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第50話:修行&逃避行(2)

 『しゅーーーん!そこを動くな!』


 「ひっ、姫!?」


遠く離れていてもヴァネッサの鬼気迫る気迫は瞬へと届いた。

迫りくるヴァネッサに焦りを抱いた瞬は、首を左右に振って隠れられる場所を探し、目についた場所へと咄嗟に隠れた。


 「・・・おい」


 「は、はい?」


 「それで隠れたつもりか?」


呆れ顔で言うロビン。

瞬が隠れたのは傷が癒えたロビンの後ろだった。

彼の背でマントの裾を掴みながら、小動物の様に震える瞬は見上げてロビンの顔を見る。


 「駄目ですか?」


 「駄目だろうな」


 「ですよね・・・」


諦めてロビンの背中から出た瞬の前に、土煙を上げて馬が滑る様に止まった。

その背に跨っていたヴァネッサは背を足場に飛び上がり、瞬の前へと降り立った。

毒を飲まされた事も影響しているが、それよりも目の前で無言で怒りの表情をしているヴァネッサに瞬は怯え、言葉も出ないうちに両肩を力強く掴まれて揺さぶられる。


 『黙って出ていくとはどういうつもりだ!』


 『い、いや、その、ええっと』


瞬の眼はあらぬ方向を泳ぎ続け、一度としてヴァネッサと眼は合わせないが、逃げ場がない以上最後には合わせるしかなかった。

ちょうどヴァネッサの苛立ちも吐き出されたのはタイミングが悪かった。


 『はっきり言え!』


面と向かって叫ばれ、気圧された瞬は声量も低く喋り出した。


 『すいません!じ、実は生まれついての持病で、治療に城を抜けだした、んです?』


 『・・・何故聞く?いや、それよりもどうして言わなかった!?言ってくれれば私も手を貸したと言うのに!』


 『い、いや、治すのが難しい病気で、えっと、そう!彼じゃないと治せないんです!』


瞬が視線をロビンに向けると、ヴァネッサと遅れてきたアンガスの視線がロビンに移る。

いきなりの無茶ぶりにロビンはため息しか出ない。


 「はぁ・・・この下手糞め」


 『?・・・失礼だが、貴方は医者か?』


怪訝な顔で問いかけるアンガスにロビンはどうしたものかと瞬の顔を見る。

お願いします!お願いします!

