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第22話:魔狼(7)

2010/05/09 修正版を更新(いくつか表現を修正)

 洞窟から吹きぬける風がボリスの体の上を吹き抜ける。

その風は小屋の前に立つ瞬とミハイルに届くころには血生臭い風へと変わっていた。


 「ボリスさん!」


得体の知れない連中の前に倒れたボリスに2人は駆け寄ろうとする。

だが、連中の先頭に立つ男が腕を上げると後ろに控えた下の者達が一斉に銃器を構える。

それが警告だと気付いたミハイルは慌ててその場で足を止めたが瞬の足は止まらかった。


 「しゅ、瞬!止まれ!」

 

制止しようとするミハイルを振り切って瞬は倒れたボリスへと一直線に走る。

先頭の男はそれを見て躊躇なしに手を振り下ろすと一斉に瞬目がけて大量の弾丸が吐き出される。

遮蔽物もなく逃げ場のない瞬にミハイルは間違いなく死んだと思い、止められなかった後悔で歯を食いしばりながら瞬が死ぬ場面を見たくないと目を伏せる。

だが、いつまでたっても銃撃音が止む事はなかった。

それに自分も流れ弾に当たる位置にいるはずなのに1発すら飛んで気はしない。

恐る恐る目を開いたミハイルの目に映ったのは、大量の弾丸が飛び交う中を平然と走る瞬の姿だった。

展開させた見えない盾によって撃たれた弾は分散するように違う方向へと飛んでいき、それが当たり前である瞬は雨の様に銃弾が飛び交う中を走っていた。

ただ、盾の存在を知らないミハイルにとってその様子は十戒でモーゼが海を割るかのような奇跡にしか見えなかった。

それは銃を撃ち続ける相手側も同様だった。

いくら撃っても弾が逸れていくように見えているため次第に銃を撃つ連中の間に動揺が広がっていく。

唯一、撃つように指示を出した男だけは特に感情も表わさずにただ観察し続けるようにその場に立っていた。

男はいくら撃っても無駄なのを悟ったのか腰に付けたホルスターからトカレフ(ハンドガン)を抜く。

今更、ハンドガンの弾丸が増えた位で瞬はどうということはない。

だが、男は構えたハンドガンを瞬に向けるのではなく血塗れで倒れるボリスの頭へと向けた。


 「止まれ『旅人』!こいつにとどめを食らわすぞ!」


 「ぐっ!」


ボリスまであと十メートルといった所で仕方なくその場に止まる瞬。

その視線の先のボリスはもう既に生きてはいないのか全く動こうとはしなかった。

銃を構えた男は瞬が心配そうな目でボリスを見ているのに気付くと足のつま先で軽くボリスの肩を蹴り飛ばす。

反射的に瞬は男へと飛びかかろうとした。

だが、蹴られた衝撃でボリスが小さく呻きながらも荒い息をし出したのに気づくとどうにか足を止める。


 「このまま放っておけば間違いなく10分で死ぬ。ただ、お前が素直に殺されるならすぐに治療して助けてやろう、この力でな」


そう言うと男が開いた左腕を側に控えていた女軍人の前に差し出す。

すると、女軍人はその腕に腰から抜いたナイフで切り傷を作る。

一体何をしているのか分からない瞬を余所に、女軍人は右手を赤い血が下へと落ちていく傷口に当てる。

集中するように目を閉じた次の瞬間、淡く青い光が右手の中からあふれ出す。

光はすぐに消えてしまう。

何が起こったのか分からず瞬は不思議に思っていると、女軍人が男の腕から手を離す。

腕にはナイフの切り傷があったはずだった。

だが、それは完全に消え去っており、腕の何処にも傷は見当たらない。

流れ出た血だけが傷があった事を示していた。


 「治った!?・・・治癒魔法、ですか?」


 「その通り!うちの衛生兵と言ったところか。断わっておくが俺達を殺して彼女に治すよう言っても無駄だ。彼女は俺の命令しか聞かんようにプログラムされている」


 「プ、プログラムって・・・、そんなロボットみたいに」


 「ククク、あながち間違ってはいないな、彼女は俺にしか従わないロボットの様なもんだ。洗脳、とでもいった方が分かりやすいか?本来ならここに転がってるこいつも俺の手駒になるはずだったんだが、植えつけた力が強すぎたせいでこうやって追い回す羽目になった。ククク、皮肉なもんだ、俺の部下になるはずが俺に追いかけまわされるんだからな」


