EP 26
商人と薬草と大いなる野望
翌日。新たな事業計画――『リーシャ印の特製魔法回復薬プロジェクト』を始動させるため、勇太たちは帝都中央区のゴルド商会本店へと足を運んだ。
もはや勝手知ったる様子で豪華なエントランスを抜けると、部下に指示を出していたニャングルがピンと猫耳を立て、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「これはこれは、ホープ・クローバーズの皆さん! いやー、昨日の今日でまた来てくれはるとは、ワテ、感激ですわ! 例の『ドラゴンの屋敷』の住み心地はどうでっか?」
どうやら彼は、勇太たちが早くも新しいビジネスの種を求めてやってきたことを、特有の商人の嗅覚で嗅ぎつけていたらしい。
「話が早くて助かるわ、ニャングル。……単刀直入に聞くけれど」
リーシャが周囲の目を気にしつつ、声を潜めて本題を切り出した。
「『白月草』の種はあるかしら?」
「白月草……?」
ニャングルの細い目が、ギラリと光った。
「ほほう、あの栽培が極めて困難な希少薬草ですな。……さては皆さん、ただの傷薬やのうて、『最高級の魔法回復薬』でもお作りになる気でっしゃろ?」
「ご名答。在庫はある?」
「さすがリーシャはん、目の付け所が違いますなぁ! ま~た、とんでもなくデカイ金の匂いがしますわ! ユウタはんの技術とエルフの秘伝……これはウチでの独占販売契約、間違いなしですな!?」
ニャングルは早くも頭の中で凄まじい勢いで算盤を弾き始めている。
「まだ作るって決まっただけだよ。気が早いな、ニャングルさん」
勇太が苦笑していると、話の流れに飽きてきたイグニスが、ニャングルの肩をバンッと力強く叩いた。
「おい、猫吉! 草や薬のセコい儲け話より、何かドカンと暴れて儲かる話は無えのか? 俺様の戦斧が、そろそろ強い魔物の血を吸いたがってるんでな!」
「ね、猫吉て……。まあええですわ。有ります有ります、イグニスはん!」
ニャングルは痛む肩をさすりながら、待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「なんせ皆さん、今や帝都でも注目のCランクパーティ、おまけに『ドラゴンを従えた』なんてトンデモない噂まで流れてまっさかい! 『水竜の討伐』や、未踏破遺跡の探索、果ては『デーモンキングの眷属討伐』まで、高ランク依頼ならギルドの裏に幾らでも転がってまっせ! 成功すりゃあ、金も名誉も思いのままですわ!」
ニャングルは、わざと物騒な名前を並べ立て、挑戦的にニヤリと笑った。
「ちょ、ちょっと待ってください! 聞いたイグニスさんが悪いわ! 私たちはまだCランクになったばかりなんですよ!? 水竜とかデーモンキングなんて、冗談じゃありません!」
キャルルがウサギの耳を振り乱し、ぷりぷりと怒ってイグニスを窘める。
「確かに。グリフィンを倒したとはいえ、まずは足元を固めないとね。イグニス、暴れるのはリーシャのポーションが完成して、僕たちの生存率が上がってからだ」
勇太もニャングルの悪ノリに釘を刺し、話を元に戻した。
「チッ、何~んだ、つまんねえの」
イグニスは、せっかくの冒険話が流れてしまい、あからさまに口を尖らせた。
「まあまあ、イグニスはん。焦らんでも、あんさん達の実力なら、いずれそういう規格外の依頼も嫌というほど舞い込んできますわ。その時は、ワテが最高の条件で斡旋させてもらいますさかい!」
商売の算段をしながら、しっかりと次のビジネスの種を蒔くのも忘れないのがニャングルの強みだ。
「ほな、白月草の種ですな。少々お待ちを」
ニャングルは奥の金庫室へ向かい、やがて「冷気を放つ魔法陣が刻まれた、分厚いガラス瓶」を恭しく持ってきた。中には、銀色に淡く光る小さな種が数十粒ほど入っている。
「これが最高級の白月草の種です。……普通の土に植えても、魔力不足ですぐに枯れてしまう代物ですが。代金は……まあ、今後の特製ポーションの『独占取引への投資』っちゅうことで、今回はタダにさせてもらいますわ!」
「タダでいいの? 恩に着るよ、ニャングルさん。……期待以上のものを作って持ってくる」
勇太はその冷たい小瓶を受け取り、仲間たちの頼もしい顔を見回した。
水竜退治やデーモンキング討伐は、まだ少し先の夢物語かもしれない。だが彼らは、自分たちの手で着実に未来と実力を築き始めていた。
まずは、帝都一……いや、大陸一の魔法回復薬を作って、この計算高い商人の度肝を抜いてやろう。
勇太は静かに、しかし熱い決意を固め、ゴルド商会を後にするのだった。




