3ー7 契約
思った以上にティムトは高く売れた。
王宮の人間が戦えるものを高く買っている為、相場が上がっているのだという。
心配そうにチラチラとこちらを振り返るティムトに、ユージーンはほんの少しだけ後ろ髪を引かれながら仲買人の元を離れた。
商業街区にある店で遅めの昼食をとりながら、二人はこそっと話をしていた。
「マルフィン、この国はやっぱり戦争がしたいんでしょうか?」
「兵隊を集めているならそうかも知れないわね。」
ユージーンには戦争をしたい者の気持ちが本当に理解できなかった。
それぞれの国は今は交わることがないので平穏に感じているが、決して仲が良いわけではない。内政に力を入れているからお互いに無視しているような情勢らしい。
理解できなくとも、戦争をしたい者たちと言うのはいつの世にも必ず一定数存在する。
金儲けができるから、自分より強いものや豊かな者を追い落とせるから、武力を行使することによって他者に畏れられたいから。他にも何かあるかも知れない。
彼らは、軍や部隊などの何百何千もの人間を、盤上のピースとしか見ていない。
他人が流す血を、勝敗すらもただの情報の一部としか捉えない人は存在するのだ。
もちろんそれが悪であるとは言い切れない。
本当に戦争が回避できなかった時、勝利のために数百人に死ねと言える人間は重用されるだろう。あるいは英雄とさえ呼ばれることがあるかも知れない。
そうして戦争が始まったら、王国騎士団は最前線に行く。
冒険者たちもまた違う形で戦争に駆り出される事になるだろう。
ユージーンは皆のために魔物を狩るお仕事なら喜んでするけれど、戦争で人間相手にするのはイヤだった。
人間だけでなく、他の種族でも、動物でも。
人に迷惑をかける害獣なら何とか頑張って倒せるかもしれない。
でも、迷惑をかけに来ない者を、戦争状態だから殺せと言われて自分に出来るだろうか?
父や叔母が王国騎士団に入ることにあまり良い顔をしなかったことが、今になってようやく理解できた。
私には覚悟が足りていないのだ。
ルゴーフは国中が東に無い文化で彩りに満ちあふれ、とても美しい素敵な所だと思う。
彼女達がウェルディアから来たと知ると、全力で「大好きな自分たちの国を楽しんで欲しい」と歓迎してくれるのに。
ユージーンは悲しい未来予想図にすっかり気落ちしてしまった。
しょげたユージーンをマルフィンは優しく励ました。
「大丈夫、戦争になんかならないわ。うちの陛下は戦争嫌いだもの。今はティムトの潜入が上手くいって、有効な情報が手に入るのを待ちましょう。」
マルフィンは王様のことを知っているようだ。国のトップが嫌がれば、いろいろ回避する道は開けるかも知れない。
「ところで貴女も家族に心配されているでしょ?寮で姿が消えたのだし。」
ユージーンはざっと青ざめた。すっかり忘れていた。
寮に残されたキールは良識派なので、ティムトのように妹可愛さに闇雲に飛び出すことはないだろうが、彼女達の不在は両親に知らせてしまっているだろう。
大慌てで両親に平謝りの手紙を書いた。
ーーーーー
僕の名前はティムト。
ウェルディア王国騎士団長の長男で、同じく騎士団に勤めて二年目の17歳だ。
今は奴隷の仲買人に連れられて市場に連れてこられたところだ。
中央に運動場のような広場があり、それを囲むように奴隷達が鎖に繋がれている。
顧客や仲買人は高い壁の上から品定めしているようだ。
僕の来歴が紹介され、中央に引き出される。
少なくとも嘘は言っていない。ウェルディアの王国騎士団に所属していたが、エルフに捕らえられ、つい最近こちらに売り飛ばされたと。
そして、王国騎士団では一、二を争う剣の使い手で、見た目も美しく、護衛として連れて歩くにはもってこいの目玉商品です、と紹介された。
こういうのは少々大げさに言うものだ。
父とメルティナ叔母には全然勝てる気がしないのだから、三、四を争う程度だろう。
「こんな若造が剣の使い手だと?」という想定内の異議が上がり、手合わせを望む声が奴隷達から上がった。