自慢げに話す男とは対照的に、瞬は頭が俯いたまま体が小さく震え、独り言のように小さく喋り出す。


 「・・・ったい」


 「ん?なんだ?」


 「・・・ったい、・・・一体、人を何だと思ってるんですか!」


激怒した瞬の努号は辺りの雪を震わすほどに響き渡る。

だが、男はまるで気にしないように言い返す。


 「何って決まってるだろ、駒だ!使えない人間を使える人間が駒として扱う、それが世の中の常だ!社会はそうやって出来てるんだよ!・・・そうだ、お前も俺の駒にしてやるよ。何も考えずに俺の言葉に従ってるだけでいいんだ、楽だろ?ククク!」


 「貴方は間違っている!そんな人の道に反した事をするなんて!」


 「・・・やれやれ、『旅人』ってのは人をゴミみたいに扱う連中だと聞いてたがな。まぁいい、綺麗事で片づけられると思ってる奴とこれ以上話す気もない。ほら、さっさと『イージスの盾』を解いて殺されろ!総員、頭を狙って構え!」


軍人達は一斉に銃口を瞬の頭へと向けて構え、次の指示をただ黙って待つ。

男は左手を女軍人の前に差し出すと、彼女は自分のホルスターからトカレフを抜いてその左手に手渡す。

男は右手のトカレフはボリスに向けながら、左手のトカレフで瞬に狙いをつける。

多少距離はあったが男の狙いが定まると1発の弾が撃ち出された。

今までは見えない盾に弾かれていたはずの弾丸だったが、何も無いかのようにあっさりと瞬の右肩に突き刺さる。

瞬は初めて体験する銃の痛みに右肩を抑えながら膝をつく。


 「ぐぅぅっ!」


 「よしよし、盾は消したらしいな。これで俺が『旅人』だ!」


男は口の端を吊りあげながら笑みを浮かべ、左腕を太陽に向ける様に真上へと上げる。

その腕を振り下ろせば、凝視しながら合図を待つ後ろの部下達から一斉射撃が始まる。

それで全てが終わるはずだった。

だが突然、男は足に猛烈な痛みを感じて下を向く。

そこにはボリスが息も絶え絶えながら男の足首を出せるだけの力を込めて握りつぶそうとしている姿があった。


 「こ、この死に損ないが!」


男は反射的に右手のトカレフの引き金を引く。

ボリスの体に弾丸1発分の穴が開くとそこから血があふれ出る。

足を掴む力が緩んだのに男は安堵したが、冷静になるとやってしまった事に気づく。

約束と違う男の行為に瞬はすかさず男に向かって跳び込み、ちょうど瞬と目があった男の腹に突き出しただけの腕がまともに腹に食い込んだ。

男はまるで車でぶつかられたかのように何十メートルも吹き飛んでいく。

自己防衛からか銃を構えた軍人達は瞬目がけて銃の引き金を引くが、瞬の盾を展開させる方が早かった。

弾は違う方へと飛んでいき瞬にはまるで当たらない。

そんなことなど気にせずに瞬はかろうじて目は開いているボリスを抱えると、ピンの抜かれた閃光手榴弾を軍人達に向かってばら撒く。

閃光と爆音に軍人達の動きが止まった隙に瞬はミハイルの元へと走る。


 「ミハイルさん、お願いします。小屋の中に姿勢を低くして隠れていてください」


 「そ、それはいいが、お前さんは・・・?」


 「僕はあっちの相手をしてきます。すぐに、戻りますから・・・」


ミハイルに向かって瞬は軽く微笑む。

そして、戸惑うミハイルを余所にその場を後にし、両手に麻酔銃を作り出しながら爆音と閃光から回復した軍人達の前に戻る。

瞬を視界に捉えて即座に軍人達は銃を撃ち出すと、瞬もそれに合わせるかのように麻酔銃を構える。

盾によって流される銃弾の嵐の中で瞬は淡々と麻酔銃を撃ち続ける。

次々と軍人達に麻酔針が突き刺さり、針から流れ込んだ睡眠薬が強靭な意志と体力を持っている彼らを強制的な眠りへと陥らせる。

