3ー3 来訪者
ユージーンは見習い生活をバリバリとこなしていた。
いくつもの正論を畳み掛けてくる兄達には敵わず、小娘一人が外国に友達を助けに行くなんて、全くの無謀だと思い知らされた。
その苛立ちを、全力かつ無心で訓練や雑用仕事に取り組むことにぶつけていた。
騎士寮では、カイアンは見習い生活に耐えきれず逃げ出したと噂されていた。
ユージーンは成績優秀者に繰り上げられ、早朝の雑用は免除された。
それを喜ぶ彼女ではない。
本来の優秀者の不在による繰り上げも腹立たしいし、良かったねと呑気に喜ぶ外野どもを一人一人張り倒して回りたい。
だが、食いしばった歯を笑顔に隠してひたすら鍛錬し続けた。
そんな中、寮母のメイベルがやってきて、次の新入生のために今ユージーンが一人で使っている四人部屋をあけて、個室に移動して欲しいという。
それはお安い御用だ。すぱっと私物をまとめて個室のあるフロアに降りる。
だが、部屋を移動する時に、ユージーンはある事に気がついてしまった。
新しい個室は兄達の隣の部屋なのだ。というか、兄達に挟まれている。
この移動は明らかに監視目的だと悟った。
ユージーンはわかったと言って大人しくしているのに、何かやらかすと思われているのだ。
そんなに信用がないのかと怒りメーターが振り切った。
呆然と部屋の前で佇み、強く拳を握り締めたその時。
カイアンの使っていた個室のドアノブがガチャガチャと動いた。
中から開けられない様子で、もう一度ガチャと動いた。
ユージーンが扉の前に行くと、確かに部屋の中には人の気配がする。
「カイアン?そこにいるのですか?ちょっと待ってください!」
個室の扉は古いもので、外から鍵をかけると中から開けることができない。
いなくなった時、カイアンは部屋の鍵を持ったままだったので、私物の置かれている個室はそのまま残されていた。
寮監室の合鍵があれば、いつでも片付けられると誰もが思っていたからだ。
ユージーンの声に、下の兄のキールが部屋から飛び出した。
「ユージーンどうした?」
それには答えずユージーンは駆け出して、寮監室で合鍵を出してもらい、寮母のメイベルと一緒に戻ってきた。
扉の前には上の兄のティムトも来ていて、二人の兄は心配そうにユージーンを見ている。
メイベルが外側から合鍵を使い、扉を開ける。
すると中には怒り心頭のメイド服の少女が立っていた。
腕を組み、仁王立ちの少女は年の頃はユージーンと同じか少し上くらいで、金茶色の髪を後ろで一つにくくっている。
「この扉おかしいでしょう、鍵が連動してないなんて!」
「どちら様!?」
メイドは少し考えてから言った。
「カイアンの妹です。兄はどこですか?長いこと連絡がないので心配になって。」
ユージーンは彼が行方不明になっていることをどう説明したものか困って、ちらりとメイベルを見た。
メイベルはよく知らないという風を装って答える。
「どうだったかしら、今は野営の訓練で何日か出てるのではないかしら?個人のカリキュラムまでは把握していなくて…」
誤魔化す方向でいくようなので、ユージーンはあえて口を挟まなかった。
しかし妹と言う少女は誤魔化されなかった。
「では「そこにいるのですか?」というのはどういう事ですか?」
ユージーンは確かにそう言ってしまった。メイベルはじっとりとした眼差しで彼女を見た。
「…実は行方不明です。おそらく西のルゴーフではないかと。」
「はああ?」
ユージーンがしぶしぶ白状すると、妹と言う少女は驚きと呆れが混ざった声で非難した。
「帰って来れるんですか?ここなら安全だと信じていたのに、あなた達一体何してるんですか!」
「どう言う事ですか?何かご存知なのですか?」
ユージーンも食い下がる。
