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真実は夢幻に

とりあえず、完結。

「兄さまも人が悪い。最初からそう言ってくだされば、サハルものような結論に至らずに済みましたのに」


恥じ入っているサハルを庇うように、エヴァはウィリアムとの会話を再開した。


「そうか?お前は分かっていたように見えたがな」

「時計もなく、太陽を見えない状況で、ウィル兄さまが何らかの確信を得ていたと言われたのですから、それ相応の理由があるのだろうことは想像がつきましたし、”火事そのもの”は見えなくても、”火事の原因”は見えたというのはありそうなことだと思えました。ただ、本当に火事の原因は落雷なのですか?」

「さてな、俺はその場にいなかったのだから確かなことを言えないよ。ただ、複数の村人が落雷の直後に、屋敷から火の手が上がるのを確認している。当時、周辺では小雨が降っている程度だったようだから、見間違えの線は薄いだろう」


放火の可能性はやはり低いか。エヴァはまた1つ結論の選択肢を減らした。むろん、落雷に合わせて放火を行った可能性はゼロではないが、計画的な犯行という前提からすれば、いかにもチグハグな印象は否めない。

加えて、ヤーナの処遇の問題もある。仮に替え玉を立てれば当場は凌げるかもしれないが、領主の屋敷を燃やしてしまえば、死んだはずの娘を隠し続けるのが相当に困難なことは容易に想像がつくはずだ。

本当に実の娘を死に追いやったという線もあるにはあるにしても、予言を信じさせるだけなら、娘か屋敷のどちらかを犠牲にすれば十分なのだ。領主からすれば屋敷も娘も自分の財産である。聖地をでっちあげて一山当てようとしている男が、わざわざ自分の財を無駄に減らすような愚を行うとは、エヴァには到底思えなかった。


「天気というのは本当に恐ろしいものですね」


エヴァのそんな他愛の無い感想を苦笑で流すと、ウィリアムはあらためて自分の前にある青い瞳をじっと見つめた。


「それで?エヴァ、そろそろお前の答えを聞かせてくれないか」

「お話を聞いた限り、イリアには──」


促されるままに自分の結論を口にしながら、エヴァは己の出した答えに未だ確証が持てなかった。与えられた条件から導き出されるあらゆる可能性の中で、その結論が他のものと比べても何千倍も確かだと思っているにも関わらずである。

何か見逃した要素があるのだろうか。エヴァは丹念に、丹念に、刹那の狭間でウィリアムの発言の全てを何十回にも渡って改めて再検証した。

そこから導き出される結論は、やはり今がエヴァが口にしようとしているものと同じだった。


「特殊な能力が──」


これで間違いはないはずだ。エヴァは視線の端で、サハルが自分の方を不安げに見ているのを認識して、多少の苛立ちを覚えた。己が使用人の中に己の気持ちが映りこんでいることに気づいたのだ。


ありえないものを全て排除した先にあるものこそが、どれほどありえなさそうに思えても、疑いのない答えなのだ。


本当に?


その瞬間、エヴァンジェリン・グッドフェローは1つの答えの代価に、何かを失ったのかもしれなかった。


「存在するか、あるいは、ウィル兄さまが全くの虚偽を述べられているか、わたしには確証がもてませんでした」

「俺がエヴァに嘘をつくと?」


抜け落ちて能面のようになったウィリアムの表情を確認して、エヴァは自分の得た答えが間違っていなかったことを知った。


「そうは思いません。ですが、お話だけを考慮に入れれば、イリアという少女の実在とウィル兄さまの虚偽は、どちらも同程度のありえそうなものだということです」

「そうか」


ウィリアムはエヴァの金の髪に自分の手を伸ばそうとして、それを宙で彷徨わせると、最終的に目の前に座っている愛しい相手の前に指し出した。


「やはり、最後に遊ぶならお前がいいな」


それが男の最高級の賛辞であることが、エヴァには痛いほど分かっていた。それは彼女がもしかしたら十年以上前からなりたかったもので、目の前に出されて手を取れば、それが叶うことは明らかだった。


エヴァはその手を取らずに、ただ自分の小指と相手の小指を絡め合わせた。


「約束をしましょう、ウィル兄さま。もし面白かったら、最後と言わず、またわたしと遊んでくださると」


虚無を映し込んだような男の顔が、その場にいる誰にも認識できないレベルながら少しだけ崩れた。


「そうか、では楽しみにしているよ」


是とも否とも言わず、ウィリアムは腰を持ち上げると、まるでそれが当然の作法であるかのように走っている馬車から身を乗り出した。彼は場所の出入口の(ふち)を掴んで、片手でその巨体を支えたまま、屋根の上にくくっておいた上着とかつらを回収すると、そのまま外へと身を躍らせた。


