見上げるがいい、唾棄すべきあのアルデバランを その1
遅くなりました。
音も灯も何一つ無い、飽き飽きするような真夜中。しかし実に特別な夜。
「わが神よ。ようやくあなたのご期待に添えます」
昂る心のままに、自分の顔に触れる。この顔が綻ぶことなどあるはずがないが、使命を果たせば変わるのだろうか?手元のカンテラをふっと吹き消して、夜の闇に溶け込んで思う。
なんて事のないいつも通りの朝。ただしとっても特別な朝。
「今日で終わるのかな...?」
鎧を纏っていない傷跡だらけの体を見て、もし失敗したらと不安に駆られる。だが雄牛の心臓の時に見せてくれたあの力があれば、きっと彼女を殺せるはずだ。願いを胸に兜を被る。
代わり映えのしない、げんなりするようなお昼時。ただしとても特別なお昼時。
「今日は何して遊ぼっかな」
少し浮かれる心のままに、ゆっくりゲームを起動する。新たな刺激と希望を求めて。わずかな間だけでも、憎たらしい点滴と手錠におさらばするため。
何度も迎えた午後3時。だけど間違いなくいつもと違う午後3時。
「.........よし。やるぞ」
跳ねる心を抑えて、静かにゲームを起動する。彼女からの言伝を胸に、約束を果たすために。
初めて迎える黄昏時。ビル群の隙間から覗く仮初の夕日を見上げ、ただ思う。
「...がんばる」
これが『人でなし』のサダメなら、これが一番楽しいのなら、きっとそうするべきなのだ。
玉座の間からさらに進んだ先でアルキオネがボタンを押すと、サンシャインビルの最上階に向かうためのエレベイタのドアが開く。ドアを開いたままアルキオネが二人の『人でなし』達に確認するように声をかける。
「『黄魔時』である今...この上の展望台にアルデバランは存在しているよ。アバドンちゃんにゴンタくん。えのぐちゃんが居ないみたいだけど...ほんとに準備はいい?」
引き返すなら今のうちだ。そう言外に伝えるアルキオネの言葉に二人は顔を見合わせた後、迷うことなくエレベイタに乗り込む。
「...のーぷろぶれむ...あとわたし、アザトース。えのぐじゃなくてこはく」
「フッ......当然だとも。俺はこのために1週間我が力を鍛え直してきたのだからな...ただ女王アルキオネ。一つ違えているところがある。今日の俺の名はそう!†爆裂無双窮極無限最強戦士†コウタだ...」
「......あれ?......ねぇコウタ。まえ『こくよーのきし』にしたよね?またかえたの?」
「フッ...英雄の力を讃える称号に限りはないのさ...」
「...なる」
確かにアザトースを讃える二つ名も星の数ほど存在している。アザトースに比べれば遥かに格が落ちる種とはいえ、ヒトにも二つ名がいくつもあるのは当然だろう。アザトースがそう思いながらコウタを見ていると、彼の手が少し震えていることに気づく。
「...からげんき?」
「あははははは。アザトースさん僕がそんな虚勢を張らなきゃ化け物が怖くて闘えないなんてそんなことがあるはずが無いにキマッテルジャナイデスカー」
「...そね」
露骨に不審な動きをするコウタをよそに、エレベイタはぐんぐんと最上階へと向かう。チンと音がして鉄のドアが開くと、腐った生卵のような匂いが中に流れ込んでくる。思わず顔を顰めるコウタとアザトースをよそにアルキオネは部屋へと進んでいく。
「相変わらず臭いねここは。食べ残しも糞尿も無いのにこの匂いだよ」
「よく平然としてられますねこの匂いに...」
「自分鼻ついてないからね。まともに感じないんだよ。まぁそれはそれとして、アレを見て」
アルキオネが指差す方を見ると、床にところどころ穴の空いた黄色いカーペットが敷かれていた。しかしその色は染め上げたというより黄ばんだという方が近い色合いだった。アルキオネに勧められるままに近づいて見てみるとそのカーペットは革製のような質感で、幾つもの小さな丸い皮布を縫い合わせて作ったようだった。
「二人ともその皮の穴に何か見覚えはない?」
「見覚え?僕には経年劣化で空いた穴に見えるんですけど...」
「穴の開き方に規則性があるように見えないかな?その肌触りに覚えがないかな?」
「規則性?丸い皮に小さい穴が二つ...上には中くらいの穴が二つ...小さい穴のすぐ下に大きな穴一つ...あ」
「...すべすべ」
規則性も触り心地にも特に覚えがないアザトースはコウタはどうなのだろうと思い彼の方を見る。彼の顔は兜で隠され見えなかったが、どうも何かに気づいたような素振りをしていた。
「アルキオネさん、もしかしてこれは...顔......ですか」
「そうだね。人の顔を剥ぎ取って縫い合わせて作った彼女の黄衣。だからアルデバランはそこにいる」
「...えっ」
咄嗟に黄色い布から手を離して離れるアザトースとコウタだったが、それは動く気配を見せなかった。アルキオネの方を振り向くと、彼女は苦笑しながら問題ないと告げた。
「まだ動かないから大丈夫大丈夫。アルキオネの体を食べて多少満足してるから......でも今から起こすよ?ほんとに準備はいい?」
「...うん」
「......やります。なんたって今日の僕は†爆裂無双窮極無限最強戦士†ですから」
「そかそか。それじゃあ......ゴホン。『アルデバランよ。神を喰らいし強欲者よ。肉を掻き集めし愚か者よ。戒めの枷を砕いてやろう』」
アルキオネの言葉に反応して、床を覆う黄色い布が震えるように動き出す。アザトース達の目の前、黄衣の中心がボコボコと沸き立つように盛り上がる。黄衣は沸き立っている部分を中心としてより集まり、やがて静止して一つの形を成す。それは黄色い皮に包まれた巨大な芋虫のようだった。全身を覆う黄色く変色した顔面の皮の、目に当たる穴から黄痰を吐き出し、口部分の穴から女性の白いほっそりとした手が伸びている。
「...くる」
「わかってます!!」
「二人とも、気をしっかりね!」
『汝、牡牛の瞳を恐れよ。前触れなり』
『汝、冒涜を恐れよ。さもなくば魅入られるが結末なり』
『汝、大欲を恐れよ。過ぎたる想いは己を喰らう』
『汝、もはや恐れは必要にあらじ。今ここに黄魔時来たれり』
『唾棄すべきAldebaranが顕われました』