未だにあの大人しそうなカイアンが連れ去られた理由がはっきりしていないのが気にかかっていたからだ。
「し、知りませんよ、とにかく私は帰ります。では!」
急に会話が支離滅裂になり、妹と言う少女は焦った様子で部屋に戻り扉を閉めようとする。
今度はメイベルが食い下がった。
「待ってください、何で部屋の中から出てきたんですか?玄関はこっちですよ!」
「わ、忘れ物をしたので、私のことはお構いなく…」
妹とメイベルは扉を引っ張り合っている。
ユージーンと兄二人は手を出せず、ただオロオロと二人を見つめていた。
「あっ!そこに何かが!」
妹と言う少女がメイベルの後ろ側を指差し、メイベルは反射的に振り返ってしまった。
その瞬間、メイベルは引っ張られていた扉を逆に押し出され、彼女はバランスを失って廊下で尻餅をついてしまった。
さっと踵を返した妹と言う少女は部屋の中の机に向かった。大きく歩いて机の上の小さな写真立てを掴む。
ユージーンは咄嗟に彼女のメイド服の裾をつかんだ。
ティムトは咄嗟にユージーンの腕をつかんだ。
キールはメイベルを助け起こそうとしていた。
これが命運を分けることになった。
ーーーーー
ぐにゃりと部屋の中が歪んだと思ったら、ユージーンは見たこともない洞窟の中にいた。
正確には洞窟を利用して作られたような部屋の中にいた。
突然の変化に、彼女はここが騎士寮のどこの部屋なのかを考えていた。
倒れ込んで天井を見上げながら思案するユージーンの下で「ぐぎゅう」と音がした。
下敷きにされたティムトの肺から苦しげな息が漏れる声だった。
慌ててユージーンが体を退け、視界の天地が正されると、自分たちの今いる場所が騎士寮ではないことにようやく確信が持てた。
先ほどの景色の歪みが思い出されて気持ちが悪い。頭がまだぐにっと引っ張られているような気がする。
すると、少し離れたところから会話が聞こえて来た。
「シルヴィール様、カイアンがルゴーフに…」
「知っている。行ったからには彼が選ぶべき問題であって私は関与しない。それよりマルフィン、あれはどういうことかね。」
「…私じゃありません。私は悪くない。」
すっとぼけているのは騎士寮で見た妹と言う少女の声だ。
「ならば衛兵を呼んで片付けさせたまえ。」
「そんな事をしたら殺されちゃうかもしれないじゃないですか!」
彼らの言う「あれ」が自分たちを指して「殺される」というただならぬ単語にユージーンは声がする方を探した。
騎士寮で見かけたメイド服の少女が話している相手は、伝説に名高きエルフの男性だ。
すらりと背の高いその人影は、クリーム色に近い淡い金の髪を長く伸ばし、髪の間から人間とは違う長い耳が伸びている。つり上がった切れ長の目で少女を見下ろし、美しいその顔立ちは苛立っているように見えた。
まるで前世で見た映画のようだ。大好きなシリーズだったが、最後まで見るには時間がなかった。
だが、その美しい顔からは冷酷で厳しい言葉が聞こえてくる。
「ここがどこか考えれば当然だ。君も地下牢に入って少しは反省すると良い。」
「すぐに何とかしますから!」
メイド服の少女が焦った様子でこちらにやって来た。
「あなた方すぐにここを離れないと危険です。」
そんなことを言われても、自分たちがどうやって此処に来たのかが分からないのだ。
「でも、帰り方が分からなくて…」
「今転移魔法陣を開けますから。」
少女は小さな額縁を手に、一言何か呪文のようなものを唱えた。
すると床にひと抱えくらいの小さな魔法陣が浮かび上がった。
ふたつ。
一つは少女の前に、もう一つはティムトの真下に浮かび上がった。
ティムトの手には小さな写真立てが握られており、マルフィンは絶望のうめき声をあげた。




