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第38話:アジア統括支部(4)

 迫る丸太の様な蛇の尻尾に『名無し』はその場から飛び上がり、瞬は動かずに『名無し』へと向かって麻酔針を何発か放った。

瞬へと巨大な尻尾が激突するが盾によっていなされるように弾かれ、その軌道が変化すると麻酔針と同様に『名無し』へと向かっていく。

空中で先に来た麻酔針を叩き落とした『名無し』は向かってくる尻尾へと向かって腕を出し、尻尾を掴んだかと思うと強引に押しのけて回避する。

そのまま、床に着地した『名無し』はすかさず瞬を視界へと捉える。

殺気を放つため集中し出すが、瞬は彼に対しての姿が隠れる鉄の壁を作り出す。

瞬は右手で壁を支えながら、左手で作り出した麻酔銃をニキータへと向けて連射する。

的はとにかくでかいので外すはずもない。

だが、麻酔針はニキータの蛇の鱗に当たるとまるで金属の様な音を上げながら弾かれ、まともに肉体へ刺さりはしなかった。

これでは麻酔の効果は期待できない。

その間にニキータは壁へと激突した尻尾を引っ込ませる代わりに、起こした上体が瞬へと向かって蛇のように蛇行しながら襲いかかる。

両手を振りかぶって向かってくるニキータの手からは何かの水滴が垂れていた。

素早い動きであっという間に距離を詰めたニキータは振りかぶった両手を瞬へと振り下ろした。

当然の様に盾で止められた両手だが、その背後へといつの間にか『名無し』が回り込んでいた。

すぐさま、意識を集中させて瞬へと殺気を放つ。


 「ぐっ!?」


途端に瞬の体を倦怠感が襲い、力が抜けていく中で『イージスの盾』も不安定になる。

せき止められていたニキータの両手は盾をすり抜けそうにはなるが、少しだけ中に入った所で止まってしまいそれ以上は進まない。

どうやら腕の太さがつっかえて進まないらしい。

とはいえ、手の先から滴る紫色の液体はどう見ても毒でしかなく、瞬の目の前で毒付きの手が動きまわっているのはいい状況ではなかった。

更に背後では『名無し』がレールガンを撃ちこもうと発射態勢を取っていた。

それに気付いた瞬は右手で支えていた壁を消さずに出せる力でそのまま蹴りつけた。

宙へと舞った鉄の壁を右手でコントロールし、背後へと立てかける。

その途端、『名無し』の視界から外れて瞬を襲っていた殺気の効果は消えさる。

だが『名無し』の指は止まらず、引かれた引き金から連動して撃鉄が弾丸へと振り下ろされ、火薬が爆発すると爆発に乗って弾が飛び出し、更に銃身内の電力によって作り出された磁気のレールに乗り超加速する。