瞬は心の中で必死に懇願し、彼にしか分からない様サインを送る。

目配せをする瞬の顔からロビンも嘘に付き合ってもらいたいのは大体理解したらしく、アンガスの問いに頷く形で答えた。


 『残念ながらそうだ。ロビンという』


 『残念って・・・ええと、ロビン殿ですか。私はアンガスと申します。それと彼女は』


ヴァネッサを紹介しようとするアンガスをロビンは手で制して止める。


 『知っている。ヴァネッサ・イーグランド、イーグランド王国の姫だろ?』


二人へと軽く微笑みかけるロビン。

そんな彼とは裏腹に二人に衝撃が走り、アンガスはすかさず体を硬直させながらも腰に携えた剣へと手をかける。

今にも襲いかかりそうなアンガスだが、ロビンは焦る様子もなく、落ち着いて再び手で制した。


 『そういきり立つな。俺が旅の最中にたまたま見た事があるだけだ。城下にも簡単に出てくるお転婆姫と聞いているしな』


 『お、お転婆だと!?貴様、姫様に何という侮辱を!』


 『止まれ、アンガス。本当の事だし、気にするな』


 『ちょっと!姫様!?』


 『それにだ』


 『え?』


 『・・・おそらく雰囲気や佇まいからして今まで出会った事が無い程の使い手だ。私でも敵うか分からん』


真剣な眼差しでロビンを睨みつける様にヴァネッサは言う。

その様子にアンガスも本当なのだろうと知らず知らずに唾を呑みこみ、今までの彼を見る目も次第に変わる。


 『まぁいい、この者でなければ治療できないと言うなら二人とも城に来るといい。しっかりもてなして』


 『お断りだ。人が多い賑やかな所は嫌いだ』


 『なっ!?姫様の誘いまで断るか!』


憤慨するアンガスに対し、ロビンの態度はまるで変わらない。

ヴァネッサも落ち着いた様子だが、一番胃が痛くなりそうなほど気をまわしていたのは瞬だった。

と言っても両肩を掴まれたままであるために身動きはできず、一色即発の雰囲気を青ざめた顔で見るしかできない。


 『どうしても城に来いと言うならこいつだけ連れて行け。俺は絶対に行かん』


 『えっ!?そ、それは困りますよ、ロビンさん!』


慌てふためく瞬の前でヴァネッサは小さく息をついた。


 『・・・つまり、二人とも来れないと言う訳か』


残念そうに頭を項垂れる彼女。


 『あ、い、いえ、闘技大会までには戻りますから』


 『・・・本当か?』


 『勿論ですとも』


ヴァネッサは顔を上げて、今までの沈んだ表情から打って変わって明るく笑顔を見せる。

輝く様な笑顔に瞬の心臓は大きく脈打ち、ずっと見ていたいとまで思わせ、釣られた様に瞬まで笑顔を浮かべてしまう。

ただ、それも一瞬の事だった。

彼女の次の一言に瞬どころか、その場の全員が固まる事となる。


 『じゃ、私もここに留まろう!』


 『『『・・・・・・・・・はっ?』』』


 『私もここで剣の腕を磨く事にする。闘技大会までに瞬と戻るからな。アンガス、お前は城に戻って着替えなどを取って来い。よろしく頼むぞ、ロビン殿』


 『おいおい、お嬢ちゃん、それはいくらなんでも』


呆れたように止めようとしたロビンを置いて、アンガスがヴァネッサに詰め寄る。

その鬼気迫る迫力に瞬は逃げる様に後ずさるが、まだ掴まれている以上逃げられもしない。


 『駄目ですぞ!姫様!一国の姫が外で泊まり込むなど!』


 『堅い事言うな。ちょっとした修行だ。いいから、さっさと戻って着替えと食料を持ってこい』


 『聞いてください!こんな場所で泊まるなど野宿しかないんですよ!?野宿などされた経験もありませんよね!?野生の動物が襲ってくるだけじゃなく、盗賊も出るかもしれないんですよ!?それに瞬や私は良いとして、こんな得体の知れない者と野宿したとなればお叱りを受けます!?私もクビになるだけじゃなく、牢屋送りです!』


