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名も無き龍が眠る地に  作者: 佐野ひかる
灰色の子供と迷宮探索
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4ー7 戦い

その知らせはラッシに駐留していた騎士団長の元に届いた。


ラッシでは、はるか沖合いからルゴーフの艦隊が睨みをきかせていた。

およそ五十隻もの大艦隊が海からウェルディアを狙っている。


時々距離を詰めて数隻が砲撃をすることはあるが、また沖に戻ってこちらの動きを伺ったまま動かない。

彼らはじりじりと消耗戦に突入していた。


一方女王が率いるルゴーフの主力部隊は、北回りでエルフの国との国境ギリギリで砂漠を迂回し、ウェルディアを目指しているという。


ラルカストは船団の動きを時間稼ぎと見てはいたが、打つ手がなかった。

いや、手は打ったが到着が遅れている。

王国騎士団の秘蔵、幻獣部隊を本国に要請したのである。


しかし、既に別方面での任務に向かっていて、ラッシに来られる者は残っていなかった。


海からの偵察は不可能に近い。荒れやすい海に足の遅い船では役に立たない。

飛行可能な幻獣で空から偵察するしか打つ手がなかったのだ。


祈るように空を見上げていたラルカストの視界に、キラリと光るものが目に入った。


真っ青な空を横切って、切り裂くように空を飛ぶ生き物がラッシを通り過ぎて海に向かう。

応援を頼んだ幻獣部隊ではない。一騎だけ、それも騎士が乗るのではなく、女性が抱きかかえられているようだ。


ラルカストは双眼鏡を取り出し、それの動きを目で追った。


その生き物は船団の先頭の一隻に降り立ったようだ。

遠すぎてそれ以上は見えない。

そこへティムトが走ってきて、敵船団の監視を行っていた者からの報告を伝えた。


「団長、敵船団が三隻を残して消滅しました。」

「どういう事だ?アレは爆撃でもしたのか?」

「どうやら幻影魔法による水増しだったようです。魔導器による監視を欺く魔法がつい先程解除されました。」


その時、海から強い風が吹き付けてきた。

幻影でない三隻が風で押し流されて、港の近くの浅瀬に押しやられていく。

ラルカストとティムトは自分の馬を出して急いでそちらに向かった。


そこにはテキパキと魔導士達を捕縛し、目隠しを施す黒髪の女性と、マントに包まれた空色の髪の少女が居た。

騎士団長はマントの少女に見覚えはなかったが、ティムトはすぐにわかった。

「リンドーラ王女と、お付きの冒険者エルダ殿です。」


エルダは、馬で駆け寄ってくる二人に気がつくと、王女の前に出て跪いて挨拶をした。


「騎士団長殿、お久しぶりでございます。こちらは我が主人、リンドーラ様でございます。お手伝いが必要とお聞きしましたので、急ぎ駆けつけました。」


マント一枚の出で立ちで、リンドーラは優雅に挨拶をした。

「ご指示もないのに勝手をして申し訳ございません。ですが彼らに動きがあったため、つい制圧を優先させてしまいました…」


上からは幻影でない船が弧を描く様に動き出して、砲撃を開始しようとするのが見えたのだ。

それで彼女らは挨拶もそこそこに、船団の指揮をする魔導士達を取り押さえにかかったという。


「いいえ、騎士団一同感謝いたします。こちらからは手をこまねいて見ているしかなかったのですから。」

ラルカストが騎士団を代表して頭を下げた。

長い膠着状態が打破されて、ようやく部隊を動かすことが出来る。


「国王陛下にはもうお話しいたしましたが、女王が本体を率いて砂漠を北回りに迂回して来ます。それは女王がラッシの戦力をおびき出す罠なのです。少人数でルゴーフを抑えるのは良いでしょう。ですが、砲撃が無いとはいえ、ラッシの防衛を弱めてはなりません。」


