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名も無き龍が眠る地に  作者: 佐野ひかる
塔の上の竜
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3ー6 奴隷商人

エルフの姿のシルヴィールとメイド姿のマルフィンが、今回仕事のため訪れていたのはエルフの国だったが、依頼はドワーフからのものであった。

地上のエルフの国のすぐ真下に、ドワーフの町があるせいで、水道の整備が上手くいかないのだ。


シルヴィールは「掘れる所はどこまでも掘ってしまいたい」と言ってのけたドワーフ達を叱り飛ばし、エルフの王宮の遷宮の指揮をしていた。もう地下はボロボロの穴だらけだったからだ。


エルフの国にはエルフだけではなく、他種族も暮らしている。

この世界のエルフはドワーフ族とも仲が良く、普通に技術交流がされているし、人間達に迫害されて暮らせない獣人族も受け入れられている。


ただし、人間だけは蛇蝎のごとく嫌われ、人間の侵入者はすぐさま捕らえられて奴隷として売り飛ばされる。


おそらく、これまでの多くの侵入者の目的が略奪や侵略だったのだ。

エルフは弱者は手厚く保護するが敵には容赦しない。


ルゴーフが僅かながら交易を認められているのは、国境線をきっちりと引き、侵入者は生かすも殺すも自由という取り決めがあるからだ。


しかしウェルディアとは距離が離れすぎていて国境線がハッキリしていない。


たしかに国境は存在はするのだが、お互いが管理できると考える国境が離れていて、間に空白地帯ができてしまっている。


エルフは空白地帯に暮らす人間達が冬は南へ、夏は北へとフラフラ移動し、自分たちの考える国境をやすやすと超えて略奪などを行うのが許せない。それを人間の国側が管理するべきだと思っている。


ウェルディア側は気候によって住む所を変えるのは普通であるし、越えられるのが嫌ならばそちらで境界を引けばいいと思って放置している。

ただし、奴隷として売り飛ばされているとまでは思っていない。エルフ側は売り上げを報告する気は無いし、侵入者が生きて帰れない事は普通にある事だと思っていたからだ。


感覚のズレが招いた問題であった。



エルフの国には昔から言い伝えがあって、森には永遠の命を持つ大賢者が住んでおり、どんな願いも叶えてくれると言う。

ただし、そのためには賢者から出される試練をこなさなくてはならないともいう。


大賢者は気まぐれで、ある者は南の奇妙な魔物退治を命じられ、生きて戻らなかったり、ある者は人間の国に連れていかれて何年も労働をさせられたり、またある者は幼児の胃に優しい食事を作る仕事を命じられた者もいた。


そしてある時、エルフの若者が願いを叶えるために大賢者のもとを訪れた。

人間の女性として生まれ変わる願いと引き換えに、謎生物の教育を命じられたのだと言う。


しかし、もうちょっと代償が足りないと言う事で、何かというとちょくちょく助手として呼び出されたりしていた。


そして今に至る。


「あり得ないです!絶対にエルフの方が優雅で綺麗でかっこいいじゃ無いですか?すらーっとして、神秘的で。人間なんてあっと言う間に歳をとって、何十年しか生きられないんですよ?」

ユージーンはこの様に主張する。


「あんな棒っきれがカッコいい?男も女も皆似たような服を着て、個性ってものが全然無いわ。人間の方が多様性を持っておしゃれを楽しんで、よっぽど美しいと思います。」

マルフィンも一歩も譲らない。


「その上奴隷売買だとか、全く性根が腐ってます!都は綺麗でもあの国に住むのはまっぴらゴメンだわ。」

「それは同意します。本当に見損ないました。エルフには心底ガッカリです。」


女性二人がギャンギャンとエルフに対して不満を申し立てる。

ティムトはそれに口を挟むなど到底無理であった。



少し前の話。

「奴隷として売られていくには、売りに行くエルフが居ないといけませんねえ。」

マルフィンはシルヴィールをちらりと見ながらそう言ったが、彼はあえて無視した。


するとユージーンが手を打ち合わせ、名案を閃いたとばかりに恐ろしい事を言い出した。

「ティムト兄様、その辺で一匹捕まえてまいりましょう!」


シルヴィールは協力せざるを得なかった。その辺で捕まえられるエルフが不幸すぎる。その後口封じに殺されることが無いとも言えないし、その後始末を思えば手を貸したほうがはるかに楽だと認識した。


…転生者は皆こうなのか?たまたまか?