 『心配しなくても私が口を利いてやる。それとお前は帰れ、城の仕事があるだろ?』


 『そんな!お一人でなんていけません、姫様!』


 『うるさい、野宿ぐらい経験してもよかろう。それとも何か?力づくで私を止めるか?』


途端にヴァネッサの雰囲気が一変する。

放たれる威圧感にアンガスの言葉は強制的に止められ、まともに言い返す事もできない。

本気でやれば確実に負けるのが分かっているアンガスには、最早、ヴァネッサを素直に城へ帰らせるのは難しかった。

彼も一度は引き返すしかなかったが、そこで思わぬ援護射撃が入った。


 『姫、帰った方がいいですよ。アンガスさんの言う通りです』


 『俺も同感だな。というより足手まといはこいつだけで十分だ』


 『ロビンさん・・・』


 『ふむ、それなら足手まといかどうか試してみるか?』


項垂れる瞬からようやく手を放したヴァネッサはそのまま手を剣に添える。

すかさず止めに入ろうとしたアンガスだったが、叫ぼうとした所で黒目が白目に変わり、一声もあげないまま意識を失ってしまう。

地面へと倒れるアンガスの後ろにはいつの間にかロビンが立ち、首に手刀を放ったのか指先まで伸ばした腕が胸まで上がっていた。


 『また叫ばれるとうるさくてかなわん。・・・さて、お嬢さん、やるならやってもいいが結果は分かりきっている。それでもやるのか?』


 『強いのならばむしろ好都合。その方が挑みがいもある!』


 『姫、止め』


瞬の言葉など聞こえていないかのように、ヴァネッサは腰に携えた鞘から細身な体には似つかわしくない大剣を抜く。

アンガスが使ってもおかしくないほどの刃渡りを持つロングソードを正眼に構え、ロビンを真正面に見据える。

口出しできない真剣な雰囲気になってしまった彼女へ、瞬は既に口を挟んで止める事は出来ない。

唯一止められるのは相手となるロビンのみだが、瞬がチラリ見た時、彼は既に背中で隠しながら小剣を作り出していた。

ああ、あの顔はもう駄目だ。

今か今かと楽しげに待ちわびる彼の表情で止める事を諦めた瞬は、ロビンはともかく、姫には怪我がない様祈りながらアンガスの体を引きずって後ろに下がった。


 『何時でも来い。軽く相手してやろう、お嬢ちゃん』


 『その言葉を後悔させてやる、いくぞぉ!』


常人なら圧倒されるだけの気迫を放ちながらヴァネッサは俊敏に距離を詰め、彩られた装飾は少ない実戦向きである愛剣を薄ら笑いを浮かべるロビンへと振るった。





 日は沈みかけ、夕闇が街を覆う頃、アンガスは自宅へと戻っていた。

ようやく落ち着ける自宅へと戻ったにもかかわらず、その表情は暗く、親しい友人であったとしても声をかけ辛い程に雰囲気は重苦しい。


 『どうしたらいいんだ・・・』


重い足取りで椅子に腰かけると重力に負けた様に思いため息をつく。

今の彼からすればこれから先に何が起こるか分かったものではなく、どうなったとしても悪い方向に進む気しかしなかった。

それも問題だったが、一番の問題と言えば。


 『姫様が野宿だなんてどう報告すりゃいいってんだ、くそ!』


彼は城への報告する内容にほとほと困り果てていた。

彼がアーリア湖で目を覚ますと既に日は高く、辺りには人気はなかった。

そう、一緒にいたはずのヴァネッサや瞬、そしてロビンの姿はどこにも見当たらなかったのだ。

代わりに彼の隣に置き石された紙があり、拾い上げた紙にはロビン達に同行して闘技大会まで修行する旨の内容が綴られていた。

最後にサインがあったため、間違いなくヴァネッサが書いたものだった。

彼は即座に叫びまわって探してはみたものの、アーリア湖とその周りを覆う山々は余りにも広大であり、一人で捜索出来る範囲などたかが知れている。

止むなく彼は引き揚げてきて今に至るが、報告しようにも連れ戻す人手を募ろうにも姫が野宿している事実を言わなければいけない。

今は王様が床に伏せているため、報告するのは代わりに国を取り仕切っているエドガーとなる。

相手がエドガーになる事を考えた彼は、無意識にまた大きなため息をついた。


 『エドガー様に報告・・・、絞首刑か磔か、よくて禁固刑か・・・』


一応、置いてあった紙には彼を罰しないようヴァネッサのお願いが記述されていたが、そんなお願いがどこまで通じるのか定かではない。

何せ、エドガーはこの国の将軍でもあるのだから。

大抵の事には物怖じしないアンガスであっても、さすがにエドガーへ報告するのは躊躇していた。

その不安は足が震えるているのを見ても分かる。


 『・・・ええい、悩んでいても仕方ない!なるようになれ!』


悩みを吹っきる様にやけくそ気味に立ち上がった彼は、自分自身を奮い立たせて家を飛び出した。

勢いそのままに城を目指し、止めてあった馬に跨り走り出す。

付き纏う不安を必死に振りはらっているうちに城へたどり着き、彼の心臓の鼓動もまだ会ってすらいないにも関わらず、高まり続けていた。

馬を下りてすれ違う同僚に顔色が悪いのを心配されながら、エドガーが執務を行う部屋の前にまでたどり着くと心臓は破裂するのではないかと思えるほど脈打っていた。

意を決して彼はノックすると、低い声の返事が返ってきた。

間違いなくエドガー本人のものだった。

ゆっくりとアンガスはドアを開き、質素な部屋の中で机から振り向いて待ち構えるエドガーの前へと出た。

将軍だけあり、冗談など一切通じない厳格な雰囲気が漂う中、彼は膝をついて紙を差し出した。


 『なんだ、これは?』


 『じ、実はこの間から城に招かれていた東洋人、瞬が持病の治療に城を抜けだしたのですが、それを追って姫様が探しに行かれたのです。私も同行しましたが、瞬の治療をしているという医者に眠らされ、気がつくとこの手紙が置かれていたのです』


