EP 33
兎の舞と氷花の剣士
鮮やかな一本勝ちを収めた勇太が、観客のどよめきと歓声を背に選手待機エリアに帰還すると、仲間たちが勢いよく駆け寄ってきた。
「勇太さん、カッコ良かったです! あの最後の技、なんて言うんですか!? 流れるお水みたいで、すごく綺麗でした!」
キャルルが、自分のことのように目をキラキラと輝かせて称賛する。
「へっ! なかなかやるじゃねえか、ユウタ! く〜っ、俺様も早くお前と試合がしたくてウズウズしてきたぜ!」
イグニスは、勇太の底知れない実力を改めて認め、好敵手を見つけた猛獣のように牙を剥き出しにして笑った。
「ありがとう。……ああ、お互いに勝ち残れば、本戦でその機会もできるさ」
勇太は、熱気あふれる仲間たちの歓迎に、少し照れくさそうに微笑んだ。
その時、闘技場の進行係が大声で次の試合の選手を呼び出した。
『次、第三闘技場! キャルル・ルナ選手、準備を!』
「あ、次は私ですね!」
キャルルはハッとした表情になり、腰に帯びた樫の木製の『模擬トンファー』をギュッと握り直す。
その愛らしい顔には、大舞台への緊張と、それ以上の武者震いのような高揚感が浮かんでいた。
「キャルル、頑張れよ。いつもの庭での訓練通り、落ち着いてやれば絶対に大丈夫だ」
勇太が、彼女の緊張をほぐすように優しい声で励ます。
「そうだぜ、キャルル! お前の『蹴り』は岩だって砕くんだ! 思いっきり暴れてこい! 気張っていけよ!」
イグニスも、力強く彼女の華奢な背中をバンッと叩いた。
「はいっ! 行ってきます!」
キャルルは、二人からのエールに力強く頷くと、決意を秘めた表情で闘技場へと向かった。
薄暗い石造りの通路を抜け、眩しい陽光が降り注ぐ円形の闘技場へと足を踏み入れる。すり鉢状の観客席から降ってくる地鳴りのような大歓声が、彼女の長い兎耳を震わせた。
(すごい人……! でも、勇太さんも勝ったんだから、私も……!)
気合を入れ直して闘技場の中央へ進み出たキャルルは――既に対戦相手が自分を待ち構えていたことに気づき、息を呑んだ。
陽光を浴びて氷のように煌めく、美しい銀髪。
しなやかながらも一切の隙がない、洗練された構え。
その手には、刃引きされた模擬武器とはいえ、触れる者すべてを凍りつかせるような鋭い冷気を放つレイピアが握られていた。
帝都に来てから、つい先ほど一度だけ顔を合わせた相手。
大陸中にその名を轟かせるSランク冒険者にして、今大会の優勝候補筆頭――魔法剣士、サブリナだった。
「うそ……。まさか、初戦の相手があなただなんて……」
キャルルはゴクリと喉を鳴らした。
観客席からも、どよめきが巻き起こっている。
『おい、見ろよ! Sランクの「氷晶の剣姫」サブリナだ!』
『なんで予選の第一回戦からあんなバケモノが出てくるんだよ!?』
『対戦相手……東方のウサギの獣人か? ひぃ〜、可哀想に。一瞬でミンチにされちまうぞ』
圧倒的なアウェー。相手は格上中の格上。
サブリナは、観客の同情を一身に集めて固まるキャルルの緊張を見透かしたように、涼やかな表情で薄い唇を動かした。
「運がなかったわね、お嬢さん。でも、これもくじ引きの結果。手加減はしないわよ。……さあ、怪我をしたくなければ早々に棄権なさい、兎さん」
その言葉は、決して煽りではない。静かだが、自らの圧倒的な実力を理解している『絶対的な強者』の慈悲を含んだ警告だった。
キャルルの足が、本能的な恐怖で微かに震える。
だが。
(……相手が誰であろうと、関係ない。私は、私の技を信じるだけ!)
(それに、勇太さんたちが、特等席のリーシャさんが、私を見てくれているんだから!)
キャルルは震える両脚にキュッと力を込め、大地をしっかりと踏み締めた。
そして、愛用の模擬トンファーを両手に構え、サブリナの冷たい瞳を真っ直ぐに、力強く見据えた。
その瞬間、恐怖に怯える兎は消え去り、そこには凛とした一人の『武闘家』が立っていた。
「……棄権なんて、しません! 月影流、キャルル・ルナ! 負けませんから!」
サブリナの柳眉が、キャルルの放った清冽な闘気に、わずかにピクリと動いた。
「……生意気ね」
『両者、構え! ……始めェッ!!』
審判の銅鑼の音が、闘技場に鋭く響き渡る。
帝都武術大会「獅子王祭」。無名の兎耳族の少女と、Sランクの魔法剣士。
誰も予想だにしなかった、あまりにも過酷で残酷な初戦のカード。
待機エリアのモニターでその光景を見ていた勇太とイグニスの顔にも、かつてない緊張が走る。
キャルルの試練の幕が、今、切って落とされた。




