3ー4 龍の力
食事の時間になって、再びリンドーラとエルダがカイアンの部屋にやってきた。
リンドーラは手の付けられていない食事の盆を見て、カイアンに「食べないのですか」と聞いた。
「毒が入っていないとしても食べません。」
彼女はため息をつきつつも、「気が向いたら食べてくださいね」とだけ言った。
エルダは食事の盆をおいて、すぐに手枷を解いてくれた。
「王女様、もしそちらの頼みを断ることになった時、私はどうなりますか?」
「…わかりません、でも、ハイそうですかと解放されるわけではないように思います。」
「すぐに処刑されるわけではないんですね?」
「それは、無いと思います。龍は本当に少ないのです。今はもう私と女王しかいません。」
「たった二人なんですか?」
「あと、孵らない卵が一つ。それ以外は…」
王女の顔から血の気が引いた。すかさずエルダが話題を逸らした。
「姫様は私のおへそを初めて見た時に、「お腹に穴があいてる!」って大騒ぎしたんですよ。」
卵生あるあるなのだろう。
幼少期のエピソードを笑って聞きながら、カイアンは自分にはヘソがあるなあと考えていた。
そしてカイアンの中の知識が「女性の前でヘソを出すものでは無い」と教えてくれた。
少しだけ雰囲気がほぐれて、カイアンは聞いてみたかった質問をした。
「前に話してくれた、龍が持つ「人には無い強大な力」とはどう言うものですか?」
リンドーラは「なんで分からないのか」と言う怪訝な顔になっている。
「カイアン様にもあると思うのですが…」
「使わずに生きてきたせいか分からないのです。教えてください。」
「まず、龍眼と言って、目には他の生き物を従わせる力があります。」
王女がこちらの目を見ないのはこの為だろう。
彼に対して力を使い、無理矢理従わせることまではしない様で安心した。
「それから金属に自分の属性の魔力を流すことができます。」
エルダがデザートに添えられていた小さなスプーンを取って、リンドーラがそれを受け取ると、スプーンは緑色に輝き始め、ビリビリと振動を始めた。
「私は風の属性ですね」と、触れてもいないのにこちらの腕輪も震えだす。
「銅は魔力を通さないので大丈夫ですが、広い範囲に影響を与えるので、この王宮内では銅以外の金属はほとんど使われていません。」
カイアンもスプーンを受け取ってみるが、全く何の変化もない。
やり方がわかってないせいかと考え、グッと握って強く念じるが、やはりスプーンに何の変化も生じなかった。
やはり、彼女たちの言う龍とカイアンは違う。そんなすごい力など無いし、卵ではなくフラスコにこびり付いた澱から生まれた。竜の姿も森に生きるトカゲや獣から貰って作り上げたものだ。
「私が本当は龍じゃないとしたら、私を帰してくれますか?」
「えっ?どういう意味でしょう、本当は、とは?」
「私にはその力とやらが無いのです。」
「そんな事ないですよ、私、カイアン様の目を見るのが怖いですもの。」
リンドーラは困ったようにカイアンを見て、エルダの方を見た。
王女との違いを説明するのが難しい。
「でも、東で暮らしていた時に、人と目を合わせてもそのような事は一度もありませんでしたし、そもそも生まれ方も違うのです。」
するとエルダがすたすたとカイアンの前にやって来て、真正面から目を合わせた。
二人は無言のままじっと見つめ合い、やがてしびれを切らしたリンドーラが声をかけた。
「エルダ?」
「何ともありません。女王様や姫様のような龍眼は無いようです。」
「ええっ、本当ですか?」
するとエルダはリンドーラをカイアンの前に引っ張って来て、肩を押さえて顔を合わさせた。
リンドーラはわずかに目を合わせただけで、目をすがめ、顔を伏せてしまった。
「無理、もう無理です!離してエルダ!」
リンドーラは口元を押さえて立ち上がり、「ごめんなさい」と言って部屋を出て行ってしまった。
エルダは一礼し、カイアンの枷を後ろ手に繋ぎなおして出て行った。
残されたカイアンは、真正面から「無理」と言われた事に結構傷ついていた。
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次の食事の時間、エルダが一人で食事を持ってやって来た。
エルダは手の付けられていない食事の盆を新しいものと取り替え、てきぱきとカイアンの手枷を外す。
「体を清めますので。」
