なのか。


「今は集中しろ」


 自分に言い聞かせる。気を抜けば殺られるのはこちらだ。

 レイは、にじり寄るようにして間合いを詰めていく。呼吸を整え、全身の神経を張り詰めさせた。自分と相手以外の不要な情報を視覚、聴覚から遮断する。世界には彼我のみがあり、他は一切の無。ケンタウロスの息遣い、わずかな身体の動きすらも見逃さず、聞き取る。


 極限の集中状態に至ったレイは身体を前のめりにし、倒れるようにして駆け出した。槍が空気を裂く音。峰でそれを弾き、返す刀で袈裟に振り下ろす。柄で防がれ、鍔迫り合い。だが、膂力は相手の方が格段に上。あえなく押し返され、その隙を突いて横薙ぎの一撃が襲い来る。レイはそれを峰で受けると同時、槍を削り取るようにして前へ踏み出した。火花が弾け、刀と槍が唸りを上げる。あと半歩。仕留められる間合いに入る直前でケンタウロスが後退し、牽制の連続突き。レイはすべていなし、戦いは振り出しに戻った。


 ハルナから受け取った日本刀には刃こぼれ一つない。対し、相手の槍にはわずかな傷が見える。


 ――これならいけるかもじれない。


 レイは柄を握り直し、八相に構えた。刃先まで神経を巡らせ、身体の一部がごとく意識する。


 今度は一息のうちに距離を詰める。ケンタウロスは先と同様、レイの顔面目掛けて突きを放った。それは防がれることを前提とした攻撃。鋭さがまるでない。

 レイは構わず右へ踏み込む。頬の薄皮を裂かれ、微量の血液が飛ぶ。その刹那、レイは槍の太刀打ち目掛けて刀を振り下ろした。綺麗な弧を描き、刃は拒まれることなく槍に入り込む。そして、高らかな音とともに両断した。


 ケンタウロスは眼前で起きた光景に目を見開き、驚愕の息を漏らす。全身が硬直し、静止するその瞬間をレイは見逃さない。身体を引き戻しながら流れるように霞の構え。刀を口元まで上げ、水平に固定する。その切っ先がケンタウロスの心臓を捉えた瞬間、鋭い吐息とともに突き出され――


「駄目!」


 悲鳴のような声が静寂の世界を切り裂いた。

 敵を貫くはずの刃は寸前で静止する。それはレイの意思によるものではない。強制的に止められたのだ。そのときだけは身体が自分のものではなかった。


 そして、それは致命的な隙だった。


 ケンタウロスは切断された槍の柄をレイに向ける。斜めに切ったため、その断面は鋭利に尖っていた。お返しとばかりに先端がレイの心臓を狙っている。

 かわすよりも先に、刀で凌ぐよりも先に、それが胸を貫くことは必定。


 ――止まれ。


 瞬劫さえ発動すれば、その未来を変えることができる。

 しかし、レイの願いは叶わない。瞬劫は発動しない。


 ここまでか。レイが最期を覚悟したそのとき、連続した銃声が轟いた。


 ケンタウロスの全身が穿たれ、血飛沫が飛ぶ。あっという間に蜂の巣になった彼は、あっけなく地面に崩れた。鮮やかな緑が赤い波に沈む。

 いくつもの足音に振り向くと、そこにいたのは深緑のボディースーツに身を包んだ集団。


「――カロン」


 一番目に発見された衛星の名を持つそのチームは、今回の作戦の主力部隊だ。虚番の中でもゼロワンとゼロツーはそれ以下との差が歴然としている。そして、その二人はカロンに所属している。地上のコンピュータが弾き出した彼らの生存確率は七〇%と群を抜き、最も期待されている隊員だった。

 それが何故、こんなところにいるのか。


「こんな雑魚に苦戦してんなっつーの」

「仕方ありませんよ、兄様。だってアレ、フィフティーですもの」


 言ったのは集団の先頭にいる男女。瓜二つの整った顔はどちらが兄でどちらが妹なのか判断つかない。紅蓮の炎を彷彿とさせる赤と橙の入り混じった髪の長さが唯一、二人を見分ける材料だった。


 兄であるゼロワンはアサルトライフルを肩に乗せ、妹であるゼロツーは銃口を下に向けている。二人は虚番では珍しい兄妹――しかも男女の双子だ。外見は寸分違わぬ造形だが、中身は真逆だった。荒々しい兄に対し、静謐を纏う妹。対照的な二人だが、そのコンビネーションは言葉を交わさずとも意思疎通が図れているかのように成立する。