まるで流れ作業のように瞬は軍人達を眠らせていく。

ふと雲が太陽の光に陰ったのか瞬の視界が暗くなり、上を見上げた瞬に確かに太陽の光は見えなかった。

だが、瞬が見たのは雲ではなかった。

視界に飛び込んできたのはさきほど突き飛ばしたはずの男だった。

男は空中で態勢を整えると太陽の光を背負いながら瞬に向かって飛びこんでくる。

その勢いを保ったまま意表を突かれた瞬に向かって蹴りつけるが、当然のように蹴りは瞬に届く事はなく弾かれる。

反応した瞬が男に向かって麻酔銃を向ける。

すると即座に男は飛び退き、周りにいた軍人達も倒れた仲間そっちのけで男の後ろへと集まる。

不思議な事に吹き飛ばされたはずの男はまるで何事もなかったかのように無傷であり、多少、服が破れている程度だった。


 「ふん、やはり『旅人』相手にこの程度では無理か。総員、魔法使用許可!」


その言葉にさっきの女軍人だけ1歩後ろへ下がり、横一列に軍人達は並ぶ格好になると銃をその場に捨てる。

瞬には一体何をするのか分からなかったが、魔法を使ってくると公言している以上、嫌な予感しかしない。

見逃さぬよう瞬が見ている中、軍人達は腰につけられた小さい金属製の筒へと手をかける。

まるで缶詰の缶の様な筒の頭には押し込む様な丸いスイッチがあり、軍人達はためらいもなくそのスイッチを入れる。

その途端 筒から低い起動音が鳴りだしたかと思うとうっすらと淡い光を放ち始める。

光は弱々しく細い光から次第に眩しく太い光へと変わっていき、その光が軍人達の体を包み込んでいく。

すると、光が当たった体の部位に白く太い毛が生えていき、筋肉や骨組織が外から体を見ただけでもわかるほど隆起していく。

筒からの光は最終的に人一人をすっぽり包み込むほどの大きさにまでなる。

光の繭に包まれている様に軍人達の姿は外から分からないほど光は強く、その中で軍人達の体組織は人間から別の物へと変化し続ける。

やがて変化が終わり光の強さもうっすら光る程度に収まっていく。

眩む目をこすりながら瞬が改めて軍人達を見る。

だが、そこに並んでいたのはボリスと同じような大きさの狼達であった。


 「一体・・・まさか全員、狼に!?」


 「少し違うな」


後ろからの声に慌てて瞬は振り向く。

そこにいたのは世にも珍しい2足歩行をする狼だった。

いや、どちらかといえば人間に近い狼、狼男と言った方が正しいだろう。

体の形は人間のそれだが体中に白い毛を生やして筋肉ははち切れんばかりに膨張し、頭は周りにいる狼達の頭と変わらないがどこか人間の表情が読み取れる。

瞬が言葉を失うほど驚いていると狼男は軽く右腕を振るう。

消える様に右から左へと右腕が移動し、直後、轟音とともに瞬の周りの雪が後ろへと吹き飛ぶ。

それどころか、瞬の前の地面に横一文字に綺麗な切れ込みができていた。

理解の追い付かない瞬だったが、そんな瞬を余所に狼男へと変貌した男は手を握って感触を確かめる。

そして、男は体中に溢れる力と高揚感を感じ取ると、瞬に向かって次々と両腕をふるう。

瞬は何かが来るのを察知するが、盾の力によって見えない何かは全て消えうせる。

見えない盾に見えない攻撃による攻防。

傍目から見れば真似事でもしているかのようにも見えるだろう。

だが、実際は見えない何かが次々に盾へとぶつかっては消滅していく。

瞬も麻酔銃を構えて撃つが、全てが男に届くまでに叩き落とされてしまった。

そのうち、はずれた見えない攻撃の1発が地面や壁にぶつかるとさっきよりも深い切れ込みが入り、周りの雪はそこだけ裂けたように吹き飛んでいた。


 「カマイタチ、ですか!?腕を振るうだけで人が切れる狼なんて聞いたことが無いですよ!」

 

