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キューピットは森野?

「こちら、ライトミールのメニューでございます。お好きな物を一品、ご指定下さい」森野 虎次郎は、東京羽田発、福岡空港行き868便に搭乗していた。福岡のヤフオクドームを貸し切って行われる全国ゲーム博覧会におもむく為である。

「それじゃあ、このミートドリアをいただくよ。それと、ビールを一杯」森野はキャビンアテンダントに好みの注文をして、ふと、前を見た。

『ん?アイツ…滝沢じゃないのか?ふん!最近、調子に乗りやがって!たまたま売れた作品でゲーム界の寵児ちょうじみたいな持てはやされ方されやがって…待てよ、ヤツがこの機に搭乗してるって事は、GDP企画のスピーチってのも、ヤツがやるってのか?下らねぇ、そんなんオレがゆるさねぇ!何かねぇか?』森野は大手ゲームメーカー、TGKプランニングの代表として、新興会社の躍進に地団駄を踏んでいた。

「お客様、こちらご注文のビールになります。ミートドリアの方はもう少しお待ち下さい」ビールを持って来たのは、先程のキャビンアテンダントと違う、とてもりんとして清楚せいそな感じがする女性だった。胸には "香澄 可憐" とめい打たれていた。

「あっ!どうも…」森野は香澄CAの圧倒的な美しさに、心を奪われてしまった。


「お客様、こちらはご注文のシャルドネ・ソーヴィニヨンでございます。シーフードドリアに、こちらをご注文なさるって、ワインにお詳しいんですね」

「へぇ、国内線とは言っても、CAともなると、ワインにも詳しいんだね」

「い・ち・お・う、これでも普段は国際線に搭乗させて頂いてございます。今回は同僚のピンチヒッターですわ」

「へぇ、そうなんだ。オレは普段から海外に行く余裕なんかないから、うらやましい限りだねぇ」香澄CAと滝沢のやり取りだった。

『クソッタレ!何を格好つけてんだよ!何がシャルドネだ!何がシーフードだ!』森野の嫉妬ジェラシーは、違う形で滝沢へと向けられた。


「お客様、こちらがミートドリアになります。お熱くなってますので、お気を付け下さい」森野は目の前に出された、森野自身の嫉妬を彷彿ほうふつとさせるかの如く "グツグツ" と煮えたぎるミートドリアを提供された。

「ビールにミートドリア?白ワインにシーフードドリア?何が違う?それだけでこんなにも対応が変わるのか?」森野にとって、もはや些細ささいな事でさえ、ライバルたる滝沢の存在が、あらゆる事へのジェラシーへと変わっていった。

キャビンアテンダントとて人間である。様々な客に対して様々な対応が求められる事であろう。しかし、人間である以上、周波数と言うべきか、人間として合う人間、そうでない人間は出て来るものだ。それがたまたまであったとしても、恋へと向いてしまう事を誰が止める事で出来るのであろうか?そこが森野には分かっていなかったのだ。その相手の側の立場に立って物事を考えられるか、どうかが、二人の天才を分けた訳だ。

「ねぇ、"かれん"さんだっけ?」森野は香澄 可憐に声をかけた。

「あっ!良く間違えられるんです。可憐と書いて "かりん" と読みます」少し頬に赤みを浮かばせて言う香澄CAに、森野は益々、心奪われていった。

「すまないが、彼、先程話してた彼と同じ飲み物をいただけないか?」森野は左前方に目配せして言った。

「あの…ミートドリアでしたら、それにもっと合う赤ワインをご用意出来ますが?」通常であれば、香澄CAの進言を素直に受け入れたであろう。しかし、心がジェラシーと言う漆黒しっこくの闇に包まれてしまっていた森野の心は、それをこばませた。

「イヤ、同じ物で良いんだ。頼むよ」香澄 可憐は言われた通りにシャルドネを提供した。シャルドネのグラスを手に取った森野は、背中を向けた香澄CAを呼び止めた。

「本当にすまない。やはり君のアドバイス通りに赤をもらうよ。そうだな?折角せっかく用意してもらったんだし、先っきの彼、実は知り合いなんだ。彼にでも上げてよ。但し、ボクからと言うのは内緒にしてもらえないかな?変に恩を売りたくないモンだから」森野の言う通りに香澄CAは滝沢にシャルドネを持って行った。シャルドネを受け取った滝沢は、周りを見渡す仕草をした後、首をひねりつつも、素直に好意に甘えた。

『フフッ、下剤の五倍量を仕込んでやったぞ。これで現地でスピーチどころじゃなくなるだろ?大いに恥をかくが良いさ』森野の漆黒の心は、今、現実に滝沢自身をおおおうとしていた。

「ねぇ、可憐さん、色々と良くしてもらったお礼をしたいんだけど、福岡ムコウではステイするのかい?」赤ワインを運んで来た香澄CAに森野は勇気を振りしぼって誘いの言葉をかけた。

「申し訳ございません。お客様からのそう言ったお誘いは、社内規定でも禁止されておりますので」香澄が言う事は事実だった。それをその後の滝沢と可憐の築いた関係性が、森野を狂気へと走らせた。


「お客様!どうされました?お気を確かに!すみません、ドクターは…お客様の中にドクターは、いらっしゃいませんか?」腹を抱えて苦しむ滝沢に、香澄CAは食中毒を疑った。国際線CAとしても、社内でも優秀だった香澄にとって、長いフライト時間の中でも、特に食材の管理は、他のCA達からも、舌を巻くほどの徹底振りだった。そんな彼女にとっては、食中毒問題は、看過かんか出来ない事だった。さいわいにも、偶然乗り合わせていた内科医である沢田医師の、迅速じんそくな処置により、滝沢は正気しょうきを取り戻した。

「本当にすみません!私のミスです。本来であれば、他のお客様からのご提供品は、ご本人様に確認した上でご提供しなければいけないのですが、言い訳にもなりませんが、情にほだされてと言いますか、言われるがままにしてしまいました」真剣に頭を下げる香澄CAの姿に、滝沢は鼻から息を抜いた。

「マニュアル通りに接客するんだったら、それは人間じゃない。プログラミングされたアンドロイドでも出来るじゃないか?情に絆され、心が動くから、本当の接客が出来るんだろ?結果は悪かったかも知れないけど、貴女あなたは最高の接客をしたんだ。それを見抜けなかったオレにも責任はある!」香澄CAは感動していた。今まで様々な研修を乗り越えて来た。様々な接客を任されて来た。しかしそこには自分と言う個性を活かして接客せよ!と言う文言は皆無だった。それだけに、香澄からすればCAとは?接客とは?と言う疑問符が、常に付きまとっていた。その答えを、目の前の男は、簡単にはじき出してしまったのだ。

「はい!ありがとうございました!すべてが、スッキリしました。お礼に何が出来るか分かりませんが、何なりとおっしゃって下さい」香澄CAには、もはや何の躊躇ためらいもなかった。

「ふ〜ん、じゃあ食事でも一緒にしてもらおうかな?ここまで献身的にしてくれたんだから、お礼をしなきゃ、オレの男がすたるってモンだ!受けてくれるかい?」滝沢の誘いを断る理由は、香澄にはもうなかった。マニュアルを崩してでも、人間としての誠意ある対応を教えられたのだから。

「もちろんです!お礼をしっかりと受け止めさせていただきます」

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