伝染病(1)
その後。血まみれの怪我人を二人診察室に置き去りにして応接室でお茶会が始まった。
フロルはさっきの怪我人達が気になって気になってしょうがないのだが、マクシミリアンとマクシミリアンの母は気にしている素振りもない。温かいティーカップを挟んで微笑みあっている。
こうやって見るとマクシミリアンと母親も顔がよく似ていた。父親と瓜二つだと思っていたが、母親とも顔がそっくりである。
つまり父親と母親の顔も似ているのだ。
そう口にしたら。
「私とナインハルトは従兄弟同士だから。」
とマクシミリアンの母親は言った。
「ロイスティーネ・ツヴァイクよ。ロイスって呼んでちょうだい。こんにちは。あなたはマクスの部下かしら?それとも第一隊隊長さんの部下?」
「自分の部下です。」
とユリウスが言った。
現在、応接室内にいる新緑騎士団員はマクシミリアンとユリウスとフロルだけだ。
他の隊員は巡回に出ている。プライベートな話をするわけだからユリウスが追い払ったのだ。そもそもフロル達は今現在巡回時間中なのである。
「フロレント・ミゼルです!」
とフロルは元気に挨拶をした。
「やーん、可愛い!あなたのお母さんは幸せ者ね。生まれて来てくれただけで尊いってタイプだわ。さあさあ、お菓子も食べなさい。はい。そちらの隊長さんも。」
「母上、その件なのですが。ここにいるフロルの母親が母上って事はありませんか?」
息子の発言にロイスティーネはクッキーをかじりながら目を丸くした。
「えっ?どういう事?」
「実は僕とフロルが双子だったとか?」
「そうだったら素敵だけどそれはないわねえ。マクスは一人で生まれて来たわ。なんでそんな事を聞くの?」
「フロルの双子の兄弟が、新緑騎士団にいるらしいんです。それで、それが僕という可能性はないかな?と。」
「は⁉︎そういえば私、双子の男の子達を生んだような気がするわ!」
「・・母上。」
「ごめんごめん。不謹慎な冗談だったね。私が生んだ子供は、マクスあなた一人だけよ。」
まあ、そうだろうと思っていたので別にフロルはがっかりはしなかった。どちらかと言うとこの底抜けに明るいロイスティーネと、クールなナインハルトがどういうきっかけで子供を作るに至ったのか?という方が気になっている。
だが、初対面の相手にそんなセンシティブな事を聞けるわけもなく、しかしロイスティーネはフロルの事情をぐいぐい聞いてきた。
なので正直に、両親を亡くした後父の知り合いから双子の兄弟がいるらしいという情報を聞いた。と言っておいた。
「フロル君のご両親っていつ亡くなったの?」
「五年前です。伝染病で。」
「で、その時騎士団にお兄さんはいたのね。そうなるとフロル君のお兄さんは創設期のメンバーにいるわけだ。でも、けっこう辞めたメンバーもいるわよね。」
「そうですね。」
正確にはフロルの兄弟は、二年前の『新緑騎士団事件』のメンバーの中にいるのだが、フロルはその辺りの事は適当にお茶を濁しておいた。
マクシミリアンが双子の兄弟ではないのは確実だし、正確な情報が噂になるのは困るのである。
その後、なんという事のない世間話をした後ロイスティーネは立ち上がった。
「そろそろ様子を見に行かないと患者が死ぬかもしれないので私は失礼するわね。三人はゆっくりして行って。」
そう言って応接室を出て行った。
と言われても本当にゆっくりするわけにはいかない。フロル達もソファーから立ち上がった。
「フロル、玄関は逆だよ。」
廊下に出てあやうく逆方向に歩き出そうとしたフロルにマクシミリアンが言った。
「あ、すみません。」
「ううん。こちらこそごめん。期待させるような事を言ってしまって。本当にすまなかった。」
「そんな・・別に・・・。」
その時である。廊下の先の部屋から怪鳥音が聞こえて来た。フロルはぎくっとした。先程の男性患者達の声ではない。そもそも聞こえて来た方向が診察室とは逆の方だ。
「な・・何ですか、今の?」
「・・梅毒は精神にも作用する病気だから。」
淡々とした声でマクシミリアンが言った。
「・・・・。」
「行こう、フロル。薬を塗ってあげられないなら傷口に触ってはいけない。母上の口癖だ。」
「・・・はい。」
フロルの安易な同情心をマクシミリアンは見抜いたのだろう。マクシミリアンの言う通りなのだ。フロルにできる事は何もない。そして、声を出した人は路上で行き倒れているわけではない。入院していて、ふさわしい治療を受けているはずだ。
ロイスティーネはああいう性格の人だが、医者としての腕は良いし誠実な人なのだと思う。あれだけ怒鳴りつけられて尚治療を受けたいとあの患者達が思う医者なのだ。
病院は清潔で、変な匂いもしない。何人か看護婦もいる。ここは王都でも特に訳ありな人達が住む地域なのだろうが、この病院はその中にあって聖域なのだ。
兄弟探しには何の進展もなかったが、ロイスティーネと知り合えた事は無駄ではなかったと思う。
短い時間しか話していないけれどフロルはロイスティーネが好きだと思った。本当にあの人が母親だったらどんなに良かっただろう。
フロルがそう考えていた時。
「大変です!」
と言いながら、新緑騎士団第五隊の人達が駆け込んで来た。
「どうしたんだい?」
とマクシミリアンが聞く。
「先生はいらっしゃいますか?急患です!」
「急患?どこに?連れて来てないのかい。動かせないくらいひどいの?」
「同時多発的に複数人に症状が出たんです。おそらく、伝染病です!」
フロル達三人は息を飲んだ。
悪夢の始まりだった。