正直言ってこの国の武器の取り回しは酷いものだ。体格の良い者が力任せに振り回していると言って過言ではない。
もちろん当たれば大ダメージだし、全ての攻撃を避けるか流すかしないといけない。
だが、剣が刃ではなく平で向かって来るのを見たとき、レベルが低いというレベルではないということを実感した。
しかしレベルが低いとはいえ、重い打撃中心の手合わせは非常に疲れる。実力の差に相手が気がついたところで途中で降参などしてくれないし、完全にやり込めるまで引いてもらえない。
二人を打ち負かして床に寝かせたところで、まだまだ俺も俺もと力自慢が列をなす。
冗談じゃない。一度彼らの攻撃を食らったが最後、全員でボコボコにされるのは目に見えている。
「いい加減にしてくれ、長旅の後で疲れているんだ。それとも何か、疲れた相手や眠っている相手じゃないと勝てないって認めるのかい?」
ぎりっとした怒りの視線が向けられるのを感じたが、それ以上ごり押ししてくることはなかった。
人間関係の良好な職場環境作りには失敗したが、取り敢えずこの場をしのいだと思う。
その時、仲買人と話をしていた男が前に進み出た。
「結構、使えるのは嘘では無いようだ。これを買おう。連れて来い。」
人のことを「これ」呼ばわりしたのは、神経質そうな細身のおっさんだ。
身なりは悪くないが派手さがなく、富豪には見えなかったので労働者目当てかと思っていたのだが、周りがひそひそと「王宮勤めか」「ツイてるな」とざわめく。
そうか、この人は王宮の人間か。ユージーン、兄様はやったよ。
だが、この時は考えが甘かったと、後になって後悔した。
ーーーーー
それからティムトが馬車で連れてこられたのは本当に王宮だった。
ウェルディアの石造りの砦のようなお城とは違って、姫君が暮らすような美しく飾られた華奢な宮殿だった。
門の内側にある小さな建物の前で馬車を下ろされ、二人が建物の小部屋に入ると、中では使用人らしき者たちが掃除や片付けをしていたようだった。
彼らは二人の姿を見るとぺこりと頭を下げて慌てて出て行った。
少しして、偉そうな雰囲気の老人が後から入ってきて、「始めろ」と神経質そうな男に言った。
男は「お前の印はどこだ。」とティムトに尋ねた。
彼は一瞬何を言われたかと思ったが、奴隷の印だと思い当たり、左胸を指した。
男は慣れた様子で左の肩当を外し、肩にある鎧の留め紐をするりと解き、内側に着ていた鎧下をぐいっと引き下げ、印をむき出しにする。
ティムトは嫌な予感がした。
マルフィンは「どうしようもない事態になったら使いなさい」とお守りを持たせてくれていた。
左手を握りしめ、小指に指輪として付けられたそれを意識しながら、今が使うべき時なのかどうかで迷った。
だが迷っているうちに、奴隷の印として付けられた魔法陣が赤く輝き出し、全身が痺れ出す。
痺れが激痛となって皮膚の上を走り抜けた。
体をすくめ、何とか痛みをいなしてしまいたいのに体の自由が全くきかず、勝手に喉から呻き声が出てその場に膝から崩れ落ちた。
見ている男達は全く動じた風でもなく、ティムトを見下ろしている。
彼はそちらを見ることもできず、神経質そうな声だけが部屋に響く。
「今後はこの方に忠誠を捧げ、許されるまで生き、命じられれば死ね。「クーゼル様に忠誠を誓う」と言霊によって契約せよ。」
そんなのはお断りだが、もうお守りは使えない。
感覚が全て激痛に支配され、左手がどこにあるのか、自分の手の小指さえ分からないし考えられなくなった。
早くその言葉を言わなければこの契約魔法は終わらないのだろう。
老人はイライラと自分が待っていることをアピールし始めた。
「クーゼル様に…忠誠を…誓う。」
すると老人はフンと鼻を鳴らし、用が済んだとばかりにスタスタと歩いて出て行った。
身体中の痛みは消えたが、胸の印だけはじくじくと疼いている。
体の自由は効かないまま床に投げ出され、筋肉に力が入らず動けなかった。
床の冷たさを顔に感じながら、そう言えば今日は疲れていたことを思い出し、ティムトは意識を手放した。