エルダは魔法陣の描かれた布からお湯の張られた桶とタライを出し、手際よくカイアンの髪を洗い体を拭き清めた。
着替えも、暑いこの国らしく薄手で柔らかい素材の物が用意された。
「ありがとう、向こうでは毎日風呂を使っていたから、気になっていたんだ。」
「よろしゅうございました。王宮の浴室は離れていて、お連れできないと思いますので。」
エルダは再び桶やタライを魔法陣の向こうに片付けた。
「やはり、帰りたいのですか?」
「はい、自分には龍の力は無いですし。」
「そう言うことではなくてですね…」
エルダは言葉に困っているようで、しばらく考え込んだ後、ようやく口を開いた。
「リンドーラ様とお子を作っていただくまで、ここから出られる事は無いと思います。」
「おこをつくる」
久々にカイアンが初耳の言葉が出た。
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エルフの王宮の地下牢で、ティムトは青ざめていた。
ユージーンにはまだちょっと理解できない。
「ティムト兄様、エルフって怖いものなのですか?」
彼女には前世の映画で見たイメージしかないが、ティムトはそれ以外のイメージを持っているようだ。
「エルフは人間を捕まえて殺し、内臓を使って薬を作るそうだ。」
「よく知っているな。」
そう言ったのは先ほどのおっかないエルフで、鉄格子の外から会話に入って来た。
「どれ、まずは心臓を頂くとしようか。」
そう言ってニヤリと邪悪な笑みを浮かべると腰の剣に手を掛けた。
ティムトはガタガタ震えながら妹の前に這いずり、庇うように立ち塞がった。
「ユ、ユージーンの心臓はダメだ、毛が生えているからな!僕のを取れ。」
何気に酷いことを言われている。
だが本当にユージーンはエルフを恐れることはなく、青ざめて震える兄の後ろからただ不満げな顔をして見ていた。
「シルヴィール様、いじめないであげてください。」
先ほどのメイド服の少女がやって来て、牢獄の鍵を外した。
シルヴィールと呼ばれたエルフは後ろでクスクス笑っている。
「もう大丈夫、皆に説明しましたから。ウェルディアに帰る手配もしますのでもう少し…」
「いいえ、私達はルゴーフに行きたいの!カイアンを助けに行きたいんです!」
ティムトの後ろからユージーンが顔を出して訂正した。
「私達?僕も?」
ティムトの悲痛な声は無視された。
二人は檻から出され、机と椅子しかない部屋に通された。
ユージーンは前世で見た警察の取調室のようだと思った。彼女の記憶は主にテレビからの情報でしかないが。
部屋の扉は開け放たれたままで、シルヴィールは立ち塞がるでもなく、壁によりかかってこちらを面白がるように見ている。
少女が二人にお茶を出し、同じポットから注いだお茶を一口飲んで見せた。
「あなた方はカイアンのお友達?」
「そうです!」
「そう、私はマルフィン。カイアンの先生だったのよ。」
マルフィンは机に地図を広げながら、少しだけホッとしたように微笑んだ。
「あの子に友達が出来て良かったわ。」
彼のコミュニケーション能力について心配があった様だ。
無理もないだろう。無口で無表情、少年少女たちの中でただ一人大人の姿で、たった一人の近衛コース、さらに成績優秀で特別扱いを受けている。
まさに彼は「同期の見習い」などでは無く「異端者」と見られていたのだ。
「確かにここからならルゴーフはウェルディアよりも近いです。砂漠を超える必要もないし、陸路を進めば行けるわね。」
マルフィンは地図の上を指でトントンと指し示す。
ユージーンの顔が希望で輝いたが、マルフィンは首を横に振った。
「でも、エルフの国から人間が来ることはありえない。それこそ怪しい越境者としてマークされてしまうわ。」
しんと沈黙がおりた。ティムトは妹を見たが、彼女がそれで引くような神経ではないことは分かっている。
「そうなんですか、何かいい方法はないですか?」
ユージーンは困ったようにティムトを見、マルフィン、そしてシルヴィールを見た。
それまでは面白そうに会話を見守っていただけのシルヴィールであったが、視線を投げられた時、少し目を閉じて考え込んだ後に言った。
「商品として行く分には疑われることはないだろう。」
マルフィンは信じられないものを見る目でシルヴィールを振り返った。
「エルフは迷い込んだ人間を奴隷としてルゴーフに売っている。」




