柑橘系の香
エーデルガルトとアレクが出て行った後。
フロルはユリウスとオーラフに説明を求められて、ローゼンリール家の別荘であった事を詳しく話した。
「なので犯人は執事さんなのだろうと思いますけれど。」
「母親を名乗る人間には会わなかったのか?」
「会っていません。漠然とそう感じただけなのですけれど、他の人の気配は屋敷の中にはなかったです。」
「そうか。」
とユリウスは重い口調で言った後
「実は、ここへ来る途中にその別荘に寄ったんだ。役人が大勢いて別荘の周りには近づけなかったが、別荘の中からは男性が一人死体で発見されたそうだ。」
と言った。
「え!まさか⁉︎」
「おそらくその執事なのだと思う。」
「役人は、その日屋敷に若い男が二人訪ねて来た事を既に調べていた。そしてその二人の方を放火犯として探していた。」
「えーーーっ!」
世界中のどこでもそうだが放火は重罪だ。国によっては犯人を火刑にする事もあるくらいだ。ルーカスとクリスティーネに連れられ街をすぐに離れられたのは、フロル達にとってとてもラッキーな事だったようだ。
話しているうちにアレクが戻って来た。
「いつの間に忠誠の対象を変えたんだ?」
とユリウスが彼には珍しく嫌味を言う。
「伯爵夫人に面会できるならしたかっただけだ。だけど面会はできなかった。修道院にお戻りになったらしい。その代わり、ルーカス・アイゼナッハ卿から話を聞いて来た。どうした、フロル?顔色が真っ青だぞ。」
「私達が放火犯だと思われているとユリウス様からお聞きして・・・。」
「一応聞くが、おまえらが火を放ったわけではないのだよな?」
「違いますよ!」
フロルが大声を出したからだろう。眠っていたヴェルが目を覚ました。
「あれ・・オーラフ。ユーリにアレクも来てくれたのか?」
酔いがだいぶさめたらしい。先ほどより口調がしっかりしている。
「なんか、ユーリに首を絞められる夢を見た。」
夢ではないのだが、誰もつっこまなかった。
「それは怖い夢ですねえ。ヴェル様、お水どうぞ。」
と言ってフロルはヴェルに水を飲ませた。
その時だった。
アイゼナッハ夫人がノックをして部屋に入って来た。
「クローゼ殿、お目覚めでしたか?ご両親と弟さんが王都から駆けつけて来られたそうですよ。」
「えっ⁉︎」
と言ってヴェルの目が左右に泳ぐ。
「お目覚めのようですので、すぐお呼びしますね。」
「親父にバレたかー。めんどくさい事になったな。」
ヴェルギールはそう言って深くため息をついた。
ヴェルギールが言ったよう確かにめんどくさい事になった。
駆け込んで来たヴェルの父親は、ヴェルに抱きついておんおんと男泣きに泣いたのだ。
養母のハンネローレと弟のシュテファンも引くような勢いでだ。
「二年前の『あの事件』から解放された後もヴェルの家族が一番暑苦・・優しかったものな。」
アレクが言葉を選んで言った。
そんな父親を見ながらフロルは「似てないなあ」と思っていた。
いや、情に深くて感情が態度やくるくると表情に出て来るところは似ているのだが、外見的にはヴェルと父親のレオンは全く似ていなかった。ヴェルはシュッとした体型なのだが、父親は体に厚みのある筋肉質な体型をしている。髪も金髪で顔つきも逞しくまさに名前通り獅子の如き雰囲気だった。
「親父、いい加減離れてくれ。」
とヴェルはそんな父親に塩対応である。
「まさかと思うけど、母上やシュテファンを怒ったりとかしてないだろうなあ?」
「旦那様はただただ、旅の間もずっとあなたの事を心配しておられたんですよ。」
ハンネローレが目頭をハンカチで押さえながら言った。
「クローゼ卿。」
アレクが横から口を挟んだ。
「第三者が口を挟む事ではないかもしれませんが、それでもあえて言わせてください。」
そう言って、アレクはヴェルの側に立った。
「ヴェルギールの行動に軽はずみなものがあった事は確かだと思います。しかし二年前、母親を名乗る人物から手紙が来た時もっと話し合いができていたなら今回の事は起こらなかったらのではないでしょうか?そもそも、どうして二年前、届いた手紙が偽物だとわかったのかお聞きしても構いませんか?」
「手紙から、懐かしい香りがしたのだ。」
ハンカチで涙を拭いながらレオンは言った。
「あれはアデルリーナの香水の香りだった。」
「アディ様の?」
