表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/49

過去からの恩返しです!

 庶民は殆ど魔力を持たない。魔力を持ち帰る場所がない者の多くは、必然的に貴族の子女になる。


 継父母との関係から生家を離れる者、一族の汚名や悪しき噂から逃げるように消える者。そして、ナディル先生が以前話していた妾腹と呼ばれる者。

 華やかな社交界の影で噂される境遇が、幾つか頭を過ぎって思わず唇を噛む。


「ソフィア様は――」


 その一人になのか? そう問いかけようとした私の言葉を、老巫女が小さく片手を上げて遮る。


「不遇な立場であっても、いつかは戻りたいと望む子女は多いのです。生涯を修道院で過ごすと定める者は、リーリア様が思われるよりもずっと少ないでしょう。その少ない方々も、生家と関りのある土地では巫女としての役割を担えません」


 老巫女の眼差しから、先ほどまでの苛立ちが消える。

 老巫女は都合の良い着地点を見つけたのかもしれない。廊下の先から聞こえる声は一歩ごとに大きくなって、この会話の終わりが近い事を告げていた。

 気を引き締めてから相槌を打つと、唇の端を僅かに上げて老巫女が尋ねる。


「神舞は豊穣祈願など生活に関わる舞。儀礼ではなく民の祭りに派遣されます。この国にどれ程の祭りがあって、どのような時期に開催されるか。リーリア様はご存知でしょうか?」


 豊穣祭、彩豊祭、花待祭、水鎮祭、星見祭――思いつく限りの祭りを頭の中で指折り数える。


「かなりの数がありますね。時期は農村の閑散期が多かったように記憶しています」

「よく勉強なさっておりますね。時期が偏ることもあり、神舞の巫女はいつでも不足しております。不足を補なう為に、我々は魔力を持つ庶民の推挙を教会関係者にお願いしているのです」


 腑に落ちなかったソフィアの推挙の答え。本当ならば、ソフィアが貴族の妾腹の子でなくとも、神舞の巫女となった理由になる。


 でも……、ソフィアには帰る場所があった。

 ここに来て初めて神舞の巫女の条件を知った。帰る場所をもたない者が選ばれるのは、一度役目を担えば簡単には退けなくなる為だ。


「ソフィア様は、すぐに推挙に応じたのですか?」

「そうです。何か気になる事がございますか?」


 ソフィアがシャンデラ大修道院に入ったのは、王都に来た頃の私と同じ十歳。

 亡くなるその瞬間まで、私のお母様は手を離さなかったし、イレーネはソフィアの手を引いて、国の祭りに出掛けていたとパン屋のお爺さんは言っていた。


「手を……。手を離せるとは思えないんです」


 得るものと失うものを秤にかけて、イレーネが手を放したから今のソフィアがある。答えは出ているのに、どうしても簡単に頷く事ができない。


 側に居たいと願ったから、イレーネはシャンデラに移り住んだのだろうか?

 もし、イレーネがソフィアを取り戻そうとしていたら?

 

 帰る場所を取り上げる為にイレーネは消された……。一瞬、悪い想像が頭を過ぎって、すぐにあり得ないと打ち消す。

 幾らソフィアの魔力が高くとも、イレーネが庶民であったとしても、神舞の巫女一人の為に侵せる危険ではない。


 難しい顔で考え込んだ私を、計るような眼差しで見つめて老巫女がゆっくりと首を振る。 


「確かに、美しく魔力のある庶民の少女でしたら、豪商に求められる可能性もございます。お金になる未来を知って、手放すのを惜しむ者もおります」


 お金になる未来?

 意図した事とは違う視点からの回答に目を瞬く。


 地位を望む財のある商人と、地位はあるけど財のない下級貴族。利害の一致する両者が、縁を結ぶ事は稀にある。そんな時に懸念されるのは、魔力のない庶民の血の影響を受けて、魔力の少ない子供が生まれて来る事だ。

 

「……ソフィア様は?」

  

 記憶の中にあるお母様の手の温もりが、逃げ出さないように拳を握りしめる。


「ご容赦ください。個々の事情は申し上げるべきではございません。リーリア様はどちらが幸せだと思われますか? 魔力目的で豪商に求められる未来と修道院で神舞の巫女として役目を担う未来」


