第14話
〜帝城 サンクストゥス・アーク〜
帝都アークライトの中心に聳える巨大な白亜の城、サンクストゥス・アーク。
帝国で最も高貴な人間が住まう城の廊下を、レグルスは歩いていた。
時間帯は深夜。
警備の人間以外はほとんど寝静まっている中、帝城の最上層——皇帝の執務室へと向かう。 豪勢ながらも気品を感じさせる扉の前には、二人の護衛が立っていた。
「魔法犯罪取締室、室長のレグルスだ。陛下よりお呼び出しを受け参上した。面会を希望する」
「陛下に確認を取らせていただきます」
護衛の一人が部屋に入り、しばらくして戻ってくる。
「許可が出ました。お入りください」
床を滑るような重い音が鳴り、扉が開く。 レグルスが部屋に入ると、そこには三人の稀代の傑物がおり、室内には研ぎ澄まされた静かな威圧感が満ちていた。
一人目はこの帝国において最も高貴な人間。
二人目はその男を支え、帝国運営の要となる知恵者。
三人目はそんな彼らを守る、帝国最強の戦士。
レグルスは部屋を進むと、片膝をつき最大限の敬意を表す。
「夜分遅くに失礼いたします。皇帝陛下」
「そう畏まらんでもよい、レグルス。公式の場ではなく、私が個人的に呼びつけたのだからな」
男の名はダグラス・アークライト。
帝国の皇帝にして、稀代の英傑。文武に長け、特に政治力においては制度改革から権力の集中化まで、あらゆる功績を残してきた人物である。
「はっ、承知いたしました」
「相変わらず堅苦しい挨拶だな……まあいい。魔取の方はどうだ? 順調であるか?」
「頼れる部下ばかりですので、任務もつつがなくこなせております。新しく加入したセレス・リアナも、現時点では即戦力とは言えないものの、ポテンシャルを秘めた存在です」
「リアナ家の令嬢か。お前がスカウトしたのか、レグルス?」
「いえ、私からの働きかけではございません。おそらくリアナ家からの差し金かと」
ダグラスは玉座の背もたれに深く身を預けると、面白そうに喉の奥で笑った。
「なるほどな。彼女の境遇を思えば、実家から粗雑な扱いを受けているのは容易に想像がつく。だからこそ、『窓際』と呼ばれている魔取に送られたのだろうな」
レグルスは静かに頷く。 ダグラスは少し身を乗り出した。
「それで?本来であれば理由をつけて追放するはずだった彼女を残そうと考えた契機は何なんだ?」
「ひとえに、彼女のポテンシャルを感じてのことです。彼女には魔取で戦える実力も、現場の過酷な空気に飲まれない図太さも持ち合わせていると判断しました。荒削りで訓練は必要ですが、化ける可能性は十分にあります」
「そうか。お前が言うならそうなのだろう。あいわかった、彼女の育成は好きにするといい。ただし、魔取の役割を果たせないのなら、すぐにでも辞めさせろ。いいな?」
「心得ております」
「分かっているならいい。何かあってからでは遅いからな……それで、今日来てもらったのには別件があったのだ。詳しい話はアルベルトがする。頼んだぞ」
「かしこまりました、陛下」
ダグラスの横に座るアルベルト——帝国最高の知恵者にして帝国宰相——は、レグルスの方を向いて落ち着いた声音で話し始めた。
「いよいよ、魔取に本格的に動いてもらう時期に入ってきました。そのことをお伝えしたく、わざわざ執務室まで足を運んでいただきました」
レグルスの眼が鋭く光る。
「帝国で、きな臭い動きが生まれ始めていると?」
「ええ。当然ですが、ここからは機密情報になります。他の魔取のメンバーに共有することも、現段階では禁じますので留意してください」
「承知している」
アルベルトは言葉を区切り、まっすぐにレグルスを見据えた。
「それでは、内容を話し始めます。現在、帝国は変革期にあります。陛下が就任されるまで、この巨大な国家は様々な利権や古い伝統に縛られていました。我々はこの30年間、中央集権化や近衛軍の強化、実力主義の採用など、制度改革を通じてその打破を目指し、しがらみからの脱却を図りつつあります」
アルベルトはそこで一度息をついた。
「しかし、改革を進め、利権を打破すればするほど、そこから弾かれた者たちの不満も膨れ上がります。我々も目立った不穏分子はその都度処理してきましたが、改革が進むにつれて彼らは細分化し、地下へ潜りました。そして今、その不満分子が一つの組織によって集約化され、大きなうねりになろうとしています」
「その組織の名前は?」
「『シエロ』と呼ばれる魔法至上主義の組織です。名前以外は構成員も拠点も何もかもが不明ですが、最近の帝国で起こる事件の裏には彼らが関与していることが多い。第10大隊を中心に調査を進めていますが、未だ全容は掴めていません」
アルベルトの声に、僅かな緊張が混じる。
「今後、彼らが活動を拡大させ、表社会にも大きな影響力を与えはじめることは間違いありません。放置し続ければ、必ず帝国は災禍に見舞われる。だからこそ、魔取にはこのシエロの全容解明および掃討の任務をお願いしたいと考えています」
レグルスは目をつむり、思考を巡らせた。
「……何故、我々が?」
「理由は二つあります。一つは、シエロの影響が近衛をはじめとした軍内部や官僚にも入り込んでいる可能性があるから。もう一つは、敵の実力が未知数だからこそ、しがらみに縛られず独自の裁量で動ける人間を送る必要があるからです」
「我々の中に、シエロの関係者がいる可能性は?」
「ゼロではありません。あらゆる可能性に備えて対策は講じています。しかし……」
アルベルトはレグルスを見つめ、静かに告げた。
「あなたに関しては問題ないと、私も陛下も、そして彼女も考えています」
レグルスが視線を向けると、部屋の隅に直立不動で控えていた純白の騎士が目を開いた。 帝国最強と謳われる白銀の騎士団長、シルヴィアは、静かな声でアルベルトの言葉を肯定する。
「もちろんだ。貴卿、そして魔取という組織のことは私もよく知っている。貴卿らであれば問題ないと私は判断した。自分の勘には、ある程度信頼を置いているのでね」
近衛軍トップからの信頼の言葉。 それを聞き届け、執務机の奥の椅子に腰掛けていたダグラスが立ち上がった。皇帝としての圧倒的な存在感が、場を引き締める。
「レグルス」
「はっ」
「いよいよだ。いよいよ、お前たちの真価が発揮される時が来た。お前たちがただの窓際部署ではないことを知らしめてみせろ。時間はかかるであろうが、お前たちならば必ず成し遂げられると信じている。よい結果を期待しているぞ」
「御意」
レグルスの静かで力強い決意の言葉が、夜の執務室に静かに響いた。




