貫け、牡牛の心臓 その7
『海洋生物特徴付与』の使用を諦めて二本の包丁で戦い始めたサモンの攻撃はこれまでよりも激しく、苛烈だった。とにかく手数が多くこはくには捌ききれなかった。彼の手首のスナップを効かせた奇妙な剣術は目の前でいきなり軌道を変えるため鉈で弾くのが難しかった。一方現実で剣術などをやっているわけではないこはく自身の攻撃は大ぶりなのもあって、サモンに簡単に避けられてしまう。致命傷になりそうな一撃だけは避け続けていたが、掠るたびに少しずつHPが削られている。
「このぉ...!「星を食む牙」!!」
当たれば最高、当たらなくても離れてくれればそれで良しの精神で放たれたこはくの斬撃の軌道に沿って暗黒空間が開かれる。ゴウゴウと音を立てて空気が吸い込まれる音が響く。サモンはさすがに吸い込まれるリスクを負ってまで攻撃するメリットを感じられなかったようでこはくから距離を置いた。
「切り開かれた空間の大きさ、開かれ続ける時間、吸い込みの勢い...それら全てが先ほどまでに比べて劣っている。こはくよ、それが使えるのはあと1発といったところだろう?」
「......わかんないよ?ホラホラ、そのぉ...ブラフ!ブラフかもよ?」
「嘘が下手だな」
「うっ...でもアタシポーカーめっちゃ強いよ!」
でもと言っている時点で半分嘘を認めたようなものだ。そう彼女に言わないのはサモンの優しさだった。
「まぁ良い。続けよう」
あと1発くらいあの吸い込み攻撃ができることと、サモンの『海洋生物特徴付与』を使用不能にしたような隠し球を持っていることを考慮しつつ、防ぎにくい突きをメインとして攻撃を再開する。こはくも攻撃を捌くのを諦めたようで、ダメージ覚悟でカウンターを仕掛けて確実にサモンに傷を負わせてくる。2人の流血を見て観客の悲鳴と歓声が大きくなるのが肌で伝わってくる。
「もう限界!!星を...」
「甘い」
HPの削り合いに耐えきれなくなったのか、ついにこはくから攻撃を仕掛ける。大きく振りかぶられた鉈に力が宿るのが見て取れる。しかし何度も同じ技を使うのを許すほどサモンも甘くはなかった。振り下ろされる鉈をしっかりと握りしめるこはくの手首に狙いを定め、至近距離から思い切り包丁の片方で突きを当てる。突然の痛みでこはくの手が緩み、鉈が手から離れてあらぬ方向へクルクルと飛んでいく。サモンはその隙を逃さず逆の手に握られた包丁をこはくに向けて突き出す。狙うは心臓、確実に致命の一撃を与え、戦いに決着をつける。こはくは咄嗟に手を伸ばしたが、彼女の反射神経では防ぐことも叶わず、吸い込まれるように胸元へと突き刺さる。
「ざんね〜ん☆」
肉を突き刺し殺すはずが、ガインと硬いものがぶつかり合う音が響き、こはくの体を傷つけるのを拒む。どういうことだとこはくの体を見ると、服に隠されてはいたが要所要所を殻のようなものがまとわりついているのが見て取れる。
「びっくりしたでしょ?それじゃ種明〜かし☆」
そう言って彼女が口を見せつけるようにして開くと、白い歯と赤い舌の間に小さな貝殻の破片が残っている。少し前の蛇を食べたという発言と彼女の体に張り付いた貝殻、『教義喰らい』という技、そして目の前の事実がサモンの脳内で噛み合い、彼女がサモンの『海洋生物特徴付与』を取り込んだことを理解する。
「馬鹿なっっ...!?」
切り結んでいる間貝殻による防御を切札として隠し通してきたこと、嘘が下手だと演技して思い込ませてきたこと。その事実に驚くあまり体が強張り思考が止まるサモンの肩にニュッとこはくの腕が伸びる。そしてそのまま思い切り上体を逸らして、おでこに貝殻を纏わせた後、サモンの頭めがけて自らの頭を振り下ろした。砕けるような衝突音が響いた後、ドサッと地面に倒れ伏すものが一人、息は荒く、傷だらけだが立っているものが一人。
「サモン・サーモン!こはくの渾身の頭突きを受けて!ついに撃沈しましたぁぁ!!」
モトベによる勝利宣言が興奮とともに響き渡った。