 「俺をそこら辺の狼と一緒にするなよ?狼男として完成されたこの力、貴様に存分に味あわせてやるわ!」


 「結構です!」


すかさず瞬は麻酔銃を構えて狼男に向けて何発も連射する。

それを受けて狼男は落ち着いたように何度か腕をふるう。

発生した衝撃を伴うカマイタチに麻酔針は叩き落とされ、逆にカマイタチが次々と瞬を襲う。

盾で瞬が耐えているとカマイタチに紛れて狼男が距離を詰める。


 「食らえ!」


大きく振りかぶった右腕が消えたかと思うと次の瞬間には盾の前に拳が現れ、轟音と伴って盾に激突する。

その衝撃で地面が揺れ、辺りの残っていた雪が外へと飛び散る。

だが、それでも破れない強固な盾に狼男は舌打ちをすると後ろへと飛ぶ。


 「これでも壊れんとはな!さすが世界最強の盾だ!」


 「分かっているならこれ以上無駄な事は止めたらどうです?」


 「ククク、言ってくれるな!それならそれで破り方を変えるだけだ!さっきと同じ方法でな!」


狼男が腕を上げて振り下ろすと控えていた狼達は次々と瞬に襲いかかる。

全てが盾によって塞がれるが瞬の視界を塞ぐほどに狼の数は多い。

その隙に狼男は小屋へと向かって走り出し、瞬は目の前の狼達に麻酔銃を向けるので気付かない。

人を超えた脚力ですぐさま小屋にたどり着いた狼男は閉じられたドアを蹴破る。

中には瀕死のボリスに少しでも時間を伸ばそうと救命処置を施すミハイル、そしてベッドの上で寝たままのソーニャがいた。

寝ているソーニャを見て口の端を釣りあげてニヤリと笑うとソーニャに向かって歩き出す。

その途端、乾いた発砲音が鳴ったかと思うと胸に1発の銃弾が撃ち込まれた。


 「こ、ここから出ていけ!」


ミハイルはここに居るべきではないという体中から警告として起こる震えを抑えながら、構えた猟銃の次弾を装填する。

彼の人生の中でこれほどまでに危険を感じた時はなかった。

狩りの時でも、事故にあった時でも。

おそらくこのままここにいれば確実に殺されるのは分かっていた。

だが、逃げるべきではないとミハイルは体の芯から来る恐怖を奥歯を噛みしめて堪える。

そんな決死の覚悟でいるミハイルを狼男は銃弾を食らったとは思えないほど落ち着いて見据える。

わざわざ胸に突き刺さった銃弾を見せるようにミハイルに向き直る。

そして、狼男が胸に力を込めてみせると食い込んでいた銃弾は少量の血と共に外へと飛び出た。


 「ば、化け物め!」


ミハイルは胸を狙うのを諦めて頭を狙おうと猟銃の照準をずらす。

だが、狼男は床の板を踏み抜くほどの脚力で一瞬の内に間合いを詰めてしまい、ミハイルが引き金を引くよりも早くその猟銃をいとも簡単に奪い取る。

狼男は奪い取った猟銃に少し力を込めて半ばからへし折り、猟銃の銃としての機能はもうなくなってしまった。

打つ手立てがなくなり、恐怖に身を任せて体中が震えるミハイル。

狼男は失笑するように笑いながら顔を近づけて呟く。


 「今はお前に用はないが、これ以上邪魔するなら殺す。ククク、ただ何をしようが俺には効かんがな」


ミハイルに背を向けた狼男は寝ているソーニャの足首を掴み、吊るすように持つ。

そのまま小屋の外へと出ていこうとすると急に引きずるように足が重くなる。

狼男が下を見てみるとそこにはミハイルが右足に必死の形相で掴まっていた。


 「止めろ!その子を連れていくな!」


 「・・・俺は言ったよな?邪魔したら殺すってな!」


ミハイルに向かって無慈悲に左足が振り下ろされる。

死を覚悟して痛みが少しでも和らぐようミハイルは体中を硬直させて耐えようとした。

だが、人外の力で踏みつけにきた左足はミハイルの頭を外れて床をぶち抜いて突き刺さる。

情けをかける相手とも思えないミハイルはその左足を見てみると、いつの間にか左足に小さいナイフが突き刺さっていた。

誰かに助けられたのにミハイルは気づいた。

助けてくれた相手を探そうとするミハイルとは逆に、狼男は痛みよりも驚きがでかいのかその相手を信じられないと言った顔で見ていた。


 「その怪我でまだ動けるとは、信じられんな」


狼男の視線の先には息も絶え絶えに右腕だけを伸ばしているボリスの姿があった。

それを見たミハイルはボリスが助けてくれたのに気づく。