とヴェルギールが言った。『アディ様』というのはヴェルギールの家の東館に住んでいるレオンの愛人の名前だ。
「いや、アディではない。今の国王陛下が王太子だった頃大学都市の大学に行っていた事があってな。父さんは護衛として同行したのだが、その時に知り合った女性なんだ。僕は彼女を『リーナ』と呼んでいた。リーナはエルネストロート領からやって来ていた学生で、父親が医者だったという事で医学部に通っていた。エルネストロート領はベルガモットの一大産地でリーナはいつも柑橘系の爽やかな香水をつけていた。エルネストロートの女性は、母から娘へ代々香水のレシピを引き継ぎ誰もが柑橘系の香水を身にまとうらしい。二年前に届いた手紙も、おまえが入れられたバスケットの中のメモ紙からも、リーナがつけていた香水の香りがした。」
そういえば、エーデルガルト姫君からも、侍女のイルムヒルトって女性からも、柑橘系の香水の香りがしたな。とフロルは思い出した。
ただし同じ柑橘系でも、二人の香りはだいぶ違った。イルムヒルトの香水は蜂蜜のような甘い香りがして、エーデルガルトの方はミントのような爽やかな香りが混ざっていた。
「だけど、リーナと僕はただの友人だった。だから僕の子供を彼女が生んだはずはないのだ。」
「本当に?香水の香りまではっきりと覚えているのに?」
じとっとした声でヴェルが聞く。
「父さんはその頃リーナの親友のアデルリーナと付き合っていた。彼女の事は『ルリ』と呼んでいたんだが。親友同士の女性二人と付き合ったりなんかしない。」
「親友同士二人ともアデルリーナって名前だったのか?」
とヴェルが聞く。
「二人が生まれた年、エルネストロート侯爵の弟に娘が生まれてその子が『アデルリーナ』と名付けられた。なので、エルネストロート領ではアデルリーナという名前が流行っていたんだ。『アディ』の母親も旧エルネストロート領の出身だったからな。」
と父親は答えた。
話を聞きながら、フロルは胸が痛くなった。
その『リーナ』という女性がヴェルの母親なのだとしたら、ヴェルはレオン卿の子供ではないという事だ。
それを理解したからだろう。ヴェルの顔色は悪かった。
「ヴェル。言っておくが、おまえの母親がおまえを殺そうとしたのかどうかはわからない。おまえ達が火事に遭った『白葡萄荘』はローゼンリール家の別荘だったんだ。」
とアレクが言った。その言葉にレオンが息を飲んだ。
「あの女狐の・・・。」
ヴェルは小さな声でつぶやき
「少し一人にしてくれないだろうか?」
と言った。
今まで壁際で空気に徹していたアリーセが進み出て来て
「まだご子息は体調が本調子ではありませんので。」
と言い全員に出て行くよう促す。
フロル達は外に出てヴェルの家族と新緑騎士団とで別々の応接室に入った。
「そういえば、侯爵令嬢はどこへ行かれたのですか?」
とフロルはアレクに聞いた。
「一度ローゼンリール領に帰ると言って支度をしておられる。殺人未遂と放火の犯人は執事だが、黒幕がいるはずだ。それを調べる為執事の身元を調査するらしい。ただ、ローゼンリール領へ戻るのは危険だそうだ。それで、私に護衛をするよう言って来た。私は一緒に行こうと思う。」
「アレク様。」
「私自身がヴェルとフロルを殺そうとした犯人を知りたいからだ。そして犯人には法の裁きを受けさせたい。」
そう言ってアレクはフロルの顔を見た。
「フロルも来るか?」
フロルはぶんぶんぶんと首を横にふった。あのお姫様の前に顔を出すわけにはいかないのだ。
「え・・と、私は、リーナさんについて調べてみます。クローゼ卿に聞いたら居場所とかわかるかもしれません。それで、本当にそのリーナさんがヴェル様を捨てたのか問いただしたいです!」
「自分も同感です!」
とずっと黙っていたオーラフが言った。
「フロレント君。一緒にリーナという女性を探そう。」
「ユーリはどうする?」
とアレクが聞いた。
「フロルとオーラフを二人で行動させるわけにはいかないからな。リーナという人を探そう。」
「俺も。」
とドアの側から声がした。開いたドアの側にヴェルが立っていた。
「その母親かもしれない女に会って、問い詰めてやる。どういうつもりで俺を捨てたんだってな。」
「体調はもう大丈夫なのか?」
とユーリが聞いた。
「問題ないね!」
とヴェルが答える。その表情はいつものヴェルだった。
彼がまた笑ってくれて本当に良かった。フロルはそう思った。