撃ち出された弾丸は瞬が作り出した鉄の壁をも貫いたが、その先にある復活した『イージスの盾』によって弾かれる。

弾道すら人の眼には見えない弾は弾かれてからも運動エネルギーは失わずに直進し、ニキータの背後の壁へと突き刺さった。

その間に合ったニキータの蛇の胴体を掠めて。


 「ギャッ!」


途中まで入っていたニキータの手は瞬の盾が復活すると同時に強制的に排出され、ニキータは突然の痛みに手どころか体を引っ込めた。

痛みが走った箇所に目をやると、そこには最初から何も無かったように一部が半円状にくり抜かれた胴体があった。

ニキータが驚きながら見ていると思い出したように血が流れ出し、痛みにニキータは呻く。

『名無し』はもう一度レールガン用の弾をリロードしながらニキータに目を向ける。


 「悪い、『旅人』を狙ったら当たっちまった」


特に悪びれた様子もない『名無し』にニキータの怒りはさらに溜まる。


 「こ、この!!」


怒りの言葉をぶつけようとしたニキータだったが、いつの間にか目前にまで迫っていた瞬に気付き、すかさず尻尾を振りまわす。

瞬はその場で止まったかと思うと『イージスの盾』を切り、足を開き両手を前に構えた。


 「受け止める気か?」


後ろで見ていた『名無し』が思うとおり、瞬は尻尾を腕で掴み取ると勢いに押されて後ずさりする。

だが、ものの数m下がった所で動きは止まると、掴んだ尻尾を思い切り引いた。

強大な引っ張る力がニキータの体を瞬へと引き寄せる。

抗おうとしたニキータは信じられないほどの強力に体を引きずられる中、体を跳ねる様に波を作り出す。

それによって瞬の手繰り寄せる手が外れてしまい、辛くもニキータは脱出した。

そして、そのまま瞬へと攻撃しようとしたものの、瞬の背後でコルトパイソンを構えている『名無し』の姿に思わず体をずらした。

さっきのように流れ弾を食らうのは御免らしい。

ニキータが避けるのに気づいた瞬は背後へと反転し、消していた盾を出すのとコルトパイソンの引き金が引かれたのはほぼ同時だった。

咄嗟に体を沈めて回避していた瞬の頭上を見えない弾丸は通り抜け、背後の壁へともう1つ巨大な弾痕を造る。

瞬の盾を出すのが僅かばかり遅れていたが、回避する事でかろうじてかわす事に成功していた。

対峙した2人は同時に大きく息をつくが、その意味は別々だ。


 「危ない所でした」


 「あらら、惜しかったな。もう少し早く撃ってりゃよかったか」


 「・・・撃ちたくても撃てなかったんじゃないですか?」


その言葉に『名無し』は慌てた様子もなく無表情で聞き返す。


 「どうしてそう思う?」


 「ただの推測ですけど、貴方が撃ってからもう一度撃つまでのタイムラグが何秒かあるようですから。ひょっとしてわざわざ構えを変えるのと一緒で、強すぎる反動で手が痺れているんじゃないですか?」


不思議そうに尋ねる瞬を『名無し』は鼻で一笑すると、リロードしながら答えた。


 「残念だが外れだ。ただ単に、お前の行動に驚いただけさ。まさか『イージスの盾』を切るとはな」


『名無し』は笑いながらそう言ったが瞬にはそれが本当の言葉とは思えなかった。

よくは分からないが必ず理由がある、と。

深く考えてはみたかったが、殺し屋と怪物に前後を挟まれた以上、そんな余裕もない。


 「話は終わった?じゃあ、死になさい!」


話の終わりを待っていたようにニキータが威嚇するように体を高く起こし、2人を上から見下ろしていた。

その胴体には『名無し』が付けた傷はなく、傷があった事を示す血の跡だけが胴体に付着していた。

瞬と『名無し』が話しこんでいる間、ニキータはその場から動けないでいた。

傷口周辺の細胞はまるでトカゲの様な驚異的な再生力で増殖し、吹き飛んだ部分を埋める様に作り上げていくが急速な再生に激痛が走ったからだ。

話が終わるタイミングに滑り込むように怪我が治ったニキータは何事もなかったように戦闘へと戻る。

瞬の周りを回るように高速で走り、麻酔銃による攻撃も全て強固な鱗で弾き落とす。

円の中心に瞬を捉えながら段々と円は小さくなり、瞬の視界を蛇の胴体が埋めていく。

大蛇が使う様な締め付けを行うつもりだというのに気づいた瞬は、その場から飛び上がって蛇の胴体を超えた。

そのまま、麻酔銃を消したかと思うと代わりに黒い箱のような物を作り出し、金具の付いた先端を蛇の胴体へと押しつけた。


 「ギャァアアッ!」

 