 「そ、その子に、手を出す・・・な、ゴフッ!・・・ハァハァ、か、関係、ない!・・・そいつもだ!」


まるで死んでいく者とは思えないような目で狼男を睨みつけながらそう言い放つ。

ボリスはもう一本ナイフを取りだすと狼男目がけて投げつける。

だが、狼男は飛んできたナイフを軽く手で弾き飛ばし、2人が必死になって守ろうとしている子供に興味を持つ。


 「ほう、コイツはそんなに大事か。さっきから気にはなっていたがコイツから感じる魔力とこの目に巻かれたベルトは一体何だ?」


 「ぐっ!」


ただの盲目であるならこんな革ベルトを巻く必要もない事に狼男は気づいていた。

それどことか、組織の中でも一般から上位レベルクラスの魔力を狼男は感じ取っていた。

2人とも口をつぐんで黙ってしまうのを見て、狼男は思わぬ収穫の予感に笑みを浮かべる。


 「これはいい手土産が出来たかもしれんな。人質にはもったいない!」


 「や、やめろぉ!!ソーニャ!」


ボリスが反射的に体を起こそうとしたが体中が動く事を拒否する。

唯一伸ばしていた右腕だけが意思に従ってはいたが腕が届くことはなく、そのうち狼男はしがみついていたミハイルを軽く蹴り飛ばして離す。


 「ソ、ソーニャァァ!」


ボリスの悲痛な叫びを心地よく聞きながら狼男はいまだに狼達の相手をしているであろう瞬の前に戻ろうと小屋の入口から外へと出る。

これで『旅人』の力が自分の物になると思いこみながら。

だが外へと出た途端、突然腹に衝撃が走る。

それによって気が緩んだ一瞬のうちに無理やり掴んでいた少女を奪い取られ、更に強い力で弾き飛ばされるように吹き飛ばされ小屋から離される。


 「っちぃ!何だ!?」


地面の上に着地して口惜しそうに小屋の辺りを見る。

そこにいたのは狼達の相手をしているはずの瞬だった。

すぐにさっきまで戦っていた場所を見た狼男だったがそこには大量の煙が立ち込め、その中で狼達は伏せたまま動こうとしない。


 「ど、どういう事だ!?」


狼男には事態が把握できない。

とりあえずやるべき事は『旅人』の抹殺だと小屋の方へと向き直る。

すると目に映ったのは小屋ではなく見慣れた閃光手榴弾だった。


 「しまっ!」


狼男は反射的にその場から逃げようとしたが、いくら強靭的な脚力を持っていようとも使う前では意味が無い。

動くよりも先に破裂した閃光手榴弾の大音量の爆発音と閃光に狼男の目と耳がやられる。

人間よりもよく聞こえる耳とよく見える目は両方とも一時的にだが使いものにならなくなり、狼男はその場で留まるしかなくなった。

狼の持つ能力が逆に仇となってしまう結果だった。

それを見た瞬は小屋の中へと戻ると優しく抱えていたソーニャを床の上に下ろし、既に意識のないボリスの前に立つ。


 「何をする気じゃ?」


蹴り飛ばされてから体中に痛みがありながらもミハイルはどうにか起き上がっていた。

そして、瞬が何かをやろうとしているのに気付き、痛い体を引きずるように側へと移動する。


 「これで、もしかすれば治せるかも知れません。見ていてください」


最早、世界最高の外科医が見たとしても手遅れといった状態のボリス。

だが、瞬はさっき隊員がつけていた銀色の筒を作り出すとボリスの胸に置く。

そして、軍人達がやっていたのを見様見真似でスイッチを入れる。

低い起動音と共に淡い光を放ち始めた銀色の筒は段々と光が強くなっていき、ボリスの全身を包み込んでいく。

すると、ボリスの全身が徐々に狼へと変化していき、全ての変化が終わると横たわった一匹の白い狼へと変身していた。

ボリスは変身した事により意識を取り戻し、目を見開いて立ちあがる。

すると痛みがまるでない事に気づき、見える範囲で自分の体についているはずの怪我を探す。

瞬とミハイルも血の跡がある個所を見ては見る。

だが、怪我は何処にも見当たらず、血の跡が残っているだけだった。


 「どうやら大丈夫みたいですね」


 「一体、どうやったんじゃ?」


 「ウォン!」


 「いや、彼らがこの装置を使って今の時間でも狼に変身していたので、もしかするとこれでボリスさんを狼化できるかもしれないって思ったんです。ほら、狼化すると傷もふさがるらしいですから。じゃ、僕はまた相手をしてきますって、ボリスさん!?」