 豪商からの誘い。教会からの推挙。どちらも強く出られれば、庶民が断る事はきっと難しい。

 二つの未来のうち一つを選ぶ。愛が育めるのなら、自由のある豪商との未来の方が幸せだと思う。でも、愛もなく道具として求められるなら、修道院は平穏な未来になるのかもしれない。


「難しい選択だと思います。色々な条件で未来は変わりますから」


 答えの出せなかった私に向かって、老巫女が慈愛と言う言葉がよく似合う笑顔で小さく頷く。


「そうですね。未来は過ぎてみなければ答えはでません。だから、多くの父母は子を思い迷います。しかし、時には理解ができない答えを見い出す心無い者もおります。過去に数度、子を生せる年まで育った後に、帰還を求められる事がございました」


 皆が同じではない。分かっていても、知る事は苦い。

 言葉を失った私に、一つ納得したように頷いてから老巫女が言葉を続ける。


「心ある者、心なき者。どのような境遇にあっても、修道院が魔力のある庶民の子を欲する立場に変わりありません。推挙を受けた庶民の巫女候補には、修道院に入る前に家族との縁を断って頂きます。そして、相応の支度金を家族にはご用意させて頂いています」


 外から差し込んだ光の輪郭を修道服の裾に受けて、晴れやかな笑顔を老巫女が浮かべた。


「ソフィア様は、この修道院に入った時点で母親とは縁のない他人となっております。推挙の手続きをしたシュルテン修道院ならともかく、我々は母親がシャンデラに移り住んでいた事も存じ上げていませんでした。話を聞いて大変驚いたぐらいなのです。ですから、お申し出への回答が出来なかった事はご容赦くださいませ。――さぁ、中庭に着きました」


 外の光に目を細めると、居室に囲まれた小さく美しい中庭から多くの眼差しが向けられた。

 イレーネの所在についての申し開きという、老巫女の会話の終着点。どこまでが真実で、どこまでが嘘なのか。会話が見事に断ち切られた事に思わず唇を噛む。


「皆さま。本日はデュリオ第二王子の婚約者であるリーリア・ディルーカ伯爵令嬢がいらっしゃっております。令嬢としての日頃の努力をご覧いただきましょう」


 老巫女が呼びかけると、女性たちが私に向かって一斉に一礼する。

 舞の練習に参加する高価な修道服に身を包む女性は、礼拝の時よりもずっと少ない。何らかの選別はされているのだろう。

 礼を終えて色とりどりの布を手に私を見る貴族の子女に、服の裾を僅かに摘まんで礼を返す。


「練習を拝見させて頂ける事に感謝いたします。私の事は気になさらずにお続けください」


 まばらな拍手の後に老巫女が手を叩くと、華と呼ばれる巫女たちが練習を再開する。

 社交界で見た事のある者が何人かいた。親しくした記憶がないから教会派の令嬢ばかりなのだろう。全く見た事のない者は、王都ではなく地方にいる貴族の令嬢かもしれない。


 真っ直ぐ向かってくる女性に、ふと目を止める。懐かしい人だった。

 彼女が社交界を去って、もう一年以上が過ぎている。


 側まで来ると、優しい笑顔を浮かべて女性が老巫女に申し出る。


「副院長様。ご案内でしたら、私がお手伝いができるかと参上いたしました」

「ああ、パメラ。貴方なら長いから、知らない事はありませんね。任せましょう」


 老巫女の了承を得ると、パメラが私を見て改めて一礼する。


「はじめまして、パメラと申します。今は修道女の立場ですので、家名は省略させて頂きます。ご説明をさせて頂いても宜しいでしょうか?」


 優しくて少し気弱そうな笑顔に、「元気でしたか?」と尋ねたくなる気持ちを堪える。

 はじめましてと挨拶したパメラは、私達の小さな冒険をプランク男爵から聞いていないのだろう。


「ありがとうございます、パメラ様。是非、お話を伺いたく存じます」

「喜んで承ります。では、舞台に近い方へご案内します」


 パメラが視線で促した奥には、振りを合わせて踊る女性たちの姿があった。ゆっくりと歩き出したパメラを追って、副院長達の元から離れる。


 パメラが王都を出たのは、恋が実って一年と少しが過ぎた頃だった。密かに想いを育んでいるのを、父であるボニータ伯爵に知られてしまった所為だ。

 幸せでいて欲しいと思っていたのに、旧国派の私は後になってその事を知った。


 ごめんなさい、パメラ。何もできなくて。


 白い修道服の背中に心の中で呟くと、綺麗な紫の瞳から零れた大粒の涙が頭を過ぎった。


 ……ごめんなさい、レナート王子。あの時、私は側に居られなかった。


 二人の恋に、レナート王子は私とデュリオ王子と一緒にいる未来を確かに描いてたから、きっと悲しんでいるとすぐに思った。でも、私達がレナート王子に近づく事は許されなかった。 