その途端、ニキータの体中に電流が体中に走り、ニキータは悲鳴を上げながら白目をむく。

意識が飛んだニキータの体は動きを止め、瞬は役目を終えた改造スタンガンを消す。

空いた両手を無造作に突き出してニキータの体を押すと、強い力で吹き飛ばされた蛇の体に引っ張られてニキータは飛んでいく。

後ろで隙を窺っていた『名無し』目がけて。


 「ちぃっ!蛇女を物扱いかよ!」


迫りくる巨大な蛇女に『名無し』は壁へと向かって飛び、壁を足場として高く跳び上がる。

その下をニキータは飛んでいき、壁へとぶつかった所でようやく止まった。

『名無し』は床へ着地するとニキータへと視線を向ける。

するとぶつかった衝撃で目を覚ましたらしく、彼女は小さい呻き声を上げながら体を起こした。

なぜ自分が壁に持たれているのかスタンガンで意識が飛んでいたために覚えてはいない。

ただ、体中から上がる痛みと特に痛い胴体部分に両手の平の跡で何をされたのかを察した。


 「やってくれるわね!アノールじゃ私の作った巨人すら殺せなかった優男のくせにひどいことするじゃない!?」


 「まぁ、アレから色々とありましたから。それに時と場合と人によっては実力行使も仕方ないと思います」


肩を竦めて答えた瞬に再びニキータの怒りは爆発する。

激怒して瞬へと向かってくるニキータだったが、そんな事より瞬はその場に『名無し』の姿がない事に気付いた。

周囲を見回すといつの間にかシャッターで閉じられていない方の通路側に立っていた。

どうやらここから一旦離れる様だ。

瞬はそれに気付くとすかさず『名無し』を追いかけて走り出す。

その瞬の後をニキータが追いかけるというまるで鬼ごっこの様な状況だったが、『名無し』はニキータの投げ捨てたリモコンを見つけて拾い上げる。


 「しばらくお別れだ」


リモコンのボタンを押すと『名無し』と瞬の間にシャッターが降りていく。

瞬とニキータの走る速度は人を超えてはいるが、シャッターが完全に下りるまで間に合いそうにはないと予測を立てた『名無し』はその場を去ろうと身を翻す。


 「間に合え!」


閉まっていくシャッター目がけ全力で走る瞬だが、やはり完全に閉じる方が早い。

瞬がたどり着くと同時にシャッターは完全に閉まり、向こう側とは隔離された狭い中に閉じ込められた。

足が止まった瞬の背後へとニキータが迫り、恨みつらみの言葉を吐きつつ、攻撃してくる手は止めない。

盾に守られる中、瞬はシャッターの開け方に悩んでいた。

分厚い金属製のシャッターはちょっとやそっとじゃ破れそうにはない上に、ただの爆破をしても破れそうには思えない。

かと言って壊せるほどの爆発を起こせば、ニキータは確実に死ぬだろう。

それは瞬の信念に反する行為だ。


 「死ね!死ね!死ねぇ!!」


 「う~ん、どうしたものか」


先にニキータを倒してしまうべきなのかと考えるが、そうすればまた『名無し』が不意打ちをしてくる。

今の所、唯一の脅威と言えば彼なのだ。

できれば逃してくはないが、シャッターを簡単に抜ける手段が瞬には思い浮かばない。

とりあえず、ニキータを倒そうと今まで視界に入っていなかったニキータを見た途端、ふと瞬の頭をよぎる物があった。


 「・・・あっ、そうか!」


何かを思いついた瞬は手の中にリモコンを作り出した。

ニキータが退路を断つために投げ捨て、『名無し』が利用して持ち去ったシャッターのリモコンだ。

瞬は迷うことなくシャッターの開閉ボタンを押しこむ。

それに連動して轟音を上げながらシャッターは開いていく。

少しの隙間が開いた所で瞬は盾を切って滑り込み、すぐにシャッターを閉じるようボタンを押しこんだ。

上がりきる前に一旦停止したシャッターはそのまま下降する運動を始め、ニキータを閉じ込めにかかる。


 「逃がさないわよ!」


徐々に閉まるシャッターへとニキータは体を滑らし、執念で追いかけてきた。