瞬が外に出ようとするとそれよりも早くボリスが飛びだし、慌てて後を追う様に瞬も出ていく。

まだ閃光手榴弾から回復しきっていない狼男を見つけたボリスは向かっていく。

そして、手術された恨み、瀕死に追いやった恨み、そして何よりソーニャに手を出した恨みを晴らすように飛びかかる。

牙は狼男の首筋に食い込んだものの、常人とは違う狼男の信じられないほどの筋肉に牙は致命傷にまで届く事はない。

逆に狼男の手でボリスは頭を掴まれてしまうとそのまま力任せに口を開かされ、上に持ち上げられる。

そこでちょうど回復した狼男は目を見開く。

狼が襲ってきたのに驚いたが部下ではない事に気づくと苦い顔を浮かべる。


 「貴様!狼化して傷を治したのか!・・・そうか、『旅人』の魔法か!」


 「ボリスさんを離せ!」


遅れて狼男に向かって瞬は次々と麻酔針を撃ち込む。

ちょうど両手が塞がっていた狼男はボリスを投げ捨ててその場から飛び退く。

狼男が地面に降り立った背後から回復した狼達が次々に飛び出すとボリスと瞬に向かっていく。

それを見たボリスは瞬に向かって小さく吠えると、背中に向かって首を何度か降る。


 「乗れって事?」


 「ウォン!」


 「じゃ、お邪魔します」


瞬がボリスの背中に跨るとボリスはすぐに駆けだす。

ボリスは向かってくる群れに対して猛然と向かっていき、瞬は背中の上から麻酔銃を連射する。

瞬は群れと交差する寸前で麻酔銃を消すと代りにスタンロッドを両手に作り出し、襲いかかる狼に向かってスタンロッドを振るう。

高圧電流の流れるロッドに触れた途端、狼の体中に電流が流れこみ、意識は一瞬にして飛ぶ。

そうやって群れを抜けた先には狼男が控え、狼男は迎撃するかのように何度も腕を振るう。

発生したカマイタチが次々に瞬達へと襲いかかる。


 「右に!」


ボリスは咄嗟に右へと飛んで回避し、カマイタチをかわす。

今度はお返しとばかりに瞬が麻酔銃を撃ち返す。

だが、針は狼男に届くまでにまた腕をふるって発生したカマイタチに全てが叩き落とされる。


 「何度やっても一緒だ!」


 「それならこいつで!」


瞬はすかさず閃光手榴弾を勢いよく投げつける。

同じ手は食わないと狼男は下から上に腕を振りあげ、発生したカマイタチが閃光手榴弾を上へと弾き飛ばす。

そして、空中で爆発したものの大した効力も発揮せずに終わる。


 「ボリスさん、向かってください!」


言われたとおりにボリスは狼男へと向かっていく。

狼男がまたカマイタチを発生させると瞬が右へ交わすように指示する。

ボリスが風を感じるほどのギリギリの距離で回避した瞬間、瞬はボリスの背中から空へと飛ぶ。

すぐに狼男が跳び上がった瞬へと気付き、次々とカマイタチを繰り出すがその全てが出現させた盾によって弾かれて散ってしまう。

瞬は狼男へと一直線に落ちていくと狼男はその場で足に力をためて右腕を後ろへ引くように大きく振りかぶった。

ため込んだ力を解き放つように狼男は瞬へと向かってロケットのように飛び出し、右腕の拳を固めて力を込める。


 「食らえ!」


瞬の見えない盾と激突する瞬間を見計らい、狼男は振りかぶった右腕を渾身の力で瞬に向かって突き出す。

狼男は今度こそ盾を壊してやるとかなり感情が昂ぶっていた。

だが、盾があるはずの場所を腕が素通りした瞬間、その感情は困惑へと変わる。


 「な、んだと?」


盾を消してタイミングをずらした瞬は狙い通りいった事に内心でホッとする。

狼男の殴りつけるタイミングが完全に狂わされ、突き出した右腕が伸びきった。

腕から全ての力が解放された瞬間、瞬の左手がその腕を掴み取り、右手に大きめの注射を作り出すと固定された狼男の右腕に突き刺す。

狼男は小さい痛みを感じながら後手に回ってしまった判断ミスを悔やむ。

押し込まれる注射の中身を止めるべく左手で瞬を殴りつけようとするが、強く引っ張られたように左腕がうまく動かない。

