EP 6
時間稼ぎの無限回廊! 悪魔のハサミと隠し包丁
「……残り時間は、あと40分」
タロキン厨房の王城(冷蔵庫)。
豚の騎士トンデモナイトは、壁掛けの魔導時計を睨みつけ、ギリッと奥歯を噛み締めた。
カルビとタン塩という肉の双璧を失った食材軍団。
優太が提唱した『塩→脂+野菜→酸』の無限ループ(チート戦術)の前に、悪魔たちの胃袋は休まるどころか、ますます食欲を加速させていた。
「このままでは、ハラミ姫の御前まであっという間に到達されてしまう。もはや、物理的に胃袋を埋める作戦は通用しない。ならば……!」
トンデモナイトは、ショーケースの片隅で、ボウルの中で特製の味噌ダレに浸かっている異形の部隊へと声をかけた。
「出番だ……ホルモン部隊! 貴様らのその強靭なる肉体で、奴らの顎を疲労させ、時間を稼げ! 絶対に、飲み込ませるな!!」
「ブジュルル……お任せを、トンデモナイト様」
タレの中から身を起こしたのは、白くブヨブヨとした分厚い皮と、プルプルの脂を纏った重装甲兵――『ホルモン(シマチョウ)』であった。
彼らは、肉の中でも極めて特殊なステータスを持つ。
攻撃力こそカルビに劣るが、その防御力(弾力)は全食材の中で最強。
「我らの肉体は、噛んでも噛んでも決して千切れることのない『無限回廊』。悪魔どもの顎の筋肉を完全に破壊し、嚥下を諦めさせてやりますよ。ブジュルル……」
「頼んだぞ、ホルモン部隊! お前たちの決死の遅延工作が、この聖戦の勝敗を分けるのだ!」
誇り高き絶対防御の盾たちが、トングに掴まれ、灼熱のロースターへと運ばれていった。
***
ジューーーーッ!!
網の上に乗せられたホルモン部隊は、熱を受けた瞬間、自らの身をクルリと丸め、強靭な外皮をさらに収縮させて『防御形態』へと移行した。
「(ヘヘヘ……。燃えろ、もっと燃えろ! 火を通せば通すほど、俺たちの体はゴムタイヤのように硬く、弾力を増していくのだ!)」
ホルモン部隊の隊長が、燃え盛る炎の中で不敵に笑う。
やがて、こんがりと焼き色のついたホルモンが、マルストアチームの皿へと取り分けられた。
「わぁ、なんだかプルプルしてて美味しそうです!」
兎耳の少女、キャルルが目を輝かせ、丸まったホルモンを箸で摘んで口に放り込んだ。
『モニュ……モニュモニュ……クチャ……』
「……うーん?」
数秒後、キャルルのウサギの耳が、困ったようにペタンと垂れ下がった。
「(かかったな、兎耳の小娘! さぁ、噛め! 噛み続けろ! 俺の絶対防御は、お前の貧弱な顎では絶対に貫通できない!)」
キャルルの口腔内で、ホルモン隊長が勝利の産声を上げる。
「モニュ……クチャ……うぅ……優太くん」
キャルルは、涙目になりながら優太の袖を引いた。
「どうした、キャルル。美味くないか?」
「味は美味しいんですけど……このお肉、噛んでも噛んでも全然なくならなくて……いつ飲み込んでいいのか、分からないですぅ……」
「ガハハ! キャルル、お前は顎が弱ぇな! こういうのはなぁ、適当に味を楽しんだら、丸呑みしちまうのが正解なんだよ! ゴクンッ!」
竜人族のイグニスが、咀嚼を諦めて丸呑みし、直後に「グェッ!? 喉につっかえた! 水! 水くれ!」と胸を叩いて悶絶し始めた。
『ヨシッ!!』
ショーケースの奥で、トンデモナイトが歓喜の拳を握りしめた。
「見たか! あの竜人すらも嚥下障害に追い込む、ホルモン部隊の恐るべき防御力を! あの咀嚼回数では、悪魔たちの満腹中枢がすぐに刺激されるはずだ! これで……40分を耐え凌げる!!」
食材たちに、再び希望の光が灯った。
だが。
彼らは忘れていたのだ。
悪魔の軍団を率いる、あのジャージ姿の男の『異常性』を。
「……バカ野郎。ホルモンを丸呑みするなんて、喉を詰まらせて死ぬ気か」
優太はため息をつくと、立ち上がり、店員を呼んで『ある魔導器具』をテーブルへと持ってきた。
それは、刃先が鋭く光る、銀色の『焼肉用ハサミ』であった。
「な、なんだあの禍々しい武器は……!?」
トンデモナイトがゴクリと息を呑む。
「キャルル、イグニス。よく見とけ。ホルモンってのはな、ただ焼いて食うだけじゃ『ゴム』と同じだ。店側が意図的にカットを大きくしているのは、お前らみたいに顎を疲れさせて食べるスピードを落とさせるための『遅延トラップ』なんだよ」
「えっ!? これも罠なんですか!?」
「あぁ。だから、こっちも『物理的』に防御力を削ぎ落とす必要がある」
優太は、網の上で丸まり、防御形態に移行しているホルモン部隊をトングでガシッと掴み上げた。
「(なっ!? 何をする気だ、悪魔め! 俺たちの絶対防御は、どんな鋭い牙でも――)」
ジャキッ!!