 どうにかしてあげたい。そばにいてあげたい。

 そんな思いでレナート王子を遠くから探して、時折眼差しが重なると紫の瞳から悲鳴が聞こえる気がした。


 話したいことがある。縋りたいことがある。側に居たい。

 

 あの頃は、側に居れない事が苦しかったのに。

 今は……側に居たのに分からない事が多くて苦しい。

 どうしてなの、レナート王子……。


「リーリア様?」


 パメラの呼びかけに、慌てて笑顔を浮かべる。


「すみません。舞の練習に見惚れておりました」


 私の言い訳に一つ頷くと、パメラが舞の振り付けに込められた意味や使われる音楽についての話を始める。その言葉に頷きながら、翳りのないパメラの笑顔に少しだけ安堵する。


「舞の振りには、そのような意味があったのですね。次からは思い出しながら見る事にします」


 華とよばれる巫女だと少し有難味が薄れる気がしていたけど、意味があると思えば和らぐ。


「あちらに舞で使う布がございます。手に取ってご覧になりませんか?」


 パメラが荷物のおかれた人のいない一角を指さして歩き出す。


 こんな強引な方だっただろうか?


 印象にあるパメラは、控えめで大人しく答えを聞かずに行動する女性ではなかった。少し驚きながら、その後についていくと、木箱を開けて色とりどりの布をパメラが取り出した。

 遠目では気付かなかったけど、近くで見ると美しい模様が織り込まれている。流石は繊維業の盛んなシャンデラだ。


「とても、きれいです」

「お気に召しましたか? 薄く艶やかな素材でとても軽いんです」


 一枚の色濃い紫の布をパメラが差し出す。受け取ろうと手を伸ばすと、向き合ったパメラが小さな声で囁く。


「有難うございました。リーリア様には助力して頂いたのに、あの時の私はすぐにお助けできなかった」

「聞いたのですか……?」


 濡れたハンカチを「臆病で、ごめんなさい」と差し出した時のように、パメラが私の手に柔らかな布を被せる。


「サント……いえ、プランク男爵から聞きました。あの日の私は、助けたいと思ったのに動きだせませんでした。やり直したいと、何度も思っておりました。でも、過去に戻る事は出来ません。だから、『いつか』と思っておりました」


 布の中でパメラの暖かな手が私の手に触れて、何かをそっと手の平に載せた。


「これは……?」


 小さく折りたたまれた紙? 

 手の中のものを私がしっかりと握りしめると、パメラが布の一端を私の肩へと寄せる。それに合わせて紙を掴んだ手を体に寄せると、服にそっと忍ばせる。


 何が書かれているのだろう?

 窺うように見つめた眼差しに、何事もなかったようにパメラが微笑む。


「お似合いです。市場で同じ布が購入ができます。是非……、行ってみてください。では、そろそろ戻りましょう。とても怖い顔を副院長様がされていますから、急いだ方が宜しいかもしれません」


 布を片付け始めたパメラを見つめて、私が彼女に出来る事を考える。

 王都に戻らないという事は、パメラはまだプランク男爵の事を思っているのだろう。

 

「パメラ様。プランク男爵は、頑張っていると教会派でもよく名を聞きます。私は……あの日を共にした私たちで『いつか』を叶えたいと思っています。待っていてくれますか?」


 見えなかった事を見て、知らなかった事を知った。

 万華鏡のように変わる事実に、信頼も思いも揺れて心は迷い続けている。未来がどうなるのか、どうしたらいいのか、私にもはっきり見えていない。


 でも、まだ私は『また、いつか』の約束を信じている。

 

