見上げるがいい、唾棄すべきあのアルデバランを その2
顕われたAldebaranは全身から生えた細い女性の手を動かしてのそのそと鈍重な動きでその膨れ上がった芋虫のような体を起こし、アザトース達の方を向く。その体は天井に届くほどに大きく、地面で隠されていた腹の裏にはアザトース達を軽く飲み込めそうなほどに大きな口がいくつも開いていた。口の端からはネバネバした緑色の液体がタラタラ流れ、鈴を転がすような女性の声をいくつも重ねたような鳴き声を漏らしていた。
「Vi...Vi...EEEVilllllll......」
『あなたは唾棄すべきAldebaranの、背徳と冒涜を体現せし姿を見た』
『正気度判定を行います』
『...正気度の喪失が発生しませんでした』
耳元で響く声にアザトースはまじかと思う。オスカーの時は起きた正気度の減少がなぜかアトラに続き発生していない。隣にいるコウタはどうかと思い彼の方を見ると、どうも様子がおかしい。体を痙攣させながら鎧の隙間から紫色の煙を噴き出している。
「...コウタ...?」
「Burrrrrrrr......」
使徒が上げていた声に似た唸り声を上げるコウタを見て、アルキオネがポリポリ兜をかきながら近づいてくる。
「あーコウタくんどこでだか知らないけど「赤子」を食べたね?アザトースちゃん戦線維持よろしく。戻すから」
「...りょ......じゃあ...『薙ぎ払われた大地』」
右手で空間を薙ぐようにして振り回して魔術を発動する。ガオンと音が響いたのち、アザトースの視界に映る天井と壁、窓ガラスが全て抉り取られたような痛々しい破壊痕を残して消し飛ぶ。
「...ムゥ......やっぱり」
「Vovovovovovovo......?」
アザトースの放った魔術の威力はAldebaranを消し飛ばせるはずなのだが、アトラと戦った時と同様にAldebaranの黄色い皮にあの文字列が烙印のように浮かび上がり、かの神の体を守る。Aldebaranは不思議がるように手で自分の体を撫で回していた。
「...きいてない......でも......あしもとちゅーい」
アザトースが下を指差すと、Aldebaranの足元を支えている床に少しヒビが入っている。
「ちょ...!?アザトースちゃん!?」
「Burrrrrrrr!!?」
「......おとす。『汚染された海』」
アザトースがひび割れ始めた地面に手を当てると、Aldebaranの巨体を支えていた床がボロボロと異臭を放ちながら灰のように崩れ、階層そのものが崩落する。Aldebaranは落下を避けようと本能的に手を伸ばしたが、敢えなく地上60階の超高層ビルの最上階から落下していった。
一方その頃、こはくはあるレストランにいた。店主達を除くと店内に人は彼女の他には一人もおらず、広い間取りなのもあって非常に閑散としていた。出された海鮮丼に舌鼓を打つこはくに、店主ことカイザとサモンが話しかけてくる。
「おいこはく。ホントに師匠の極秘情報を持ってんだろうなぁ。こちとら店をわざわざ閉めてやってんだ。無ぇんならその口の中に頬張ってる料理の代金きっちり払ってもらうぞ」
「貴公、乙女にそのような口の聞き方は良いとは言えぬぞ。蜜より甘く、花よりも優雅な言葉を使うべきだ。ところでこはく殿、料理はお口に召したかな?」
「もちろん☆それとカイザくん、先に言っておくけどアタシ別にアーちゃんのあの技のことは全然知らないよ?アタシが知ってるのはあーちゃんの好きな料理のこと」
「テメェ...教えてください」
「貴公、それでいいのか」
サモンがため息をつくと、突然地響きが鳴る。衝撃で部屋がガタガタと揺れて、爆風に乗って飛んできた瓦礫で店内が破壊される。
「......まじか☆まじなんだ」
「...あー大丈夫かてめーら。頭打ってねーか」
「心配御無用。だが先ほどの振動、地震というには少しおかしい。我らの足元は大して揺れはしなかった。」
「...確かにな。どっかの古いビルがぶっ壊れたとかか?とにかく見に行ったほうが良さそうだな。こはく!おめーはどうするんだ?」
倒れた机や席を払い除けるようにして起き上がったカイザの質問に対してこはくは少し考えるようなそぶりを見せて、カイザとサモンについていくと言って店内から先に一人で出ていった。そして二人を置いてズンズン進んでいく。まるで原因の場所が初めからわかっているようだった。
「ちょ...おい待てよ!場所わかってんのかぁ!?」
「貴公、ここはひとまずこはく殿について行くのが吉というものだろうな」
「...まあ追いかけるしかねーか」
二人も彼女の跡を追って店を出て少し走ると、こはくが立ち止まっていた。彼女の前に続く道は昨日まではなかった巨大な樹木の壁によって塞がれており、さらにこはくを阻むようにして一人男が立っている。
「......おいこはく。もしかしてさっきのはこいつか?」
「わかんないけど...無関係じゃないと思う」
「おっしゃる通りです、こはく様。ですが私が先ほどの地響きを起こしたわけではありませんよ?」
慇懃無礼に男は礼をする。綺麗な緑色の神父服を纏い顔は銀色の筒のような仮面で覆われていて、表情は全く見えなかった。その手に握られていたカンテラはまだ日が射しているというのに怪しく輝いている。
「あの声色に背格好...確かモトベとかいう男だったはず」
サモンの言葉にモトベが反応し、やれやれと言った具合に肩をすくめる。
「やはり女王陛下のお隣で働くというのはどうしたって目立つものですね。だからこそ普段の私と似ても似つかない性格を演じ、そして顔もヒトの意識に残らないようなものに整形していたわけですが...どうやら無駄骨だったようですね」
「......おいモトベさんよ。この木の壁はなんなんだ。これアンタがやったのか?さっきの地震はこれか?」
「確かに木の壁は私です。ですがこれが地響きを起こしたわけではありません。地響きの原因は唾棄すべきAldebaranです」
アルデバランの名が出たと同時にこはくの顔が険しくなる。だがその変化は一瞬のもので、すぐにいつもの笑い顔に戻る。
「...モトベさんとアタシは敵じゃないよね?だったら通して欲しいなーって☆」
こはくの言葉にモトベは首を横に振る。そして腕を指揮者のように一振りすると、こはく達の退路を断つようにして樹木の壁が出来上がる。
「私がモトベを名乗る間...私の使命はアナタを...『使徒』を守ることでした。ですがAldebaranが目覚めた今、その名は既に捨てました。今の私はベルモット、神に使命を与えられし神父が一人です」
モトベ...否、ベルモットのその一言で周囲の空気が張り詰める。彼の手に握られたカンテラが、妖しげな光を強め始める。
『苦艾の神父 ベルモットが現れました』
「さあ、試練を与えましょう」
チュウカン=テストが控えているので今後の投稿は遅れるかもしれません




