燃殻の試練 その1
燃殻の神父オスカー、彼についてコウタが知っていることは少なかった。持っている武器が釘バットで、攻撃を喰らうとHPだけでなく正気度も削られることと、火を操ることができることくらいだった。ならばと、コウタと相談した通りにアザトースは手のひらをオスカーの方に向けて行動を起こす前に魔術を発動する。
「...『薙ぎ払われた大地』.......おどろき」
アザトースの魔術の圧倒的な力の奔流はオスカーを飲み込むことになるはずだったが、彼の方が少し早かった。魔術の効果範囲を見切り、範囲から素早く逃げ去るためにアザトースたちとの距離を詰めてきた。グリム神父と初めて出会ったときを彷彿とさせる、映像をコマ送りにしているかのような動きでオスカーはこちらに近づいてくる。彼は右手に持っている釘バットを振りかぶって突進してくるが、アザトースを守るようにしてコウタが立ちはだかる。コウタが腰を低くして大盾を正面に構え、来たる衝撃に備えたその瞬間オスカーの釘バットと大盾がぶつかり合い、凄まじい衝撃音と共に大盾から剥がれた黒曜石の破片がキラキラと飛び散った。
「フッ...どうしたオスカー、その程度か?」
自分を鼓舞するためだろうか、それとも単にカッコつけているだけなのだろうか、コウタは芝居がかった口調でオスカーを煽る。挑発への返答は言葉ではなく拳だった。オスカーが何も持っていない左の拳を握り締めると、左腕全体が熱した金属のように赤くなる。
「させるかっ!『黒曜の爪』!」
コウタが左足でアスファルトを力強く踏みつけると、左足を基点として大量の黒曜石の剣がアスファルトを突き破り生成される。牽制で放った一撃とはいえ、それはオスカーに大きくのけぞってでも避けさせる程度の威力が込められていた。コウタは体勢の崩れたことで生まれた一瞬の隙を突き、自分の大盾で押し出すようにしてオスカーを吹き飛ばす。
「飲み終わりましたか!アザトースさん!」
「...ぷはっ........いましがた」
「重畳ッ!」
少しロールプレイ時の口調が混ざっているとはいえ、余裕がなさそうな声で確認を取ってくるコウタにアザトースは手短に返す。その手には銀の装飾がなされた美しい空の小瓶が握られていた。
戦闘に入る前アザトースはコウタから5本の小瓶といくつかのアイテム、そしてそれらをしまうポーチが渡されていた。瓶の中には青い液体が入っていて、コウタによればこれを飲めばMPが即座に全て回復するという。渡すときにコウタは兜越しでもわかるくらいには口惜しそうな素振りを見せていたため、かなり貴重なものであることはアザトースも理解していた。何せ全回復するのだ、本当ならばできるだけ飲まずに温存した方がいいのかもしれない。ただ優先すべきことは目の前の神父を倒すことなのだ、ケチケチしている場合ではない。何事もなかったように立ち上がってこちらに向かってくるオスカーを相手取っているコウタに向かって、アザトースは魔術を放つ。
「...『肉体の解放』」
効果はすぐに現れた。コウタの攻撃が目に見えて強くなっている。それもそのはず、『肉体の解放』は肉体に関わるあらゆる効果を増幅させる。やろうと思えば生まれたばかりの子供に丸太をへし折るくらいの力を与えることができるのだ。もちろんそこまで増幅すると流石にコウタの体が耐えられない上、なによりポーションを全て飲んでもMPが足りないかもしれない。そのため今回はせいぜい10%身体能力が上昇する程度に留めておいた。
オスカーはコウタの大剣の一撃をどこからともなく取り出した中型の盾で受け切っていたが、魔術で強化されたコウタの攻撃をだんだん受け止めきれなくなってきている。コウタはオスカーを蹴り飛ばして距離を稼ぐと、急いで盾を背負い空いた手で自分の大剣の腹に手を当てて、自分の覚えている魔法を発動させる。いつもならば発動までに少し時間を食うのだが、アザトースから飛んできた強化のおかげかすぐに効果が表れ、黒曜石の大剣が星空のような煌めきを宿す。サポートをありがとう、そして今度絶対にどうやって覚えたのか教えてもらおうと思いながらコウタはオスカーに斬撃を放つ。オスカーもそれを受け止めるためか赤熱していた左手に炎を渦のように纏わせ、コウタに向けて解き放つ。
「ここだっ!!『黒曜の断罪』!!」
「...【ココロ焼ク大火】」
輝ける黒い斬撃と心さえ焼き尽くす赫い炎がぶつかり合い、あたりは煙と衝撃で包まれた。
ちなみにですがオスカーに3人以上で挑むとひたすら距離をとって炎をばら撒いてくるクソボスに変わります。
次回の更新は水曜日の予定です。
追記 2000PV超えました!本当にありがとうございます!