咄嗟に盾を展開させた瞬にニキータは再度攻撃を仕掛けにかかるが、あと2、3m程度といった所で動きが止まった。

まるで小屋に繋がれた犬の様に襲いかかろうとしても体は先に進まない。

それどころか、ニキータは胴体の一部分が押し潰されるような強烈な痛みを感じていた。

後ろへと目をやってみると下降するシャッターが胴体を挟み、これ以上動けないようにするどころか完全に閉じようと更に下降を続ける。

勿論、間に挟まれた彼女の胴体は無傷な訳がない。


 「ギャァアア!痛い!痛い!」


あまりの痛みに本日2度目の絶叫を上げるニキータ。

彼女の胴体程度では巨大な質量を持ったシャッターを止める事は出来ず、徐々に肉へと食い込んで行く。


 「ヒギィィッ!た、たすけ!」


さすがにこれ以上やってはいけまない。

殺しかねないと判断した瞬はシャッターの停止を押し、少しだけ上昇させて止める。

ニキータの悲鳴が止まると瞬はリモコンを消し、『名無し』を追って先へと急いだ。


 「ま、待ちなさい!くそ、体がひっかかって」


 「申し訳ないですけど急いでいるので」


今のニキータには癇に障るだけのさわやかな笑顔で答える瞬。

とりあえず、彼女はこれ以上は追ってこれないと高を括っていたが、そう簡単に止められない事を聞き覚えのある音が後ろから知らせてくれた。

嫌な予感はしていたが思い切って振り返った瞬の背後にニキータは迫っていた。


 「待てぇ!!!」


鬼のような形相で追いかけてくる蛇女を一目見れば、誰でも本能的に止まるわけなどない。

なぜ抜け出せたのかという疑問を遮った本能に従って逃げだした瞬は一瞬だけ、一目見ただけだったがシャッターが上がり続けるのを目撃していた。

大方、司令室の人達が彼女を手助けしたんでしょうね。

『名無し』が戻ってきたとは考えにくい以上、見ている連中の仕業だろうと当たりをつける。

とはいえ、それが正解であっても今はどうこうする事もできないため、先に進もうと曲がり角を曲がった所で通路が奇妙である事に気付いた。

道が一本しかないのだ。

その先にはポッカリと開いた入口らしきものが見えているが、それ以外は何もない。

いや細かく見ると、他の通路らしいものがさっきと同じシャッターで防がれている。

あの先へと瞬を誘導したい思惑がみえるが、引き返そうにも後ろからはニキータが追いかけてくる上にまるで退路を断つようにシャッターが閉まっていく。

罠であるのは明確で先に進みたくはない瞬だが、そんな瞬を後押しするように突如、1発の銃声が聞こえた。

更に最初の銃声を皮切りに次々と銃声が響き渡る。

『名無し』さんがこの先にいる。

それが分かった瞬は頭の中から嫌な予感を追い出し、入口の中へと飛び込んだ。


 「うわぁ・・・」


急に開けた視界に瞬の口から自然と言葉が漏れる。

入口をくぐったそこはとても広い円形上の部屋だが、ただ単に馬鹿広く、とても地下の一室とは思えないほどの広さに瞬は思わず足を止めた。

天井までの高さも通路の3倍は高く、上の方にはガラスで区切られた様な部屋が幾つも見える。


 「地下にこんな広い場所があるなんて」


瞬は大学で見た実験施設に似ている印象を受けていた。

あながちそれは間違ってはいない。

ここは職員達の間で『ホール』と呼ばれる大がかりな魔法実験場だ。

魔法の才能が開花した職員のテスト、新規開発された魔具の実験、そして一般職員には知られていない魔法生物の実験場として使われている。

見た目は何もない空間だが、色々な事を想定して機能や頑丈さはアジア統括支部の中でも最高レベルを誇る。

特に頑丈さはそれこそ核シェルターと同じ、もしくはそれ以上だ。

そんな『ホール』にニキータが到着すると扉が閉められ、このホールの中に閉じ込められた。

やっぱりそうですか。

瞬は内心でやはり罠である事にため息をつきながら顔を上げると、視界の端で『名無し』が立っているのが見えた。

