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最悪の邪神がログインしました。  作者: 歯車ぐるり
見上げるがいい、唾棄すべきあのアルデバランを:上
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貫け、牡牛の心臓 その9

アザトースの強みは積み重ねた技量と装備にある。そうカイザは考察していた。牛闘鬼(ミノタウロス)を糸で投げ飛ばすなんて芸当は常人にはできない。それを彼女が可能にしているのは牛闘鬼(ミノタウロス)の力の流れを完璧に把握するだけの経験、そしてその流れを完全に操る技術、そして糸を生み出したあのマントだ。カイザはそこそこ優秀な魔法使いだ。糸の出現と同時にあのマントに宿る不気味な力が妖しく蠢いたことくらい気が付く。


「アレで気絶してくれてねーかなぁ...」


さっきの爆発は魔導書の残りカスに火がついただけだ。音や煙は派手だが、与えられる傷と言えばせいぜいちょっとした火傷くらいだろう。そう考えながら残りのページ枚数を確認していると、アザトースが煙の中からコホコホと咳をしながら歩いて出てくる。多少体が煤けていたが、見たところ怪我はなかった。


「だよなぁ...ん?」


しかしどうもアザトースの様子がおかしい。カイザは彼女がてっきり怒って出てくるものだと思っていたが、今の彼女はどちらかといえば表情の変化が乏しいながらも楽しそうな顔に見えた。アザトースはそのまま一切警戒していないような足取りでズンズンとカイザの方に近づいてくる。彼は迎撃しようと一瞬考えたが、アザトースの警戒心のない足取りに気を取られてすぐそばまで近づかれてしまった。


「...そこの。これ、かしこいね」


カイザの魔導書をつまみながらアザトースはわずかに紅潮した面持ちで語り出す。


「...まりょく、つめこんでぼーはつさせてる......おもしろ」


その内容はカイザにとって驚くべきことだった。秘密にしていたカイザの魔導書の原理を、目の前の『人でなし』の少女がつまびらかにしている。彼女の言う通り、カイザは魔導書のページに暴発寸前まで魔力を詰め込んで、ページを破る時にほんの少し指先から魔力を送り込むことで媒体となる紙を暴走、爆発させている。


「お前、なかなか分かってんだな」


「...そこの。おまえちがう。アザトースただしい」


カイザがアザトースのことをおまえ呼ばわりすると、少しアザトースの醸し出す気配が険しくなる。相当自分の名前に思い入れがあるのだろう。牡牛の心臓(コル・タウリ)の場とはいえ、アザトースの行動で戦意が消えてしまったカイザは素直に謝ることにした。


「...ああ、悪ぃな」


「...アナタ、なまえなに?」


 タイトルコールで言っていただろう、覚えていてくれなかったのかと少しショックを受けたがが、カイザだと答えようとした瞬間、カイザとアザトースの近くに何か黒い物体が凄まじい勢いで叩きつけられる。もうもうと煙を立て、巨大なクレーターを生み出したそれはボロボロになったあの騎士だった。黒い鎧はところどころひび割れ、ついていたツノはへし折れている。


「あたたたた...無理だったぁ」


「...あ、コウタ」


 泣き言を言いつつもすぐに立ち上がり武器を構えるコウタ。彼の目の前にズシンズシンと音を立てながら先ほどまでコウタが相手していた巨大な影がゆっくりと迫る。


「.......俺の記憶が正しければ牛闘鬼(ミノタウロス)はあんな殺意の塊みたいな鎧着けてなかった気がするんだが」


 牛闘鬼(ミノタウロス)は少なくともアザトースが戦っている間は全身が鋭利な刃物のように尖った黒い鎧を着けてはいなかった。オスカーの時のように変身したのだろうかとアザトースは思ったが、どうも牛闘鬼(ミノタウロス)がきている鎧はコウタのそれと同質に見える。


「...コウタ、なんで?」


「ああそれはですね...」


 コウタの言葉を待ってくれるような理性は牛闘鬼(ミノタウロス)には存在しなかった。そのくせ武器を使う程度の知性はあるのか、牛闘鬼(ミノタウロス)の突進を止めるために出した黒曜石の柱を生来の膂力に任せて木の枝のように振り回している。それを盾で受け切るコウタもコウタだが、流石にちゃんと説明する余裕はないようだ。


「実はっ...こいつの動きをっ...ようとしてっ.....を使ったら...うわっ!!」


「...ほうほう」


「いや聞いてないでアイツを助けろよ」


 コウタは特段ピンチというわけではないがやはり劣勢だろう。助ける義理は本当のところは無いが、魔導書のページを破っていつでも投げられるよう構えてアザトースに彼の援護をするよう促した。


「...そっか。ねぇ、しんぞうどこ?」


 素っ頓狂な質問を不思議に思いつつも、カイザは自分の胸元を拳で叩いて説明する。アザトースはなるほどと言った後、『薙ぎ払われた大地バドラド』と呟いてその手を薙ぎ払うようにして振るった刹那、カイザの脳裏にあるイメージが浮かび上がる。いや、浮かび上がるというよりも()()()()()()()()と言った方がいいだろう。カイザは賢く、そして魔力感知の鍛錬を怠らなかったため、大いなる神アザトースのその力の一端、それが発現する姿を覗き見るだけの感覚を持っていてしまった。重力に唾を吐きかけるが如き異形の城、絶え間なく響くフルートの音色、踊るように蠢き縮小と肥大を繰り返す無数の生き物。そしてその奥に座して微睡む大いなる神の姿を幻視してしまった矮小な下等生物(ヒト)にすぎない彼の精神は流し込まれた事象の理解を拒否し廃じ「...おきて」

 突然今までカイザの脳内を支配し切っていた幻がぶつ切りにされて現実世界に戻ってくる。ずきずきと痛む頭を押さえ目を開けると、地面に倒れているカイザを覗き込むような姿勢でカイザの頬をペチペチ叩き続けるアザトースの顔が見えた。カイザが起きたことに気がつくと、アザトースはおずおずと話しかけてきた。


「...みた?」


「見た...?いや、なんというか脳が理解を拒んだというか...何か凄まじいものを見た記憶があるんだがよ、どーも思い出せねぇ」


「...よし」


 ひどい耳鳴りと目眩を堪えながら立ち上がると、カイザは観客席が水を打ったように静まり返っていることに気づく。貴賓席に座るアルキオネやモトベすらも絶句していた。彼が辺りを見渡すと首から上と腰から下が消失したかつて牛闘鬼(ミノタウロス)だったものが横たわっていた。

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