第六話:評価の分岐(父の賞賛と弟の敵意)
塩の自給成功と魔鉱石の初採掘。
その報告が王宮に届いた翌日、俺は玉座の間へ呼び出された。
正直、嫌な予感しかしない場だ。
王というのは、成果よりも“秩序”を気にする生き物だからだ。
玉座の間。
重い扉が開く。
玉座に座る父――この国の王は、静かに俺を見ていた。
しばらくの沈黙のあと、口を開く。
「……お前か」
それだけだった。
だが、その一言には珍しく“興味”が混じっていた。
俺は膝をつく。
「塩の自給、魔鉱石の採掘成功。報告は受けている」
周囲の重臣たちがざわつく。
王はゆっくりと立ち上がった。
「たった数週間で、国家予算の一割を消していた塩輸入を止めたそうだな」
「はい」
「さらに、採掘不可能とされていた鉱脈を再稼働させた」
俺は何も言わない。
王は少しだけ笑った。
「……面白い」
その瞬間、空気が変わる。
「よくやった」
短い言葉だった。
だがこの国では、それは異常なほど重い。
重臣の一人が息を呑む。
王は続ける。
「今後、その領域の管理権を一部お前に移譲する」
「好きにやれ」
ざわつきが一気に広がる。
だが俺はそれを見ても、特に驚かなかった。
(まあ、こうなるよな)
“使える駒”は一時的に自由を与えられる。
それが王のやり方だ。
だが、その直後だった。
玉座の間の扉が、乱暴に開いた。
「――待て」
鋭い声。
現れたのは第二王子。
つまり――俺の弟だ。
空気が一気に冷える。
「父上、その判断は早計です」
王に向かっても一歩も引かない。
その視線が俺に向く。
「兄上がたかが塩と鉱山をいじった程度で、権限を与えるのは危険です」
周囲が固まる。
王は何も言わない。
弟は続ける。
「たまたま運が良かっただけかもしれない」
「あるいは、どこかの勢力に利用されている可能性もあります」
(出たな)
典型的な“成果の否定”だ。
俺は黙っていた。
王は視線を動かさない。
弟はさらに一歩踏み込む。
「そもそも、この国の秩序は段階的に維持されるべきです」
「急激な改革は混乱を生む」
そこで、俺はようやく口を開いた。
「弟よ、つまりお前は、この国を“今のまま維持する”ということか」
一瞬の沈黙。
弟の目が細くなる。
「維持ではない。安定です」
俺は小さく頷く。
「安定、ね」
そして一言だけ続ける。
「だが、その“安定”は、塩すら外から買って成り立っていたものだ」
空気が止まる。
周囲の重臣が息を呑む。
弟の顔がわずかに歪む。
「それは……過去の話です」
「過去?」
俺は軽く首をかしげる。
「昨日までの話ですよね」
沈黙。
王がゆっくりと椅子に戻る。
その一言が落ちる。
「やめよ」
短いが、絶対的な命令。
弟は一瞬だけ拳を握る。
だが引かない。
ただ俺を見る。
「……兄上は危険です」
低い声だった。
「国を“動かす”ということは、“壊す可能性”を持つということです」
俺はその言葉を否定しない。
むしろ肯定する。
「そうだな」
静かに返す。
「だから俺はやってるんだが」
その瞬間だった。
王が、ふっと笑う。
「……なるほどな」
そして、俺を見る。
「お前の方が、この国を“見ている”のかもしれんな」
弟の顔が強張る。
評価が、明確に割れた瞬間だった。
玉座の間を出たあと。
廊下で弟が追いついてくる。
「調子に乗らないでください」
低い声。
「この国は兄上の実験場じゃない」
俺は歩きながら答える。
「実験じゃない」
「再設計だ」
弟の足が止まる。
「その違いも分からないなら――」
少しだけ振り返る。
「お前は、この国の“今”に置いていかれている」
静寂。
そのまま俺は歩き去る。
背後で、弟の視線だけが突き刺さっていた。
だがもう振り返らない。
この国は、二つに割れ始めている。
・“安定を守る側”
・“構造を変える側”
そして父は、その両方を見ている。
その夜。
工房の地図の上に、側近が新しい情報を置いた。
「殿下……王が正式に、塩産業と鉱山の一部統括を承認しました」
俺は頷く。
「予定通りだ」
そして地図を見る。
この国はもう“延命”ではない。
動き始めている。
だが同時に、ひとつの視線が確実に強くなっていた。
――弟の敵意。
それは単なる嫉妬ではない。
“未来の否定”だった。