振り向くとそこには硝煙の上がるコルトパイソンをぶら下げ、赤い池を思わせるほど大量の血を流す人が6体転がる中心に『名無し』は立っていた。

倒れている人達の頭には寸分たがわずど真ん中を撃ち貫かれた跡が残り、間違いなく彼の仕業だった。

瞬が顔を青ざめて視線を向けていると、向こうも瞬に気付いたらしい。


 「何をやってるんですか!?」


 「見ればわかるだろ?殺しだ」


 「人を殺すだなんてやってはいけない!」


 「・・・『旅人』のくせに面倒くさい奴だな。でも、お前はアレを相手にしてそう言っていられるのかね?」


表情は無関心の様だが挑発的な言葉を投げる『名無し』は、持っていてコルトパイソンの銃身を指の代わりに見立てて『ホール』の壁がスライドするのを指す。

壁が動き、抜け道の様に出来た暗い穴の中からゆっくり光に慣れる様に足を動かす人が出てきた。

その目は虚ろで見た目からはコミュニケーションが取れないほど壊れた人に見える。

肌の色は青白く、体はやせ細り、着ている服もボロボロだが、その中で一際目を引いたのは大量の血が体中の至る所についている事だった。

壁に空いた計4つの穴から続々と同じような人達が『ホール』を埋め尽くさんとばかりに出てくる。


 「この人達は・・・?」


白内障の様な濁った眼で戸惑う瞬を捉えた男が、フラフラと瞬に向かって歩き出す。

『MW2』の被害者だと考えた瞬だが、得体の知れない不気味な様子に自分からは近づかない。

いや、近づけなかった。


 「コイツらは!」


後ろで無駄な攻撃を続けていたニキータは近づいてくる集団に何かを思い出し、地面を滑り瞬から離れる。

彼女が離れる程危険な人達なのかと瞬は先頭の男へと麻酔銃を構えた。


 「止まって下さい!僕の言葉分かりますか?」


瞬の言葉が通じていないのか、はたまた聞こえていないのか、連中の歩みは止まらない。

それどころかバランスを崩して前のめりになったかと思うと、その勢いに乗って瞬へと向かって走り出した。

洪水の様に押し寄せる人達に瞬は恐怖し、半ば反射的に麻酔銃を撃ち込む。

先頭の集団に次々と刺さっていく麻酔針。

いつもであればすぐに眠りについて動きは止まる。

だが、目前にまで迫る集団にその兆しは見られなかった。


 「効いていない!?そんな!」


信じられない物を見ているように驚愕する瞬。

そのすぐ隣で『名無し』も同様に前後から大量の人が押し寄せていた。

驚きで固まる瞬とは違い、既に相手が何なのか分かっている『名無し』はコルトパイソンを構え、素早く6度引く。

短い間隔で撃ち出された弾丸は先頭の6人どころか、その後ろに奴の頭まで貫く。

倒した奴らが将棋倒しのように倒れていく事で前方の波を止めた彼は、振り向きざまに腰からぶら下げた4個の手榴弾をもぎ取るとその勢いに任せて床へと転がす。

迫りくる先頭の連中が差し掛かったのと同時に手榴弾が爆発するなか、『名無し』は落ち着いた様にコルトパイソンをリロードしていた。


 「何で殺すんですか!」


瞬を掴もうと襲いかかる連中から盾によって守られる中、瞬は『名無し』のやり方に抗議の声を上げた。

そんな瞬に対し、コルトパイソンを連射しながら『名無し』は溜息をついて言う。


 「お前、コイツらが何なのか分かってないのか?」


 「・・・え?」


 「コイツらはな、ここで実験動物にされた連中だ。あの蛇女と同じにな」


『名無し』がチラッと見た先には部屋の隅で大蛇の体を振りまわし、近寄る連中を全て吹き飛ばすニキータの姿があった。

視線はそちらに向けているもののその間も迎撃の手は緩まないし、ぶれない。


 「おそらくだが、ホラー映画で言えばゾンビって奴だ。コイツらの体には巨大な手術痕があり、俺が殺す前から心臓は止まっていたようだ。誰かが魔法で死体を動かしている可能性もあるが、動きから見て意識はある。数ある魔法の中にも死者を蘇らせる魔法は存在しない以上、コイツらは魔法実験で死んだまま生きている状態にある。つまり」