「いつまでも、お待ちしております」


 振り返ったパメラは、誰かを思って微かに頬を染めて頷いてくれた。



 中庭を出た後の老巫女は、真っ直ぐにアランやライモンドの待つ外に続く扉へと向かった。

 自分の言いたい事を言い終えて、私の問い掛けには聞こえない振り、分からない振りを繰り返し、のらりくらりと躱し続ける。


 ライモンドは確かに怒りっぽい。だけど、今日ばかりは怒る理由が分かる気がする。

 老獪というのか、まったく腹立たしい。


 進展のないまま、居住区と公の場を隔てる扉が見えてきた。老巫女が側に居た一人にクリスを迎えに行くようにと指示を出す。


「グリージャ皇国の大使様をお迎えにあがりなさい」

「待ってください! クリス様は呼び戻さないでください」

 

 踏み出した巫女を慌てて制止すると、怪訝な顔が一斉に私を窺う。


「呼び戻さないとは、どういう事でしょうか?」

 

 パメラが渡してくれた紙。何が書かれているのかは分からないけど、クリスは戻らない方が良い。彼が同じ馬車の中にいては、自由にできない。


「私は、駐屯地に戻ります。王都に戻る旅程の説明を受ける為です。大修道院に興味があってクリス様は同行されましたが、この後まで行動を共にする必要はありません。声を掛けて付き合わせたくないのです」

「では、図書室で直接ご説明ください」


 笑顔で意見した老巫女の目は、勝手に置いていかれては困ると主張する様に全く笑ってない。

 

 クリスは聖女に興味があるから、声を掛ければ絶対についてくる。

 こっそり置き去りにしたいのだけど……さて、どうしよう?


 ちらりと扉を見てからジュリアを見ると、その口元が心得たと言うように僅かに上がる。

 意趣返しみたいで気が進まないけど、逃げ切るのも社交の技術。


「副院長様は、社交会のご経験は?」

 

 頬に手をあてて歩みを進めながら、困った表情を浮かべて老巫女に尋ねる。


「ございます。修道院に身を置いたのは、夫を失ってからです」

「そう。でしたら、伺っては気遣いにならないのは分かりますね?」


 視線の先で修道女が扉を開けた。

 ジュリアが滑るように扉を抜けるのを捉えながら、一息に言葉を紡ぐ。


「意を汲み、静かに動く。王妃教育の中で学んだ社交の心得です。ご協力をお願い致します、副修道院長様」

「リーリア様のご指示ですわ、ライモンド! 駐屯地に早馬を出し、クリス様に専用の馬車をこっそりと向かわせてくださいませ!」


 唖然と口を開けた老巫女が、慌てて扉の外に出た時にはライモンドの足音は消えていた。きっと背中さえ見えなかっただろう。


「勝手なことを……」


 忌々し気に小さく呟いた老巫女に釘を指す。


「異国の大使様の自由は、カミッラ正妃のご意志です。これ以上の自由と心遣いがあるのならお伺いします。ないのならば、ご尊重ください」


 既にここは居住区の外。多くの耳目がある中で正妃の名前が出れば、たとえ教会派でも中途半端な断りの言葉は口にできない。


 無言で睨む老巫女から反論はなさそうだと判断して、にっこりと微笑む。


「では、馬車までお付き合いください。途中にある像の説明を伺いたいのです」


 クリスの元に走られないように見送りをお願いしてから歩き出すと、静かに老巫女が付き従うのが気配で分かった。


 状況を利用して、思い通りに話を打ち切る。老巫女がした事を返しただけなのだけど、相当腹立たしかったのだろう。私が馬車に乗るまで、老巫女は憮然とした顔のままだった。



 クリスを置き去りにして馬車が走り出すと、ほっと息を吐く。


「ジュリア。気付いてくれて助かりました」

「ふふっ。やっかいな大使様を遠ざけるお手伝いは、大歓迎ですわ」


 晴れやかに笑って答えたジュリアが、遠くなった修道院を見て一瞬顔を曇らせる。


「どうかしたんですか?」

「巫女として学ぶと出掛けた子が、僅かな時間で舞を舞うのを何度も見てきましたわ。ずっと馬鹿馬鹿しいと思ってましたが、改めてどうしょうもないと思いましたの」


 ほんの一時の巫女。修道女としての辛い仕事を放棄して形だけを学ぶ特別扱い。

 それに価値を見出す事は、私にもできない。


「ジュリアは、行きませんよね?」

「当たり前です! 父や兄だけでなく親類も騎士ばかりですから、祈りは何度も見てまいりましたわ。必要な作法の形は、身に付いております。名だけを求めてなんて無駄ですわ。それに、何もしなくてもグレゴーリ公爵と縁を結びたい方が山ほどおりますから、王妃を狙うのでなければ相手はいくらでもおりますの」


