止めるすべのないジェラシー
福岡空港に着いた滝沢 龍昇は、空港から直結している地下鉄空港線に乗り継ぎ、唐人町駅で降りた。駅からヤフオクドームまでは1kmほどあり、歩いて行くには少し遠い。タクシーでワンメーターほどで行ける為、気後れしたが、タクシー運転手も慣れたもので、何の躊躇いもなく北へ向かって車を走らせた。
ヤフオクドームに到着した滝沢は、現地の主催会社のスタッフに案内され、楽屋へと案内された。
「あれ?おい、アンタ…もしかして森野じゃないのか?」先に楽屋入りしていた森野 虎次郎に気付き、滝沢は声をかけた。
「ん?おぉ、滝沢か?久しぶりだな。小さい新興会社に入って苦労するかと思ったが、エラい活躍ようだな。同期としても鼻が高いよ」飛行機内で滝沢に気付いていながら、知らない振りをして、森野は皮肉を込めて滝沢を称賛してみせた。
「イヤー、たまたまだよ。三本連続して順調には売り上げを伸ばせてるけど、次の四本目でミリオンを狙ってる。チームもまとまり始めたし、構想も、もう出来てんだ」皮肉を込めた森野の言葉とは裏腹に、滝沢は胸を張って次回作への自信を垣間見せた。
「へぇ、それは楽しみな事だな。しかしオレだって、次は負けてねぇぜ。DGP企画を超えてやるさ」同じ年に互いのライバル会社に入った二人だったが、デビューは森野の方が早かった。そしてデビューと共に、ゲーム界の寵児のように世間に囃し立てられた森野だったが、滝沢がプロデュースした二作目で、早くも売り上げを抜かれてしまった。それ以来、森野は滝沢を、もといDGP企画を意識して来たのだ。しかし森野の想いとは反比例して、売り上げ差は開く一方で、世間もすっかりゲームプログラマーとしての第一人者を森野から滝沢へと移行させていた。それが森野には我慢ならなかった。
「まぁ、お手柔らかに。互いに頑張ろう」滝沢が握手を求めて右手を差し出した。しかし森野はそれを自分の右手で払うように叩いた。
「今日はスピーチをすんだろ?オレなんか気にしてる暇があったら話す内容を練り込んどくんだな」そう言うと森野は、主催者側が用意してあるケータリングスペースに行き、コーヒーを注いだ。
『クソッ!絶対に次は負けねぇ。絶対にだ』
滝沢のスピーチは森野の期待に反して盛況を極めた。作品に対するテーマの説明、操作性、キャラクターの紹介など今までの常識を覆す内容に、業界の人々は魅了された。設置されたブースにも、DGP企画のものが森野の所属するTGKプランニングの倍以上の集客を集めた。そして…
「やぁ、香澄さんかい?今、終わったんだ。えっ?あぁ、空港内かい?せっかく福岡くんだりまで来たんだ。博多の天神辺りなら良い店があるけどどうかな?あぁ、そうか、今夜の便で帰るのか。分かった、じゃあ空港の一階ロビーで」滝沢が香澄 可憐と食事の約束をしているのを森野が影から聞いていた。
『あのヤロー、香澄さんとしっぽりと食事かよ』
太陽が西に傾き始めた頃、空港で待ち合わせをした滝沢と香澄CAは、空港三階の海鮮レストランで食事を楽しんだ。そして少し離れた席からは、森野の嫉妬を含んだ視線が二人に注がれていた。
「チッ、上手くやりやがって。しかし本業では負けねぇからな」森野は提供された料理に殆ど手を付けず、半分やけ酒のワインを呷った。
「また東京に帰っても連絡して良いですか?」滝沢は頬をほんのりと赤らめながら香澄 可憐に言った。
「是非!もっとゲームの話しを聞かせて欲しいわ。今までゲームになんて興味なかったけど、滝沢さんのお話しを聞いてたら、なんか物語を聞いてるみたいだわ」仕事中は下ろしている髪を、つむじの辺りで束ねてポニーテールにしている可憐の剥き出しになった耳が赤く染まっていた。それが滝沢の心をざわつかせた。
「ゲ…ゲームはね、物語作りから始めるんだ。今度の作品はシリーズ物にしようと思っているんです。だから続編との繋がりとか布石なんかも考えているんだよ」滝沢はゲームの話しをしているのにも関わらず、何故だが可憐を口説いているような錯覚に陥った。
「ウフフッ、続きはまた東京で。ご連絡お待ちしてます。それじゃあこの辺で」踵を返す可憐の後ろ姿が見えなくなるまで滝沢は見送った。
「良いよなぁ、あんな女が嫁さんになってくれたら…イヤ!何としても落としたい!あぁ、頭の中は彼女との未来への妄想でいっぱいだよ」小声で呟く滝沢だったが、周りの誰が見ても、変質者か可笑しな人間だった。それほどまでに滝沢は可憐に心を奪われてしまっていたのだった。そして浮かれた滝沢を恨めしく見つめる森野の存在があった。
『許さん!オレは認めん!アイツから全て奪ってやる。仕事も名声も仲間も女でさえも』滝沢のそれとは違い、森野は復讐心に似た感情が湧き出してくるのを押さえるのに必死だった。しかしこの時点で、森野はプログラマーとしても、人としても、男としても負けていたのだ。そして森野の天才的頭脳は、歪んだ方向へと舵を切り始めたのだった。