 「歩く死者ゾンビとでも言いたいんですか!?意識がある?これのどこに意識が!」


押し寄せる大群は我先に瞬を襲おうと手を伸ばす。

だが、見えない盾がある事を認識できていないのか、何度弾かれ流されようと勢いは止まらない。

その光景は引きずり込もうとする亡者の波が襲いかかってくるという見た者をゾッとさせる光景だ。


 「あるだろ?自分の腹を満たしたいという欲が」


 「っ!?この人達は僕や貴方を食べようとしているんですか!」


 「ホラー映画ならお約束だろ。自分の体を動かすためのエネルギー摂取、俺達は餌という訳だ」


 「そんな馬鹿な事が・・・!」


 「フン、お前がどう思おうが俺には関係ない。ただ、お前はどうする気だ?」


非人道的な実験に瞬は怒りを露にしていたが、不意の問いかけに一瞬呆けたような表情を浮かべる。

何を言っていたのか忘れた様な表情で『名無し』を見た瞬に対し、もう一度ため息をついて言い聞かせる様にゆっくりと言う『名無し』。


 「お前は俺に対して、何で殺すのか、と言ったな?だが、そもそもコイツらは生きてるのか?この状態で生きていたいと思うのか?」


 「・・・それは」


 「そこでお前はどうするんだ?殺すのか?それとも、このままでも生かしておくのか?言っておくがコイツらを元に戻すのは奇跡が起きない限り無理だろうな。今は動いていても身体的には死んでいる訳だから」


 「・・・」


 「さぁ、答えてみろ『旅人』!」


言葉も出せずに震えながら俯く瞬。

その顔はどうしたらいいのか分からない迷いと、どうにもできないという悔しさが入り乱れた表情だった。


 「僕は・・・僕は・・・!」


あらかた向かってくるゾンビが片付いた『名無し』は立ちつくす瞬を見て、呆れながらもコルトパイソンへとレールガン用弾丸を仕込む。

そして、瞬へとコルトパイソンを向け、意識を集中させた。

悪いがこれも仕事でな。

彼の優しさをつく様な真似をした事を心の中で詫びる『名無し』。

だが、その動きは鈍る事などない。

いまだに動きを見せない瞬に『名無し』は仕事の終わりを感じながら殺気を放った。

襲いかかる殺意の重圧に瞬の体は沈み、ゾンビの群れの中へと埋もれる様に消える。

『名無し』はかろうじて見える瞬の体の一部からおおよその頭の位置を割り出し、そこに向けて構えた銃の引き金を引いた。

放たれた弾丸は目に見えない速度で瞬へと迫り、その間にあるゾンビ達の部位など紙の様に貫く。

やったのか?

