EP 31
獅子王祭の開幕と強者たちの邂逅
帝都武術大会『獅子王祭』の開催当日。
帝都アウストラは、早朝から熱狂のるつぼと化していた。
決戦の舞台となる巨大闘技場『コロッセオ・アウストラ』へと続く大通りには、色鮮やかな旗がはためき、無数の露店が立ち並んでいる。すれ違うのは、大陸中から集まった多種多様な種族の観客と、血の匂いを纏った屈強な戦士たちだ。
その喧騒の中。
勇太たち「ホープ・クローバーズ」の出場メンバー三人は、闘技場の選手用エントランスの前で、見送りに来たリーシャと向き合っていた。
三人とも動きやすさを重視した軽装の戦闘服に着替え、大会運営から支給された木製や鈍色の『模擬武器』を手にしている。殺し合いを防ぐためのルールだが、達人が振るえば骨など容易く砕け散る代物だ。
「じゃあ、行ってくるよ、リーシャ」
勇太は、少し緊張した面持ちながらも、落ち着いた声で言った。
「私たちの活躍、しっかり特等席から応援しててくださいね!」
キャルルが、新調した動きやすい白の武道着(スリット深め)の裾を揺らしながら、元気いっぱいに手を振る。
「ガハハッ! 俺様に惚れるなよ! 帝都中の美女たちの視線は、この俺様が独り占めだからな!」
イグニスは、支給された規格外に巨大な模擬戦斧を肩に担ぎ、いつも通り自信満々に胸を張った。
「はいはい、分かってるわよ。ちゃんと観客席から見てるから」
リーシャは、やれやれといった表情で肩をすくめた。
「……無茶して、初日から私に特製ポーションを使わせるような怪我だけはしないでよね。頑張ってきなさい」
呆れたような口調だが、その碧い瞳には仲間たちへの確かな信頼と期待が宿っていた。
三人はリーシャに手を振り、選手用の受付ゲートへと向かった。
分厚い石造りの通路を進み、エントリーの列に並んでいると――不意に、背後から空気がビリッと震えるような威圧感を伴う、低い声が降ってきた。
「……おいおい。何だ? こんなヒョロっちい『子供』が大会に出るのか? 記念参加にしちゃあ、少々場違いなんじゃねえか?」
振り返ると、そこに立っていたのは、獅子の鬣のような金色の荒々しい髪を持つ、身長2メートルを優に超える巨漢の男――ライオットだった。
丸太のような腕を組み、勇太(この世界では平均的な体格だが、彼らからすれば小柄だ)を、値踏みするように見下している。
「え?」
勇太が突然の挑発に目を丸くしていると、隣にいたイグニスの目の色が、カッと凶暴な黄金色に染まった。
「あァ……!?」
ギリッ! とイグニスの奥歯が鳴る。
「ダチのユウタに難癖つけてんのか、このタテガミ野郎?……表出ろ。俺様が今すぐその鬣を毟り取ってやるよ、コラ!」
イグニスはライオットの巨体に一歩も引かず、むしろ上から圧し潰さんばかりの勢いで睨みつけた。
竜人族の熱気と、獅子のような男の闘気。
周囲の出場者たちが息を呑んで道を開け、一触即発の空気が二人の間にバチバチと火花を散らした。
その時である。
「……およしなさい、ライオット。試合前からそんなに熱くなりすぎよ。無駄な体力を使うだけだわ」
チリン、と冷たい氷が鳴るような、涼やかで凛とした声が響いた。
ライオットの後ろから姿を現したのは、月光のように美しい銀髪をなびかせた魔法剣士――サブリナだった。
彼女の足運びには一切の隙がなく、腰に帯びた模擬剣に添えられた手からは、静かだが底知れない魔力の揺らぎが感じられる。
彼女がライオットの肩にそっと手を置くと、あれだけ吹き荒れていた男の闘気が、スッと凪いだ。
「チッ……。まあ、いいだろう。本番までのお楽しみってことにしておいてやる」
ライオットはつまらなそうに鼻を鳴らし、腕を下ろした。
「あ、ありがとうございます……助かりました」
キャルルがほっとしたようにサブリナに頭を下げる。
だが、サブリナは冷ややかな目でキャルルを一瞥し、次いで勇太とイグニスを観察するように見つめた。
「……貴方たちが、最近ギルドで噂の『ホープ・クローバーズ』ね。Eランクから一気にCランクまで駆け上がり、郊外でドラゴンを飼い慣らしているという規格外の新人」
「……」
勇太は無言で彼女の視線を受け止めた。
「面白いわ。その噂が本物かどうか、この大会で確かめさせてもらう。……せいぜい、私たちと当たるまで無様に負けないことね」
彼女は氷のように冷たい微笑みを残し、ライオットと共に受付の方へと去っていった。
「な、なんだアイツら……! ムカつくぜ!」
イグニスが、まだ怒り冷めやらぬ様子で唸る。
「……怒るなよ、イグニス。ただの嫌がらせじゃない。間違いなく、あの二人は今大会の優勝候補だ」
勇太は、去っていく二人の隙のない背中を見つめていた。
巨体に見合わぬライオットの軽やかな歩法。そして、サブリナの周囲を漂う高密度の魔力。
「気を引き締めていかないと、本当に足元をすくわれるぞ」
「……ああ。分かってる」
イグニスも鼻息を荒くしながら、不敵な笑みを浮かべた。
帝都武術大会『獅子王祭』。
それは、ただ己の技を競うだけのお祭りではない。
様々な強者たちの思惑とプライド、そして確かな実力が渦巻く、熾烈な生存競争の舞台なのだ。
重厚な銅鑼の音が、コロッセオの奥から響き渡った。
戦いの火蓋が、今、切って落とされた。




