EP 30
ニャングルが手配した宿は、シレーナ島の海岸沿いに立つ、完全貸し切りの最高級ヴィラだった。
広々としたプライベートテラスからは、太陽の光を反射して輝くエメラルドグリーンの海が一望でき、部屋の中は南国の花の甘い香りで満たされている。
「さて、と……。荷物も置いたし、これからどうする?」
勇太がふかふかのソファに腰かけて問いかける。すかさず、キャルルがその右隣にぴったりと身を寄せ、観光パンフレットを広げた。
「えへへ。勇太さん、ここなんてどうですか? 島の中心部にある甘味処で、お米で作ったお団子が、すっごく美味しいんですって! あーん、ってしてあげますね!」
「甘いのも良いけれど……」
今度は左側から、リーシャが勇太の肩にそっと寄りかかり、艶やかな息を吹きかける。
「こっちのご当地酒も気になるわね。滋養強壮に効く『幻の海蛇酒』らしいわよ? ……今夜のために、精をつけてもらわないとね?」
「う、うーん、どっちも魅力的で迷うな~」
美しい二人の新妻に挟まれ、顔を赤くして幸せそうに悩む勇太。
その致死量を超える甘ったるい光景を、部屋の隅で見ていたイグニスの――我慢の限界を知らせる『ブチッ』という音が、確かにヴィラに響いた。
「あ~~~~あ~~~ッ! もう見てられっか!!」
突然、イグニスが椅子を蹴立てて立ち上がり、叫んだ。
「俺様はギルドに行って、この島にいるっていう凶悪な魔物でも退治してくるぜ! お前らの甘ったるい空気に当てられて窒息死するより、血生臭い戦場の方がマシだ!」
そう吐き捨て、彼は足早に部屋を出て行こうとする。
だが、その言葉に、意外な人物が反応した。
「魔物退治……か。そうだな、領主になってから書類仕事ばかりで体がなまってたし。たまには思いっきり暴れるのも良いかもしれないな」
勇太の目が、温厚な領主のものではなく、数々の死線を潜り抜けてきた一人の『最強の冒険者』のものに戻っていた。
その頼もしい変化と『魔物』というワードを、二人の妻が見逃すはずがない。
「魔物……あっ! リーシャさん、パンフレットのここ見てください! 『島一番の美しさを誇る白砂の入り江。ただし、凶悪な巨大魔獣が棲み着いているため立ち入り禁止』って書いてあります!」
「まぁ……! ということは、その魔物を私たちが退治してしまえば、そこは誰の目にも触れない『完全なプライベートビーチ』になるということね?」
ヒロイン二人の目が、キラリと恐ろしい光を放った。
「パブリックなビーチじゃ、勇太にもらったあの『地球の素敵な水着』を、他の有象無象の男たちに見られてしまうものね」
「はいっ! あんな恥ずかしい水着、勇太さん以外の男の人に見せられません! 勇太さんのカッコいい戦う姿を見て、そのあとは綺麗な海を三人で貸し切りですぅ!」
「はは……参ったなぁ。でも、君たちの水着姿を他の男に見せたくないのは、僕も同じだからね。いっちょ、やってやるか!」
甘い新婚旅行の計画はどこへやら。
あっという間に、「嫁たちの水着お披露目のための、プライベートビーチ奪還クエスト」へと変更されてしまった。
「よし! 行くぞイグニス! お前が囮な!」
「私は上空から超魔法で絨毯爆撃をかけるわ」
「私も全力で援護しますっ!」
嬉々として武器を手に取り、部屋を出ていく最強の夫婦たち。
その最後尾で、イグニスは天を仰ぎ、その瞳から一筋の熱い血の涙を流していた。
(……ちくしょう! むさ苦しい魔物退治に逃げたつもりが、結局あいつらの『水着キャッキャウフフ』のお膳立て(+荷物持ちと見張り)になっちまったじゃねえか……!!)
甘い空間から逃げ出すための方便が、結果的に最高純度のイチャイチャイベントを引き金してしまったのだ。
シレーナ島での竜人の受難は、まだまだ続きそうだった。