胸中は不安な『名無し』だが、それを見届けさせようとばかりに部位を失ったゾンビ達がバランスを崩して倒れていく。

開けていく視界の中で彼が見たのは床に手をついて四つん這いだが、どこにも傷のない瞬の姿があった。


 「馬鹿な!」


頭のある位置も撃った位置も完璧に撃った。

だが、まるで何事もなかったかのようにいる瞬の存在は『名無し』に驚きの声を上げさせるには十分だった。

外しただけなのかとコルトパイソンに赤い弾頭の弾を装填し、6発全てを撃つ。

勿論、狙いは頭だ。

飛来した弾丸はその狙い通りに突き進むも、当たる寸前で不可解な動きをして周りのゾンビへと方向を変え、突き刺さると同時に爆発する。


 「・・・今のは」


『名無し』にも何度か見覚えのある弾の動き。

あれはまさしく『イージスの盾』が正常に機能している時の動きだった。

放っている殺気が緩んでいたり、弱まっている訳ではないのは放っている『名無し』が一番わかっていた。

現に、その視界上に入っていたニキータは動きが鈍り、重い体を引きずってどうにかゾンビの相手をしている始末なのだ。

どういう事なのかと答えが分からない内に、瞬は顔を上げたかと思うと力強く立ち上がった。

そして、片手に1本ずつM60(重機関銃)を作り出し、腕を広げる様に銃口をゾンビ達へと向けて構えた。

その目からは涙を流しているものの、今までにはなかった意思の強さが感じられる。


 「ごめんなさい、貴方方の事は僕が背負います!」


一言呟くと引き金が引かれ、装填してある大口径の弾丸が勢いよく吐き出される。

ゾンビの群れに襲いかかる強力な弾丸は次々とゾンビの部位を吹き飛ばし、体中を穴だらけにしていく。

弾幕はまるで途切れる事はなく、撃ち尽くされても一瞬のうちに弾丸が装填された新しい物へと変わる。

自我を持たないゾンビ達に回避行動といった事もできず、その身を次々に肉塊へと変えられていく。

何度目かのM60を作り出した時、瞬の周りのゾンビ達は物言わぬ屍へと変わり、血の海を作り上げていた。

ごめんなさい。

中心に立つ瞬は涙を流しながら今は亡き人達へとまた謝っていた。

地獄の様な光景の中で1人だけ神々しさを放つという不思議な光景は、有名画家の描いた1枚絵の様に深く引き込まれそうな光景だった。


 「っち、そういうことか」


その様子をゾンビを撃退しながら見ていた『名無し』はなぜ殺気が効かなかったのか合点がいった。

殺気を防ぐ条件は視界に入らないか、人を殺し続けた者、もしくは精神を鍛えた者。

完全に視界を防ぐ事は出来ていなかった以上、視界の条件ではないとなると考えられるのは精神が鍛えられたというところだろう。

ゾンビとはいえ、人を殺す事を覚悟し、受け入れた瞬の精神はそれこそ熟練した僧侶をも超える物へとなった。

普段から命を奪う事に対する意識レベルでの拒否を受け入れたとなれば、下手をすれば自己崩壊を起こしかねない話だ。

だが、今の瞬は自己崩壊を乗り越え、奪った人達の命を自分自身に背負った。

いつか奪った人達へ何らかの形で返す、それが彼なりの解決方法だった。


 「くそ!追い込むつもりが、追い込み過ぎたせいで余計に強くなったのか」


『名無し』はある程度の分析で自分で追い込んだ結果がこうなった事に気が付いた。

殺しやすくするためではあったが、それで強くなってしまったのではどうしようもない。

何と言っても、殺気が効かなくなってしまったのだから。

最早、彼に殺す手段は油断した瞬を撃つ闇打ち程度のものとなった。

今後の身の振り方も含め、どうするべきか考えていると彼に寄ってきていたゾンビ達が圧倒的な弾幕により壊されていく。

その弾丸の元は当然、瞬だった。

何を考えているのか、次々とゾンビ達を倒していき、結果的には『名無し』もニキータも救って恰好になる。

ゾンビ達を全て倒しきった瞬はM60を消すと代わりに麻酔銃を作り出し、その銃口を『名無し』へと向け、反射的に『名無し』もコルトパイソンを向ける。


 「・・・殺さないんじゃなかったのか?」


 「貴方が言ったんじゃないですか、殺した方がいいと。僕も散々考えて迷いました。ただ、彼らが死んでいるならば囚われている魂を介抱しなければ彼らはどこにもいけない、それこそ死んだ体が朽ちるまで。それを彼らが望んでいるとは思えない」


 「魂の開放、か。まるで宗教の様な考えだな」


 「いいえ、魂は存在します。僕にも貴方にも。貴方がさっき言った死者を蘇らせる魔法がないのは、人が死に魂という存在が抜けてしまうためです。嘘かどうか確かめる術はないですが、これは『旅人』や魔法使いの極一部に知られている事です」