シルヴィールは、転生者に共通する今はなき日本という国に対して、どういう教育が施されているのか問い詰めたい気持ちでいっぱいだ。


少なくとも今後は転生をご遠慮いただきたいと思う。



シルヴィールはエルフの商人から通商手形を借り受け、荷馬車の手配までやってやった。


馬車とは言っても、エルフの国でそれを引くのは多くが幻獣である。

馬もいるにはいるが、それは主に獣人達の作る農地で働く農耕馬だ。


今回の馬はシルヴィールが用意した魔獣グリフィンで、それを見るユージーンの目はキラッキラに輝いた。


彼女は綺麗、可愛いとはしゃぎだし、「何か餌をあげたいです」とシルヴィールに言った。

すると、グリフィンを撫でようと出されたユージーンの手を指差し「人の肉」と答えると、彼女は手を引っ込め、すうっと真顔になった。


グリフィン馬車はまっすぐに国境門へと空を飛んだ。



「マルフィン、カイアンの事を教えてください。彼がルゴーフに連れ去られた理由をご存知なのでしょう?」


彼女は西に連れて行かれたカイアンが「帰ってこれるのか」と言った。何らかの事情を知っての発言と考えたのだ。


「ルゴーフが彼を欲しがるだろうことは予測していました。」

マルフィンは言ってしまうかどうか少しだけ逡巡したが、友達だと言って彼を助けに行こうとする彼女らを信じて打ち明けることにした。


「彼は、人の姿になる前は竜だったのです。」

ティムトは目を丸くしているが、ユージーンはそれだけでは説明が付かないと、話の続きを待った。


「ユージーンはあまり驚いてないですね?」

「奇想天外な展開の物語には慣れているので。」


そういう物語は前世でも大好物だった。

そして驚いている暇があったら早く続きを見たいのだ。本を読む元気がある時間は限られていたから。


「ユージーンこそただの12歳の少女とは思えないわ。人間になる前に何かやってたの?」

マルフィンがちょっぴり皮肉をこめて言う。


人間の前も人間でした。ティムトがいるから口にはしないが、実際12歳を二回やっているのだから、精神的には24歳に相当する。かも知れない。


マルフィンが説明を続ける。


「ルゴーフは龍の力で人間たちを支配している国です。しかし現女王も人間との混血で、今はもう新たな龍がほとんど誕生しないそうよ。」


ユージーンは思い違いをしていたようだ。てっきりルゴーフには龍の王と龍の民がいて、人間の奴隷が使われていると思っていた。実際は龍の女王がいて、人間の民と奴隷がいるらしい。