見れば左手には人間に戻っていたボリスがしがみつき、体中の力を使って左腕に負荷をかけていた。


 「こ、この!」


 「てめぇには一発返すだけじゃたらねぇが、とりあえずコイツは先付けだ!」


ボリスはそのまま右手を握り締めて狼男の顔面を殴りつけた。

人間に戻ったとはいえ、ボリスはかなりの力で殴りつけ、狼男が怯んだ隙に手を放して離れる。

ボリスに対しての怒りが一気に湧いた狼男。

それでも頭のどこか冷静な部分が先に瞬を片づけるべきだ、と自由になった左腕でいるはずの右腕付近を力一杯殴りつける。

だが、またしても拳は空を切るだけに終わり、すぐそばにいるはずの瞬を狼男は見失った。


 「どこだ!」


 「ここですよ」


上から聞こえた声に狼男は即座に反応すると見るよりも先に左腕で殴りつける。

今度は空振りすることはなかったものの左腕は瞬によって止められ、更にその掴んだ腕を捻りあげられる事によって狼男の態勢は崩れた。

そのまま瞬は力任せに狼男を揺さぶりにかかる。

狼男が必死になって抵抗する力が緩んだ瞬間、瞬は叩きつけるように壁に向かって投げつける。

信じられないほどの力に狼男は改めて『旅人』の魔法に脅威を覚えならがも体は態勢を整えるよう自然に動作していく。

狼男が回転しながら岩壁に着地しようとしていた時だった。

態勢を整えている所で狼男の視界が歪み始める。

バランス感覚までもが狂ってしまったのか着地する態勢はまた崩れていき、背中から石壁へと叩きつけられた。

その衝撃によって石壁に亀裂が入り、石壁の一部が崩れ出すと無数の石や岩が地面に落ちた狼男の上に降り注ぐ。

まるで墓のように積み上がった石を吹き飛ばして狼男が立ちあがる。

フラフラしている狼男目がけてボリスは走りだす。

歪む視界でそれに気付いた狼男だったが、腕を振るうにもまるで借り物の体のように体が動かない。

その間に瞬の打ち込んだ薬で意識の混濁している狼男へとボリスが飛びかかる。

ボリスは人間の姿に戻っていながらも常人を超えた力で狼男の顔面を殴りつけた。

防御もままならない狼男がよろけて背後の石壁へと追いやられると、ボリスは棒立ちになっている狼男を殴りつける。

今までの積もった怒りを晴らすように何度も何度も。


 「ボリスさん!」


20発を越えたあたりで瞬が止めに入る。

体で無理やりボリスの拳を止めたものの、ボリスはまだ足りないと言わんばかりに抵抗し続ける。


 「放せ!殴っても殴っても俺の怒りが収まらねぇんだよ!」

 

 「もう・・・もう終わってます」


見れば棒立ちになっている狼男はいつからそうなのかは定かではないが、白目をむいて完全に意識が飛んでいるのか少しも動かない。

殴るのが止むと狼男はその場にゆっくりと倒れ、地響きを上げる。

それを見たボリスは舌打ちをすると残りの狼の相手をしようと後ろを振り返る。

だが、そこに狼達と女軍人の姿は何処にもなく、いつの間にかこの場から撤退していたようだ。

ついさっきまで戦闘があったとは思えないほど広場は静まり、その痕跡だけが戦闘を物語っていた。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。


 申し訳ないですが当分の間、休載させていただきます。

『旅人』を書くのがうまくいかない訳ではないのですが、小説の書き方などをいくつか調べていくと、三人称視点での書き方としてどうもおかしいらしいので当面の間、勉強してみようということです。

期間としては2~3ヶ月くらいと考えていますが、最悪の場合、ここまで書いた『旅人』を全部書き直してみるのもあり得ます。

 とりあえず、順番的に一人称視点の勉強として『如月探偵物語』の方を書いていますので、よければそちらを参照して、意見等いただけるとありがたいです。

とはいっても、最終的に書きたいのは三人称視点の『旅人』なので練習小説が他にもできる・・・かも。


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