邂逅
書きたいことを詰め込んだら結構長くなりました。
「...わたし、むてき。ふふ...」
アザトースは調子に乗っていた。自分の考えがうまくいったこと、ヒキガエルを倒した時に地表まで穴が開いたことで瓦礫をよじのぼるだけでシブヤ駅内から出ることができるようになったからだ。地表に広がる街並みはグリム神父と出会ったところと同じように廃墟ばかりだったが、建物は大きく、より密集していて摩天楼と呼ぶにふさわしかった。建物にはツタが絡み付き日差しをたっぷりと吸っていた。
アザトースが道路沿いに歩いていると、さっきもいたヒキガエルが三匹群れているのを見つけた。アザトースとは反対の方を向いていたことからアザトースにはまだ気づいていないようだ。どうせさっきと同じようにナメた感じで襲いかかってくるのだ、先に攻撃しても構わないだろう。そう考えたアザトースは三匹のヒキガエルの方に手を突き出して前とは異なる言葉を唱える。
「...『空間の掌握』」
少し体の力が抜けるような感覚があったが、魔術の効果は無事に現れた。哀れなヒキガエルたちは見えない巨大な手に掴まれたかのように体の形が歪み、そして肉と骨と臓器を潰され、道路の上に血を撒き散らした。突然の死と激痛に対するゲコーーーッ!!という叫び声が誰もいない街並みに寂しく響き渡った。目の前の生物が己の力によって無惨な死を遂げたことにはアザトースは何の感情も湧かなかったが、倒した後に『レベルが上がりました』『アイテムを取得しました』と頭の中に声が響いたことには気になっていた。一体どういう意味なのだろうか?考えている暇はアザトースには与えられていなかった。ヒキガエルたちの断末魔を聞き、怒りに燃えるものがいたからだ。
ゲロロロロという低い鳴声の後、アザトースの頭上に黒い影が迫る。あわや押しつぶされるその瞬間、影に気づいたアザトースは転がるように飛び退くことで圧死からは何とか逃れた。しかし、黒い影が着地したことであたりに飛び散ったアスファルトの破片はアザトースの体にいくつもの切り傷をつけた。
アザトースの精神構造がヒトとは異なるものである以上、傷の「痛み」には何も感じなかったが、傷をつけられたという「事実」はアザトースを傷つけた。
「...おやだま?」
黒い影の正体は巨大なヒキガエルだった。これまでの奴らは牛程度のサイズだったが、今落下してきた方は大型のトラック並のサイズがあった。その瞳はしっかりとアザトースの方を見据え、決して自分の部下を殺した者を許さないといっているようだった。
油断なく敵を見つめる巨大ヒキガエルとは反対に、アザトースは相手を舐め切っていた。大きくはなったが所詮はカエル、これまでと同じように簡単に葬れる。そう考えたアザトースは自分も巻き込まないよう距離をおきながら手を上に振り上げる。格下相手に油断はしても、手加減していたぶるような趣味はない。自分はニャルラトホテプではないのだ。アザトースは一呼吸したのち、巨大ヒキガエルに対する死の言葉を唱えた。
「...『空間の掘削』.........あれ?」
手を振り下ろしても、いつものように魔術が発動しない。もう一度やってみてもうまくいかない。そういえばさっきから少し頭が痛いような....そんなことを考えているうちに巨大ヒキガエルが攻撃に転じた。舌を勢いよく射出してきたのだ。舌は先端が硬質化していて、伸縮自在の刀剣と呼ぶべきものになっていた。
その鋭い舌がアザトースの腹を貫く直前に、アザトースの瞳は巨大ヒキガエルの脇腹に黒い鉄塊のようなものが衝突し鈍い音を立て、そしてそのまま吹き飛ばすのを捉えていた。
結果として舌はアザトースの脇腹を大きく抉ったが、アザトースは死ななかった。巨大ヒキガエルの方をみるとビルに衝突して完全に動かなくなっていた。ひとまずの脅威は去ったこと認識したアザトースは、血が溢れて止まらない自分の脇腹に手を当てて一言唱える。
「...『肉体の補填』」
唱え終わると同時にアザトースの脇腹の肉がブクブクと沸騰した水のように泡立ち始めた。泡立ちが止まると抉れた傷跡は完全に塞がれていた。なぜ今回は魔術を使えてさっきは使えなかったのか?そんな疑問がアザトースの頭をよぎったが、それよりも巨大ヒキガエルの腹に衝突したものは何だったのか?そして何者が投擲を行ったのか?という方が気になっていた。その答えはすぐに得られることになった。
ガシャガシャと金属のようなものが擦れ合う音が、巨大ヒキガエルの命を奪った投擲物が飛んできた路地裏の方から聞こえてくる。コツコツという歩行音も響いていることからどうやら人のようだ。アザトースが少し身構えて出てくるのを待っていると、ヌッと路地裏から一人の男が姿を現した。
その男は大岩のようだった。2mほどもある大男で全身を鎧で隙間無く覆っていて、その表情はわからなかった。鎧も奇妙なものだった。普通鎧といえば金属製だが、その男の纏っている鎧は巨大な黒曜石の塊と呼ぶべきものだった。背中に背負った大盾も同様に黒曜石を削り出して作ったようで、あらゆる攻撃を跳ね返すのだろうと感じさせた。
「フッ...仲間の悲鳴を聞いて即座に助けに向かうとは...ヒキガエルにしてはなかなか見上げた根性じゃないか。...だがこの俺、爆裂無双最強戦士コウタから逃れられると思っていたのか?」
心なしか芝居かかった口調で鎧の男、コウタが話しながら巨大ヒキガエルの死体に近づいて投げた物体を引き抜いた。それは身の丈ほどもある黒曜石でできた装飾のされていない無骨な大剣だった。
「...これで爆裂無双最強戦士コウタの偉業が一つ増えたというわけか。証人となる者がいないことだけが残念な所か....................あっ」
コウタが剣を引き抜いたあとアザトースと目が合ってしまった。コウタはアザトースを見た瞬間凍りついたかのように動かなくなったが、やがてガタガタと震え出した。暫く二人の間に気まずい沈黙が流れた後、コウタの方から震えた声で話しかけてきた。
「...その...ですね。今僕が喋っていたこと、もしかして全部聞こえていましたか?」
アザトースが首を縦に振ると、コウタは頭を抱えてしまった。アザトースは彼に何といえばいいのかわからなかったが、ニャルラトホテプが「下等生物は笑顔で褒めれば大抵の場合喜びますね。単純ですよね〜」と言っていたのを思い出し、とりあえず自分なりに笑顔を浮かべて相手を褒めることにした。
「.............あるてぃめっとふぁいたー、いいなまえだね。うん」
「ああぁああぁああぁああああぁああああああ〜っ」
か細い悲鳴を上げながら地面に膝から崩れ落ちたコウタを見て、あれ?と思うアザトースの顔には、わかりやすい作り笑いが浮かんでいた。
コウタの見た目はハ○ルの鎧を黒くした感じで、アザトースの方は某メタルキノコアイドルみたいな感じです。あと巨大ヒキガエルの名前は「オグハの眷属長」です。