ラルカストは決して顔には出さなかったが、驚きを持って耳を傾けていた。

娘の歳とそう変わらない少女の冷静なアドバイスは、ルゴーフを、そして女王を知る者の言葉であり、軽視しすることは出来なかった。


「ルゴーフ本国を少人数で、ですか。」

「女王は本国に重きを置いてはいないのです。逃げ道を与えてはなりません。今、王宮は空になり、全軍で持ってウェルディアを目指しています。それに…」


言い淀んだリンドーラの言葉を、エルダが引き継いだ。


「砂漠の魔物達は全て女王のしもべとお考えください。ラッシがやすやすと通れるとなれば、ウェルディアは人と魔物に挟撃される事になるでしょう。」


確かに人間の部隊ではない戦力は全く考慮していなかった。

ラッシの駐留部隊を魔獣討伐部隊に編成し直す必要がある。そして…。


「騎士団長、ルゴーフ制圧の任、私にお任せ下さい。」


ティムトが進み出た。


「私が少数を率いて突入します。私は王宮内の警備のほとんどを把握しております。」


ーーーーー


タバークの近くで、迎撃を担っていたのは迷宮探索部隊だった。


狭い場所での作戦や戦闘に長けた彼らは、空からの幻獣部隊の援護もあり、かろうじてルゴーフ兵を押し留める事に成功していた。


地上班のユージーンも戦闘に参加していた。

正確には、戦闘で怪我をした者や行動不能になった者を、戦線から離脱させて治療を施したり、前衛や後衛の交代の補助をしていた。


その時、ルゴーフ側で動きがあった。一向に進まない侵攻作戦に女王が苛立ちながら姿を現したのである。


防御呪文に守られた美しい白の女王は、神輿のような台座に担ぎ上げられ、まるで降臨した女神のように輝いていた。

ウェルディアの者も思わずその妖艶な美女に目を奪われ。



心を奪われた。


ウェルディアの前衛達が振り返って中段を守る魔術師達に襲いかかる。


精神系魔法には抵抗する用意があったが、女王の龍の力は普通の者には強すぎた。

思いもよらなかった仲間の裏切りに、ウェルディア側の戦列はあっという間に崩れた。


「女王の目を見るな!操られる!」

ユージーンが注意を促した。視線を免れた者達もそれを繰り返し、必死に抵抗する。


操られた者達に行動阻害の魔法を使い、物理的な刺激を与えて正気を取り戻させながら、彼女らは何度も何度も注意を繰り返した。

一気に戦況はルゴーフ優勢に変わり、戦線はウェルディア側へと押し下げられたが、時間を掛けてようやく洗脳者の交代が完了し、次の部隊は女王を見ること無しに戦闘は安定しだした。


そして、女王が怨み重なるユージーンの存在に気がついた。


「お前はあの時の生意気な小娘!お前だけは安らかな死など与えてやらぬ!死ねずに苦しむがいい!」


突然の女王からの死の宣告に、ユージーンは要救助者を引きずりながら受けて立った。


「それなら私、笑いながら死んで見せましょう。やれるものならの話ですが!べらべら口だけで理想をかたる前に、少しは出来るところを見せてくださいませんか?」


ユージーンの「相手を怒らせる話術」は本当に騎士団でも頭一つ抜きんでている。


相手を怒らせ、冷静な判断力を奪う。

戦闘時におけるちょっとした作戦の一つではあるが、友達を無くすから訓練であっても普段は使うのは控えるようにと教師から注意を受ける程だ。


兄達にも試したが、さすがの彼らもしばらく口をきいてくれなくなった。


女王が怒りに拳を振り上げ、周辺の金属に猛烈な魔力が流れ込む。


あまりの強さに空気までもがビキビキと鳴る音がし、そこかしこで熱を持ちはじめた金属を手放す音がした。


「そんなのとっくに対策済みなんですよ!こっちだって対応を考える頭くらいあるんです!」


後衛が立ち上がり、銅以外の金属を一切使わずに作られた弓から、一斉に矢が放たれた。

敵陣で鏃の金属が高熱を発し、射られた側は触れただけで火傷、刺されば服を燃やし、肉を焼く。


ルゴーフの者は龍の力だけで戦況をひっくり返せると思っていた。

対策の対策など全く用意していなかったのだ。


見る見るうちに崩れていく自軍の様子に、女王は信じられない顔で立ち尽くしていた。


ーーーーー


ようやく、ウェルディア側の増援がやって来た。

しかし、それはだれもが予想もしない一団だった。


まばゆい金の髪と上質な装備に身を包んだウェルド国王と、魔術師部隊の筆頭ヴェダ・ルアが先陣を切り、王国騎士団を引き連れた彼らは圧倒的な強さでルゴーフの兵を切り捨てていく。


訓練された騎士団員達は一騎で何人もの相手の兵を打ち倒し、魔法も複雑に重ねがけされ、防御も解除も困難を極めた。


そして何より、国王自身が参戦したこともあり、その場の士気は高まった。


ルゴーフ側も降って現れた最上級の賞金首に戦意が高まったが、防御魔法に守られながら単騎で突っ込んで来る国王の、思いがけない戦闘能力の高さに、誰一人として傷一つ与えられないままだった。


さらに、前線を離脱する迷宮探索部隊の援護に、美しい空色の龍が降りてきた。


ルゴーフの者達は皆その正体を知っている。知っていて武器を向けようとする者はいない。

龍はエルダに守られながら、ユージーンのいる見習い達の盾になった。


もちろん、それで引き下がる女王ではない。


まだ、奥の手は用意してあった。

急に辺りが影に覆われ、巨大な龍が舞い降りた。


ーーーーー


その不気味な龍には目も耳もなかった。

首の先には、丸い穴とその内側を囲む歯があるだけである。


ユージーンは見覚えがあった。砂漠の砂虫と同じ顔をしている。


「ほ、他に龍は居ないんじゃなかった?砂虫って実は龍だったの?」


リンドーラが震えながら言った。

「あれは、女王の子供です。私の兄…にあたる者です。」


「女王の卵からは、知能を持たない者、人の姿になれない者、奇形の者も多く生まれました。砂虫と呼ばれる者も含めて。あれは、その者の一人です。」


見捨てられた子供。

女王から生まれても、王族とは認められないまま、ただの魔物として砂漠や荒野に置き去りにされていたのだ。

これまで全く顧みられることもなかった生き物が今、女王の盾として騎士達の前に立ちふさがる。


「今まで亡き者として切り捨てておきながら、こんな時に使うなんて!」

リンドーラの非難は全く女王には通じない。


ひ弱な人間どもが支える台座などもう役には立っていなかった。

女王は決して自分に逆らわない巨大な龍の腕に駆け上り、戦況がひっくり返ろうとしている戦場を一望して、満足そうにくすりと笑った。


「それのどこがおかしいというのか。全く其の方の常識は的外れよ。さあ、母は貴方が必要なのです。貴方のために素晴らしい舞台を用意しました。私達の敵を一掃してしまいなさい!」




「そうね、貴女にその権利は無いわね。」


女性のような甘い声が不気味な龍の口から聞こえて来た。

女王を捧げ持っていた龍の身体中にぎょろぎょろとした目がいくつも開いた。

その目が女王を捉えると、細い筒のような口は四つに裂け、女王を飲み込んだ。


「強欲と怒り、憎しみ。悪く無いわ。」


戦場のただ中に、最悪の魔王が誕生した。


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