しばらくしても、馬車の後方からは何の音も響いたりはしなかった。


「サハル、ウィル兄さまを殺せるかい?」


世話話のような気軽さで放たれた主人からの問いに、サハルは慎重に言葉を返した。あの巨体でありながら、先ほど見せたような曲芸じみた動きを軽々と行う対象である。加えて、かつて一度だけ見たことがある男の武は、まずもって極上と称するべき次元に達していた。


「兄と共々、挑めば、腕の一本なら奪えるかもしれません」

「そう、なら安心だね」


何がでしょうか。サハルはそう問いかけそうになって、ギリギリのところで自重した。主人が浮かべている心の底からにじみ出ているよう歓喜の笑みを乱すことは、使用人としての矜持に反したからだ。


「心配することはない。結局のところ、ウィル兄さまが今日お話になられたことは、その全てが(うそ)だったのだから」


サハルはその言葉に黙って頭を下げたのだった。


───

──


少女は、時計台の下にある公園で一人の男を待っていた。特にすることがない彼女は、いつものようにぼんやりと雲の動きを眺めていた。彼女の出来ることいえば、それぐらいしかないのである。

しばらくして、少女の頭上で12時を告げる鐘の音が、荘厳に鳴り響いていた。


正午。それが男が少女に告げた約束の時間だった。


「あっ」


少女は視線を空から地面に戻すと、すぐに男の姿を公園の中に認めた。

男の姿が特徴的だったからではない。男は確かに少女が首が痛くなるほど見上げなくてはいけない巨躯だったが、現在は腰を丸めて歩いているせいで、公園にいる他の紳士たちと比べて身長的に目立つところがあるわけでもなかった。

ただ、轟々と鳴り響く鐘の音の下で、誰もが時計塔へと注意を向ける中、そんなもの存在しないかのように歩き続ける人間が、一人しかいなかったというだけの話である。


少女は、男に駆け寄ると、男の太い腕に自分の両手をからめつかせた。

その少女の姿に何を思ったのか、男は珍しく、空いている方の手で少女の頭を一度、二度と優しく撫でる。


「イリヤ」


白銀の髪を黒く染めた赤目の少女は、その呼称が何なのか分からず、ただ首を1つ傾げると、思いついたように口を開いた。


「おじさま、明日の天気はきっと雨だわ」


熟練の漁師が雲と空気の湿度の具合から行う極めて確度の高い天気予報を、イリアは10に満たぬ頃から自分のものにしていた。それは彼女を育ててくれた漁師の教えもあったが、それ以上に遊び相手をもたぬ孤独な少女が、ただひたすらに空を見上げ続けた果てに手に入れた力だった。


「そうか、なら傘を用意しなければな」


男の言葉に、小さく頷き返しながらイリアはいつものように褒美をねだった。それは二人が一年前に始めて出会ったときから続いている慣例のようなものだった。


「おじさま、また魔女のお話を聞かせて」

「イリア、お前はほんとうに御伽噺が好きだな」


イリアと呼ばれた少女は、あるいはそれが自分の「名前」なのだろうかと思い、しかし、それを確認する勇気がなかった。


男はそんな少女の機微を察して、その黒に染まった髪をやさしくもう一度撫でてやった。最後は「名前」の通り、焼いてみるのも一興だろうと、そんなことを思いながら。


「ミザールには一人の魔女がおりました。その魔女は、人の言葉から真実を引きずりだす、魔法の力を持っていました──」


ウィリアムは吟遊詩人もかくやという調子で1つの御伽噺を語り始めたのだった。




5篇目は完全に作者の趣味です。まっ、日本でミステリを読んでると、こういうのにかぶれるよね。とかその程度のものに過ぎませんけど。


最初はもっとSFの巨匠を怒らせる方に振ろうかとも思ったのですが、オカルトをありにすると色々とぶれそうなので、こういう形にしました。

条件の限定がゆるくて、他の結論も許容できそうな印象が割とするので、誤字脱字の類も含めて、そこら辺をその内いじるとは思いますが、トリックとしてはこれですね。安楽椅子探偵もので4篇やって、その前提を否定してみるという、そういう遊びでございました。


全体として15篇からなる予定で、次の五篇が「盤上の友」を構成するとか、六篇目を「人の死なないミステリ」にしようとか、ぼんやりとした見通しだけあって、どうせ書いてもすぐに行き詰まるのが目に見えているので、とりあえず完結とします。

早くても1,2ヶ月は再開しないと思いますが、半年以内にはまた始めるつもりなので、そのときは読んでくださると、作者としては嬉しいです。


次は、筆者の異能ものの才能がないようなので、ちょっと搦め手でもしようかなと思ってみたり。

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