 ジュリアらしい言葉に苦笑いを浮かべると、尖らせていた唇を解いてジュリアがふっと息を吐く。


「わたくしは、いきません。でも、名を求めて実のない道を選ぶ教会派は後を絶たないのでしょう。……わたくしは、教会派はこのままではいけない気がしていますの」


 喜捨を獲る教会の役職。文官や武官の優先枠。百年の間、セラフィン王国の始まりの勝者である教会派には、特別な恩恵としてあらゆる場所で世襲の地位が与えられ続けている。


「……名に甘んじる者がいる為ですね?」

「ええ。以前から薄々は感じておりましたが、騎士となって痛感していますの。教会派と旧国派ではあまりにも練度が違います。何もしなくても特別でいられる者と、限られた枠を競る者。その差は明らかに開いていますわ」


 全ての教会派に実力がない訳じゃない。グレゴーリ公爵のように追随を許さない猛者もいる。

 でも、優位性に甘えて実力が伴わない者は少なくない。レナート王子と入れ替わって、書類を見ていた時にそれは度々感じていた。


「特別である事は、美酒に似ていると私は思います。初めはとても心地よいけれど、過ぎれば毒にもなる。でも、毒と気付くのは難しくて、止める事がなかなかできない」


 きっと優位性を無くすと言えば、大きく教会派は反発するだろう。


「そうですわね。リーリア様……リーリアの言う通りだと思いますわ。毒に気づいていない者も多い……。気付いていても、手放すことを惜しいと思う……」


 ジュリアが言葉の終わりを小さくして、短い沈黙が私達の間に落ちた。


 友達でも、立場が違えば未来に思う事が違う。


 重い空気を振り払うように、小さく手を打って笑顔を浮かべる。


「ところで、ジュリア。パメラ様をご存知ですか?」

「ええ。先ほどの舞の案内をしたボニータ伯爵のお嬢様ですわよね。そういえば、お知り合いでしたの?」

「はい! 知り合いと言うか、特別な思い出のある方なのです」


 小さい頃の冒険をかいつまんで話すと、ジュリアが「お人好し」と言って肩を竦める。

 あの日の「お人好し」は、誰よりも頑張っていたレナート王子だ。言いたかったけど、レナート王子の名前でジュリアが顔を顰めるのは分かっていたから控える。


「だから、クリス様を遠ざけたのですね?」


 小さく頷いてから、折りたたんだ紙を服から取り出す。開くと、パメラの人柄を感じさせる柔らかな女性の文字が並んでいた。


 初めの数行に書かれていたのは、パメラの今の立場だった。

 華と呼ばれる飾の巫女の中でも、滞在の長いパメラは連絡や取りまとめなど、多岐渡って重宝されているらしい。

 大人しいけどきちんとした方だから。そう納得して読み進めた途中、驚きに目を瞬く。

 

「えっ、えっ? ジュリア、わかりました!」

 

 私の大きな声にジュリアが驚いて腰を浮かす。


「何がですの?」

「イレーネのいた場所です! パメラが聞いたんです! 院長室でイレーネの所在を私が求めている話をしていたらしく、その時に聞いた話を書き記してくれたんです――」


 身を寄せたジュリアに、行き先の書かれた手紙を見せる。


 パメラが連絡の為に修道院長室に入った時、ある場所の名前を上げて修道院長と副院長はイレーネの話をしていたらしい。


「信じられますの? わたくしなら、人前でイレーネの話は避けますわ」

「大丈夫だと思います。パメラの事を信じたいって気持ちもありますが。この手紙には、ソフィアの名前が出ていません。多分、イレーネの名前だけではソフィアに繋がらないと、修道院長たちは注意を怠って会話を続けていたのだと思うんです」


 書かれていた場所の名前を確認すると、ジュリアが窓を開けて馬で伴走するアランに事情を告げる。

 短い会話の後に、馬車は駐屯地とは別の方向へと向きを変えた。


 あの日、偶然の出会い。プランク男爵とパメラが結ばれて、私達が繋がって……。

 私たちは運がいい。この小さな切っ掛けを無駄にしない。



 幾つかの角を馬車が曲がって、外から賑やかな声が聞こえ始める。


「あの方、市場に行けと仰ってましたわねよね。こういう事でしたのね?」


 ジュリアの声に大きく頷く。布を片付ける時にパメラが勧めた市場。その八番通りの奥にイレーネの住まいがあった。

 