初めて聞く話に『名無し』は興味を示すが、今はそれどころではない。

目の前には麻酔銃を構えた『旅人』が立っているのだから。


 「面白い話だが、そっちよりもこれからどうするかの方が俺には気になるんだがな。また、ここで撃ち合うつもりか?」


気を再度引き締めた『名無し』に辺りの空気が張り詰める。

見た目は拮抗している様な状態だが、実際は『名無し』に勝ち目はない。

彼の手持ち手段で『イージスの盾』を破る事は出来ないのは明白だからだ。

瞬が武器を麻酔銃へと変えたという事はまだ見境無しに人の命を奪う事はしないようだが、『名無し』はその制限がかかった中でも勝つ事はおそらく出来ない。

お互いにそれがわかっているため、平然と立つ瞬とは対照的に無表情である『名無し』の額や背中に大粒の汗が滲みだしていた。

そんな中でニキータは襲いかかろうと壁に寄り添って機会を窺っていた。

彼女も攻撃が通じないのは分かっていたが、まだあの得体の知れない自称殺し屋に瞬の『イージスの盾』を無効にできる力があると思っていたためだ。

隙あらば襲いかかり、あわよくば殺そうと考えていたニキータだが、壁の至る所から何かの起動音が聞こえて動きが止まる。

それどころかまるで何かが溜まっていくかのように、その音は次第にでかくなっていく。


 「ん?」


その変化には銃を向けあった両者も気づき、互いに気が少しだけ逸れる。

そして、全員がある異様な事に気付いた。

部屋の壁がまるで電車から見る景色の様に流れ始めたのだ。

不思議な光景に『名無し』は注意深く見てみると、どうやら『ホール』内の円柱状に湾曲した壁が緩やかに回り始めていたようだ。

始めは人が歩く程のスピードだったが徐々にスピードを増し、一定の回転速度で安定すると今度は壁の表面に小さく青白い光が幾つも走り出す。

蛍がいるかのような幻想的な光景にも見えるが、それはあっという間に光の強さを増していく。

更に光の中から地面や天井へと向かって電流の様な筋が走る。

見ていた者に蛍をイメージさせた光景は、最早、電流が荒れ狂う様に見える危険な光景へと変貌していた。


 「この魔力は・・・まさか!?」


瞬と『名無し』は何が起こるのか用心していたが、ニキータはふと感じ取った魔力に顔が青ざめていく。

彼女は何かを知っていると気付いた瞬が問いかけようとする頃には、ニキータは逃げようとしているのか辺りをせわしなく見回している。

その表情には焦りと恐怖の色しか見えず、瞬や『名無し』の存在も今は見えてはいないようだ。

『名無し』も何かしらまずい事が起こるのは察したが、同時に逃げ場がない事も分かっていた。

周りは回転する壁に囲まれ、天井は遠く、床は手持ちのレールガン程度では破る事も出来ないだろう。

正に八方塞がりな状態に彼はため息をつきながら死の覚悟をする。

そのうち壁の速度が最高速にまで達すると部屋の魔力濃度は一気に高まり、それによって中央にモヤモヤとした白いガス状の球体が現れた。

それは次第に大きく広がっていったかと思うと一瞬で部屋中を埋め尽くす。

咄嗟の回避もままならないうちに取りこまれた瞬達は気が付くと、霧が立ち込める部屋の中へと立っていた。

ただし、壁は深い霧によって一切見る事が出来ず、『名無し』が1発の弾丸を投げてみると音もなく跳ね返ってきた。


 「もしかして」


彼の行動を見ていた瞬は何かに気付いた様に霧の中へと突っ込んだ。

だが、壁にぶつかる事もなくたどり着いたのは元の部屋だった。


 「どうなってるんだ?」


 「ニキータさん、これは」


始めから分かっていたようにニキータは動きもせず、ただその場でとぐろを巻いて項垂れていた。

何もかも投げ捨てたように気力もなく呟く。


 「ええ、その通り、私の魔法だった『ニブルヘイム』よ」


その言葉に脱出不能だった霧の街を思い出しため息をつく瞬の隣で、『名無し』はなんだそりゃと当然の疑問を浮かべていた。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

出来れば文法や書き方、ストーリー展開で意見を頂けるとありがたいです。

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