ジョキッ、ジャキ、ジャキッ!!
「(ギャアアアアアアアアアアアッッ!?)」
優太の手元で、鋭いハサミが閃いた。
彼が行ったのは、ただ小さく切り分けることではない。
ホルモンの強靭な皮の面に、数ミリ間隔で細かく『隠し包丁(切り込み)』を入れていったのだ。
「いいか? ホルモンは皮の方からしっかり焼く。そして、この『隠し包丁』を入れておくことで、焼いた時に熱が中まで通りやすくなり、硬い繊維が断ち切られる。……さらに!」
優太は、切り込みを入れたホルモンを網に押し付けた。
ジュワァァァァァッ!! と、内部の脂が溢れ出し、網の上の炎がゴウッ! と高く舞い上がる。
「脂身の方は、サッと火を通す程度でいい。表面の皮はカリッと、中の脂はプルプルの状態……これが、ホルモンの『黄金比』だ」
「(あ、あぁぁぁ……! 俺たちの、俺たちの誇り高き無限回廊がぁぁっ!!)」
網の上で、繊維を断ち切られたホルモン部隊が、美しい花のようにクルリと反り返り、最高の焼き加減へと変貌させられていく。
「よし、食ってみろキャルル」
「は、はいっ!」
キャルルが、こんがりと焼き上がったホルモンを口に運ぶ。
サクッ。ジュワァァ……。
「わぁぁっ!!」
キャルルの瞳が、星のように輝いた。
「すごい! さっきのゴムみたいだったのが嘘みたいです! 皮がサクサクで、噛んだ瞬間に甘いお汁(脂)が口いっぱいに広がって……ウサギの歯でも、簡単にサクッと噛み切れちゃいます!」
「だろ? ホルモンはな、顎を疲れさせる厄介者じゃない。極上の『脂のジュース』なんだよ」
「うおおおお! これなら俺様も丸呑みせずに美味しく食えるぜぇぇっ!」
イグニスが、優太がハサミで処理したホルモンを次々と平らげていく。
「(……無念、なり……トンデモナイト、様……)」
隠し包丁によって絶対防御を無効化されたホルモン部隊は、極上の脂のジュースとして、キャルルやイグニスの胃袋の中へと、幸せそうに(絶望しながら)消えていった。
***
「…………」
王城(冷蔵庫)の中は、お通夜のような静けさに包まれていた。
最強の盾であったホルモン部隊の決死の遅延工作は、優太の『ハサミ』と『隠し包丁』という、料理の基本の前に、わずか数分で瓦解したのだ。
「……トンデモナイト様」
サンチュが、震える声で告げる。
「残り時間、あと20分です。……ですが、もはや我々には、奴らの食欲を止める手立てがありません」
ショーケースの中に残されているのは、ハラミ姫と、トンデモナイト。そして、数少ないサイドメニューの残党たちのみ。
悪魔の軍団の食欲は、いまだに限界を見せる気配すらなかった。
「……これまでか。もはや、我らの誇りも、ハラミ姫のお命も……」
トンデモナイトが、絶望に打ちひしがれ、聖剣を落としそうになった、その時である。
『トンさん……諦めないで』
「ッ!?」
トンデモナイトが顔を上げると。
厨房の片隅、サイドメニューの皿の上から、白く薄い皮に包まれた小さな戦士が、静かに歩み出てきた。
その中には、強烈な『ニンニク』と『ニラ』の香りが封じ込められている。
「ぎょ、餃子……! お前、まさか……!」
「へへっ。飲茶の兄貴だけカッコつけさせるわけにはいかないからね」
餃子は、悲しげに、だが決意に満ちた笑顔でトンデモナイトを見つめた。
「俺の体の中に詰まってる、限界まで圧縮されたニンニクとニラの『匂い爆弾』。これを網の上(灼熱の炎)に直接叩き込めば、周囲の空気を汚染して、あいつらを網に近づけなくすることができるはずだ」
「やめろ、餃子! それはお前の命と引き換えの、自爆特攻ではないか!!」
トンデモナイトが叫ぶ。
「トンさん……死なないでね」
餃子は、ふわりと宙に舞い上がった。
目指すは、優太たちが待ち構える、あの灼熱のロースターのド真ん中。
「餃子あああああああああああああああああああっっ!!!」
次話。
哀しき餃子の自己犠牲!
ニンニクの自爆特攻は、悪魔たちに通用するのか!? 涙なしには読めない、サイドメニューの誇り高き散り様を見よ!
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第6話、いかがだったでしょうか!?
焼肉食べ放題の強敵「飲み込むタイミングがわからないホルモン」に対し、優太の「ハサミで隠し包丁を入れる」という至極真っ当な調理テクニックが、食材視点では「絶対防御を切り裂く悪魔の拷問」として描かれるギャップをお届けしました!
そしてラスト……!
あの不朽の名作(ドラゴン◯ール)を彷彿とさせる、哀しきサイドメニュー『餃子』の登場です!
「トンさん、死なないで」……このセリフを書いている時、作者は(笑いすぎて)涙が止まりませんでした。
次回、餃子の決死の自爆特攻(肉汁ブシャー)が炸裂します! 果たしてその結末は!?
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