ローゼンリール家の屋敷(2)
エーデルガルトの発言をアレクは意外に思った。
高位貴族の中には目下の者を人とは思っていない人間も多い。だがエーデルガルトはそう思ってはいないようだ。
「忠誠を誓った者の為に死ぬ事も仕事の内だと考える者は一定数いますよ。」
「カイト殿は騎士団の隊長なのだろう。部下は自分の為に死んで当然と考えているのか?」
「いえ、自分にとって部下は守るべき存在です。」
「その発言が本心ならおまえの部下は幸せだ。」
エーデルガルトは片頬だけつり上げて笑った。
「燃やされたという屋敷の事ですが。」
アレクは話題を変えた。
「フロレントの話では、内装がシックでとても上品だったそうです。その発言に違和感を覚えました。かの女性は『上品』という言葉があまり似合わない人なので。」
「上品の定義は人それぞれだぞ。」
「確かにそうですが、フロレントの感性は自分とそれほど違っていないのです。」
「ふうん。」
「姫君は、かの女性を犯人と決めつけて証拠を探しているようですが、一旦その考えを白紙に戻しませんか?」
「無礼者!エーデルガルト様が間違っていると申すのか⁉︎」
とイルムヒルトがキーキー声で怒った。
「イルム、良い。カイト殿の話を聞こう。」
「姫君には父上と継母以外どのようなお身内がおられるのですか?」
「はて、会った事ないな。父方の祖父母はすでに鬼籍に入っているし、父上の姉妹は女ばかりで皆外国に嫁いでいる。」
「姫君の母方の親族は大多数亡くなられたと聞いておりますが、生きておられる方もおられるはずです。その方達はどちらに?」
「最後の公爵の母親の事を聞いているのか?あの女は王都で余生を過ごしたが、自分は誰かに毒殺される。と思い込んで食事が食べられなくなり餓死したと聞いている。」
「そうなのですか?」
「母方の祖母とは一緒に郊外の別荘で暮らしていたが、祖母も二年前に亡くなった。」
「それはお悔やみを申し上げます。どのような祖母君だったのですか?」
「過去しか見ていない人だったな。」
抑揚の無い声でエーデルガルトは言った。
「僕が物心つく頃には、夢と現実の境がつかなくなっていてな。僕の事を死んだ息子だと思い込んでいた。その時々で長男と次男別々の名前で呼ばれたよ。僕が女らしい言葉でしゃべったら『男子がそのような言葉使いをするとは何事です!』と言われてぶたれてな。」
「・・・・。」
「まあ、祖母君もな。可哀想な方だったわけだから。でも正直、死んでくれた時はほっとした。」
可哀想なのはこの方だろう。とアレクは思った。
アレクにも人並みの想像力があるから、エーデルガルトの人生が苦労に満ちたものだった事は理解できる。父も継母も祖母も婚約者も誰一人として彼女に寄り添っておらず、むしろ毒のような存在なのだ。
ついでに言うと、侍女達もだ。侍女達はエーデルガルトを守っておらず、むしろエーデルガルトに依存している存在だ。
そんな侍女達をエーデルガルトは盾となって守っている。
まだたった十三歳だというのに彼女はその辺りの大人達よりよっぽど大人だった。優しさを知らないはずの彼女はとても優しい人だった。
「あった。」
とエーデルガルトはつぶやいた。喜びより戸惑いの方が大きな声だった。
「財産目録に項目があった。『白葡萄荘』と名前が載っている。けれど白葡萄荘は王家から下賜された物じゃない。父上の母方の祖父から父上が相続した物だ。」
翌朝目を覚ましたフロルは、顔を洗うより先に窓を開けて鳩のポーポーを飛ばした。
「鷲や鷹に気をつけるんだよ。」
と飛び立つ姿に声をかける。それからドアの前のバリケードを解除した。
朝食はユリウスやヴェルギール達皆と一緒に食堂でとり、今日の予定を話し合った。万が一、また何者かの襲撃を受けバラバラになった時の為に待ち合わせ場所を決めておく。
「ルリさんの住んでいる村は、入り口から入ってまっすぐ北へ行くと大きなオリーブの木が生えているんだ。ルリさんの家はそこから林檎の木が生えている道をまっすぐ行ったところにある。だからオリーブの木を目印にしよう。」
とシュテファンが提案した。
また、えらくわかりにくい目印だな。とフロルは思った。
フロルはオリーブの木を見た事がない。もしかしたらグリューネバルト家のだだっ広い庭に生えていたかもしれないが記憶に無い。
もし、みんなとはぐれたてしまったとして無事辿り着けるだろうか?と不安になった。
部屋に戻り、クークーに水とご飯をフロルはあげた。ヴェルの体調に配慮して出発は昼からという予定にしている。
そして昼ごはんを食べて宿を出て二時間ほどで、また襲撃に遭った。