「では彼は王族に囚われていると?」

マルフィンはティムトの方を見て、こくりと頷いた。


「外部の、王族に恩を売りたいものの可能性もありました。ですが、仕掛けが大掛かりすぎて、この国の地下組織の規模ではとても無理でしょうね。」


ウェルディアの王城に騒ぎを起こし、いくつもの魔導器を投入しての大掛かりな誘拐だ。関係者と見られるものは何名か捕まったが、未だ不明な点が多く残されている。

さらに影で糸を引くものがいなければ、チンピラやコソ泥が関の山の烏合の衆ではこんな計画は立たないだろう。


「ですから、彼は恐らく王族もしくは関係者によって捕らえられ、王宮内に拉致されていると思うの。」

目指すは王宮。ユージーンは思っていた以上に話が大きかったことに少しだけ焦りを感じていた。だが、後悔はなかった。


ただ、カイアンが東に帰らない選択したらどうしようか、という心配はあった。


「そろそろルゴーフに着くから、お喋りはヤメにして黙って下でも向いててくれ。」


シルヴィールが御者台から振り返り、檻の中の人間たちに忠告する。



北の国境門に着くと、ルゴーフの警備兵によって通商手形と荷物を改められる。

この場合の荷物は檻の中の奴隷であり、きちんと焼印がつけられているか、申告の無い商品が隠されていないかの確認をされた。


偽の焼印はシルヴィールが施したものだ。


肉が焼けた後に見えるように丁寧に偽装され、ついさっき押されたかのように火傷の周りの皮膚を赤く見せる化粧まで施してある。

ユージーンはいつかテレビで見た「特殊メイクの達人」を思い出していた。


暇を持て余していた国境の警備兵達は、檻の中の三人をジロジロと見ながらシルヴィールに話しかけてきた。


「今日は数は少ないが、随分質の良い奴隷じゃ無いか。少々幼すぎる感はあるが、何処の店に下ろすんだい?」

シルヴィールは鼻で笑い、軽蔑しきった顔で警備兵を見下ろした。


「虫どもの顔の見分けがつかぬように、我らには皆同じに見えるがな。店も知らぬ。港の仲買人に渡すだけだ。」


警備兵は「そういうもんかねえ」と呟きながら一行を通した。



門を離れ、森が目隠ししてくれる頃、馬車を止めて変装を解いた。


マルフィンがザックリした当面の行動を説明する。


マルフィンは富豪のお嬢様という設定で、侍女のユージーンを連れて奴隷のティムトを仲買人に売る。

ティムトは騎士団に所属していたが、エルフに攫われ奴隷として売られた。

それをマルフィンは剣の使い手ということでエルフから買ったが、命令不服従で手放したいという設定だ。


ティムトの記憶から見られる映像に沿った設定にしておかないと、かの国では簡単に魔導器で見破られかねない。


彼女達は街から情報を集めて王宮に入る手段を探す。

ティムトは腕が立つ者として護衛や兵隊のルートから王宮に入る手段を探す。


「ど、奴隷の役ですか…」

ティムトは怯んだが、ユージーンを奴隷役として売るわけにはいかない。

勝手知ったるマルフィンがいなくては情報収集もできないだろう。


「適材適所ですね、わかりました…」

「大丈夫よ、剣が使えるなら優遇されるはずだから!」


女性二人は特殊メイクの奴隷の印を消し、それぞれの役割にあった服に着替えた。

マルフィンはメイド服を気に入って着まわしを楽しんでいるようだが、着道楽を自称する彼女の持つ転移魔法陣からは、設定に合わせた衣装がいくらでも出てくる。


マルフィンは上質な生地で作られた、富豪の令嬢らしいワンピースを。

ユージーンは侍女に相応しくお仕着せのようなシンプルでかっちりとした服を。


ティムトは奴隷の印は残すが、富豪の護衛らしい装備に着替えると、キリッと元気を取り戻した。

ルゴーフの一般的な護衛の装備として、龍鱗で作られたスケイルメイルが用意された。

ウェルディアには無い素材と造りで、初めて見る美しい龍鱗の青い輝きに騎士と見習いの目が輝く。


「ティムト兄様、とってもカッコいいです!」

「僕がすぐに情報を集めて来るから安心してていいぞ。」

ティムトは妹からの賛辞にメロメロだ。


シルヴィールはグリフィンに何かの肉を与え、空に解き放った。ユージーンはあえて見ないふりをした。

馬車は転移魔法陣で片付けられ、マルフィンがいくつかの小道具も用意して、いよいよ準備は整った。


「ああそうだ、これを持っていけ。」

シルヴィールが取り出したのは銅製の短剣だ。


「向こうでは銅以外の金属は危険だ。身に付けるものも気をつけたほうがいい。」

「どうなるんですか?」

ティムトの質問は何気ないものだったが、返ってきたのは想像以上に恐ろしいものだった。


「過剰に魔力を流された金属は、真っ赤に焼けて溶け出すんだ。懐に隠し持った刃物がそうなった時、自分がどうなるかは言わなくてもわかるな?」


真っ青になったティムトは懐の短刀を地面に投げ捨てた。


「でも奴隷の私物は取り上げられてしまうかもしれません。」

「構わん。その時はくれてやれ。高いものではない。」


「それではマルフィン、いつまでも遊んでいないで終わったら続きを手伝うように。それと、出来れば香辛料をいくつか買っておいてくれ。」


そう言うとシルヴィールは、最初からいなかったかのようにきれいにかき消えた。


グリフィンちゃんのご飯は本当は馬の肉。

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