「ま、殺り漏らしたのは俺らなんだけどな。っつーか、あんな奴いたか?」

「ごめんなさい、フィフティー。兄様は強者しか覚えられないので」

「雑魚はすぐ死ぬから覚えたって意味ねえだろ」

「端的に馬鹿なんです」

「おい妹、俺は別に覚えようとすりゃ――」

「ところでフィフティー、ご苦労様です。ここからは私たちが引き継ぐので、それをこちらへ引き渡してください」


 ゼロツーはツインテールの髪を払うと、ゼロワンの抗議を無視してハルナへ視線を向けた。情熱的な髪色とは正反対な、身を震わせるほど冷えた群青色の瞳。

 レイはゼロワンたちとの距離を保ちつつ、ハルナへの視線を遮るように間に入った。


「どういうことだ」

「それを捕らえるのは私たちの任務。あなたたちは囮です」


 そんな任務は聞いていなかった。今回の任務はダルマを持ち帰ること。それしか聞いていない。


「彼女を捕らえてどうする」

「……知らずにそれを捕まえたんです? というか、どうして私たちに敵意を向けてるんです? 私たちは仲間、それは敵ですよ?」


 ゼロツーは唇を舐めると、口端を吊り上げた。


「まさかとは思いますが、情でも湧きました? ああ、好きになっちゃたとかです? それはまずいですよ。野蛮人に劣情を抱くなんて、獣とヤるようなもんですよ?」

「彼女は――ハルナは、普通の人間だ」

「ああ、これは致命的です」


 カロン隊の空気が一斉に変わった。肌を刺すような視線。明確な敵意と殺意。もう言葉は意味をなさないだろう。力尽くで取りに来る。

 レイは刀をゼロツーたちに向けて牽制しつつ、ハルナの下へ駆ける。


「ハルナ、逃げ――」


 直感的にレイは刀を寝かせて眼前に構えた。直後、凄まじい衝撃が腕を駆け抜ける。足が地面に沈み込み、骨が軋みを上げた。


「俺の一撃を防ぐたあ、結構やるじゃねえか。ま、手加減してんだけどな!」


 ゼロワンは刀の鍔をレイの刀身に引っかけ、頭上へ押しやった。そのまま流れるような動きで懐へ入り込んだゼロワン。がら空きになったレイの鳩尾へ肘打ちが炸裂する。


「がっ――」


 続けて体当たりを食らい、レイは軽々と吹っ飛ばされた。地面に刀を突き刺し、数メートル下がったところで無理矢理に止まる。すぐに体勢を立て直そうとするも、身体が揺らいだ。喉を熱いものが込み上げ、吐血する。


「レイ!」


 駆け寄ろうとしたハルナを手で制して、レイはゼロワンを睨みつける。


「男見せるじゃねえか。仕方ねえ、本気で相手してやるよ」


 その言葉の直後、ゼロワンの姿が掻き消えた。目で追うことのできない速度。周囲に目を配らせても捉えることができない。


 気づいたときには刀が左肩を貫いていた。そのまま袈裟に振り下ろそうとしたゼロワンを、レイは鋭い突きで引き剥がす。彼はそれを難なく避けた。

 左腕が動かない。ただでさえ実力差があるというのに、片腕を持っていかれたのは痛い。


「おらおら、次行くぞ」

「兄様、遊んでないで早くしてください」

「うっせえ、少しは遊ばせろ」

「はあ……まったく」


 ゼロワンの重心が前のめりに移動する。


 ――来る。


 その姿が再び消える寸前、レイは視界に映ったものに息を呑む。ゼロツーがアサルトライフルを構えていたのだ。その射線は自分に向いている。それだけならよかった。銃弾を避ければいいだけだ。


 だが、その延長線上にはハルナがいた。レイが避ければハルナに当たる。ゼロツーはハルナを捕まえると言っていたから、殺しはしないはずだ。しかし、それはハルナの身や命が保証されているということではない。


 レイは舌打ちした。ゼロツーはそれを折り込み済みで狙っているのだ。レイがその場から動けないように。おそらくゼロワンの攻撃に合わせてゼロツーは撃つ。どちらを防いでも、もう片方がレイを仕留めるだろう。

 幸いにも左腕が回復し始めていて、盾程度なら使えそうだ。銃弾の軌道は予測できる。問題はゼロワンの高速攻撃。先ほどは音さえも遅れて届いた。音速を超えた一撃。予測し、あたりをつけるしかない。


 銃声が響き、直後にゼロワンの姿が消えた。もはや猶予はない。レイは考えるのをやめ、足を踏みしめた。

 銃弾を左腕で受け、ゼロワンの攻撃を予想して防ぐ。それが成功するのは限りなく低い確率だ。やるだけ無駄かも知れない。ただ、どうせ死ぬのなら、最期くらい誰かを守りたかった。それは、ユリを守れなかった罪をハルナで贖おうとしているだけなのかもしれない。醜い代替行為に他ならないのかもしれない。


 それでも、守りたいと思った気持ちだけは本物だ。

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