「ええ。でも、今はなくなって広場になっている。なんだか嫌な感じがしませんか?」


 夕暮れの広場と名を変えた住まいのあった区画は、周辺の者も立ち退いて新たに何かを聞き出す当てはない。


「何だか仕組まれているようですわね……。あぁ、そろそろ夕暮れの広場ですわ」


 地図を見つめたジュリアの言葉に、窓に身を寄せて張り付くように外の景色を見つめる。馬車のスピードが一段落ちて、夕暮れの広場となずけられた場所の横をゆっくりと走る。


 我が家の庭園より少し小さい広場は、市場を訪れた人の憩いの場として作らているようだった。小さな水場と商売の神様の像。木を横に倒しただけのベンチは、誰かが後で置いた物だろうか。


「七年前には、ここには家が立ち並んでいたのですよね?」

「ええ。庶民の家は小さいから、幾つもあったのでしょう」


 イレーネが一人で移り住んだのなら、きっと小さな家なのだろう。その面影は、どんなに探しても一つもない。


 何か……、何かないの? 

 

 水辺で喉を潤す行商。座り込んで休む親子連れ。木陰で語らうのは恋人だろうか。

 駆け回る年嵩の子は市場に住まいを持つ子供たち。座り込んで俯くのは疲れた女性……。


「ジュリア! 止めて下さい!」

「どうかなさったの?」

「どうかしました! 花です! 女性が花を置きました! 早く!」


 訳が分からないと言った表情を浮かべながらも、ジュリアが手早く止める指示を出す。その間にも、女性は立ち上がって、私たちの進む方とは反対の市場へと歩き出していた。

 額を窓にこすり付けて、女性の行方を必死に追いかけていると馬車が漸く止まる。


「リーリア!」


 慌てたようなジュリアの声に、レナート王子の少し怒った眼差しが頭をよぎる。


 私、無茶はやめられそうにない。


 護衛を振り切って駆け寄る無茶をして、怒られたのはつい最近の事だ。

 馬車を飛び出して、小さくなった女性の背中を必死に追う。市場の本通りに入ってしまったら、人に紛れてきっと見つけることはできない。


「待って! 広場で花を供えた貴方、待ってください! お話があります!」


 大きな声で叫ぶと、周囲の視線が私に集まる。同時に本通りの手前に差し掛かった女が、足を止めてゆっくりとこちらを振り返った。


「何だい? 私のことかい?」


 既に私から興味を失って歩き出した人たちの中で、女性が私を見て首を傾げる。


 何の変哲もない庶民の女性だった。祖母と呼ぶにはずっと若く、でも父たちよりは年上。細いけど腕の辺りは逞しくエプロン姿だから、大店ではなく小さなお店の奥さんなのかもしれない。


「止まってくれて、ありがとうございます。お伺いしたい事があるんです」


 追いついてきた護衛を一度見て、女性が怯えたように顔を歪ませる。


「お貴族様かい? 伺いたい事って何だい? あの花なら、そこの角を曲がった露店だよ」


 違うそうじゃない。

 花を買った場所を聞きたいわけではないと、慌てて首を横に振る。


「いいえ。お花を置いた訳を伺いたいのです」

「置いたらいけなかったのかい?」


 騎士を見て身をすくませた女性に、慌てて微笑む。まずは安心してもらわないと……。


「私は、ある人物を探しています。その方が亡くなったのがここでした」


 女がゆるりと首を振る。拒否するというよりも、嫌なことを振り払うように見えた。だから、私は誰を探しているのか言葉を続ける。


「あのお花……あなたはイレーネを弔ったのではありませんか? そんな気がして声を掛けさせて頂きました」


数度目を瞬かせてから、女はゆっくりと私が待ち望んだ言葉を口にした。


「イレーネを知っているのかい?」



中途半端なところで長らくお休みをしてしまい、申し訳ありません。

2023年は、完成させます。

残り半分ぐらいしあがりました。

最終話まで書き上げたら投稿させていだきます。

今しばらくお待ちください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