途中でエドガーの目尻が動いたり、視線が鋭くなるのにビクつきながらもアンガスはどうにか言い切った。

エドガーはアンガスを一瞥すると、差し出された手紙を無言で読んでいく。

気まずい沈黙の中、アンガスは生きた心地がしない。

早く終わって欲しいと思いながら背中に冷や汗をかいていると、エドガーの顔が上がった。


 『場所は何処だ?』


 『は?場所、ですか?』


 『お前が姫様と別れたと言う場所だ』


 『ア、アーリア湖です。湖のほとりでしたが、気がついた時にはどこにも見当たりませんでした。おそらく、その近くにいると思われます』


 『・・・そうか』


黙りこんで考え込むエドガーにアンガスの冷や汗は止まらない。

彼の頭の中で悲惨な自分の姿が一通り浮かび上がった所で、エドガーはようやく口を開いた。


 『報告は以上か?』


 『え、は、はい。以上です』


 『ならば、この件について他者への発言を禁ずる。下がってよい』


 『は、はい!・・・その、処罰は?』


 『必要か?ならば』


 『い、いえ!失礼しました』


アンガスはエドガーの気が変わらないうちに慌てて出ていく。

そっとドアを閉めると、緊張から解放されて大きく息をついた。


 『た、助かったのか・・・?』


彼はチラついていた目も当てられない行く末がなくなったのかと安心する一方で、後から来るのではないかと疑う。

とりあえず、前向きに助かったと思いこんだ彼はその場を後にした。

アンガスが去った後も壁一枚向こうのエドガーは考え込んでいた。

どうすれば、今の状況を利用できるのか、と。


 『・・・』


彼が不意に無言で振り返った先にはいつの間にかローブを身に纏った隠者の姿があった。

隠者はエドガーの言葉を待っているのか無言で佇んでいた。


 『聞いていたか?』


 『・・・』


隠者は一度だけ頷き、アンガスがいる時は内心で押し殺してはいたが、信じられない内容に今はエドガーも身を乗り出した。

今にも掴みかかりそうな彼に対し、隠者は身動き一つ見せない。


 『なぜだ!?お前の報告では毒を呑んだはずだろう!』


 『分かりません、耐性があったのかもしれません。ただ、血を吐きだした後はありました。弱った今なら仕留めるのも容易です』


 『問題はそこじゃない!奴は医者に治療を受けるようだが、医者が毒の事に気づく可能性が高い!奴が毒の付いたコップを持っていれば尚更だ!それが公になってみろ、奴は姫様を疑うだろうが魔法がある以上、他の可能性も捨てきれないはずだ。そうなれば、私までたどり着く事はなくても犯人であるお前を探してまわる事になる!私以外には誰も知らないお前の事をな!』


普段からは想像もできないほど取り乱した様子のエドガーだが、自分の事を言われているにも関わらず隠者の様子はまるで変わらない。

いつもの様にただ立っているだけだった。

それが更にエドガーの心を乱すが、机を一度叩きつけた彼は無理やり心を落ち着かせる。


 『・・・くそ!とりあえず、お前はアーリア湖に行って、奴と医者とやらを始末しろ!こっちに戻る前にな!』


 『・・・』


怒号の様な命令が飛ぶと隠者は一度だけ頷き、気がついた時には姿は消えていた。

後に残されたのは肩を上下させる程荒々しく息をし、興奮しているエドガーのみだった。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

出来れば文法や書き方、ストーリー展開で意見を頂けるとありがたいです。

お気に入り登録いただけるともっとありがたいです。


 あけましておめでとうございます。

今年もボチボチ投稿していきますので、好き勝手書いてるこの小説が皆さんの暇つぶし程度にでもなれば幸いです。

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