第21話:魔狼(6)
2010/05/09 修正版を更新(いくつか表現を修正
暖炉の前で横になっていたボリスは凍える寒さに目を覚ます。
寝ぼけながら起き上がったボリスは体をさすりながら暖炉の小さくなった火に隣に置いてあった薪をくべる。
程なくして薪に移った火は大きくなっていき、それと同時に朝日も差し込み始めた。
ふとソーニャを見ると死んだセルゲイ爺さんの側で眠ったままだった。
ソーニャに気づかれないようボリスは静かにドアを開けると、外へと出てここから去ろうと足を進める。
かわいそうな少女をできるなら助けてやりたい。
だが、自分が此処にいれば必ず追手が現れてソーニャを危険に晒す。
見た事はないが彼女が持っているという石化させる『メドゥーサの目』とやらも、奴らに見つかれば自分の様に体中を切り刻まれることにもなりかねない。
ボリスの頭の中に泣き叫ぶソーニャを切り刻む連中の様子が浮かぶ。
想像するだけでボリスは眉間にしわが寄るほど厳しい顔つきに変わるが、その妄想を振り払うように顔を左右に振る。
逃亡してから初めて休まった一時を名残惜しみながら、ボリスは洞窟を抜けると強化された身体能力で飛び跳ねる様に山を下りていく。
すぐに山の麓にまでたどり着くと遠くに村らしい集落が見えた。
起きてから鳴りっぱなしの空腹を静めるべく食料を調達しようとボリスは村へと向かう。
まだ夜が明けたばかりのため、村の中を歩く者はボリス以外に誰一人としていない。
それをチャンスとボリスはある家の自家菜園で実っている果実や野菜をいくつかもらい、生のまま食べれる物にかじりついて空腹を満たす。
残った野菜と果実を採取用として使われている籠に入れ、籠を持ったままその家を後にしようとした。
すると、ちょうど家のドアが開き、ボリスは慌てて家の陰に隠れる。
息を整えながら悟られないようにジッとし、開いたドアの様子を物陰から窺う。
すぐに家の中から中年の男が現れ、辺りの様子を窺いながら外に出ると村のはずれの方へと歩き出す。
どことなく怪しい感じの男にボリスは興味を抱いて後をつけていく。
その男は山側の入口に建てられている見張り台の下で足を止めた。
誰かを待っているのか何もせずにその場から動かないが、しばらくすると一人、またしばらくしてもう一人といった様に人は増えていく。
最終的に計5人の男が集まった所で何かを話し始めた。
隠れるように話す会話の中身を聞いてやろうとボリスは近寄り、会話の内容に聞き耳を立てる。
「・・・は死んだのか?」
「ええ、間違いなく。昨日飲ませたスープの毒がまわって死んでいるはずですよ」
「本当に警察にはばれないのだろうな?」
「大丈夫です、体からは検出できない毒で死因もただの心臓麻痺になるそうです。奴らから買ったので間違いはないでしょう」
「そうか、これであの山を売り渡す事が出来る。得体の知れない連中だが、破格の値段であの山を買い取ってくれるなら大歓迎だ!まぁ、セルゲイ爺さんには悪い事をしたがな」
「なぁに、身寄りの一人もいない変わり者の爺さんだ。いつ死んでもおかしくはないのだから構わんさ」
「そうだな、これで村も発展するのだから尊い犠牲という奴だ。せめて葬式は私達で開いてやろう」
「おぉ、それはいい!」
「そうしましょう!」
「ははは、ではまた後で」
そう言うと男達は楽観的に自分の家へと帰っていく。
当然、この時間に自分達以外には外を出歩く者はいないと思っての会話だった。
だが、それを物陰から聞いている男がいるのにはまるで気づくことはなかった。
ボリスは胸糞悪くなる内容の会話に近くの木を殴りつけてその拳を木の中にめり込ませる。
八つ当たりで気持ちが少し静まるとボリスは急いでソーニャの元へと走る。
信じられないほどの速度で一気に小屋にまで戻り、息を荒くしながらドアの前に立つと中からソーニャの声が聞こえてきた。
「ヒグッ、ヒック・・・。一人・・・一人になっちゃった。グスッ。お爺ちゃん・・・、ボリス・・・。ウウッ」
ボリスは良心がチクチクと痛むのを感じてドアに手が触れられない。
数秒固まった後に意を決してドアを開けると、それに気付いたソーニャは革のベルトの間から流れる涙を拭う。
「だ、誰?」
「ボリスだ」
「・・・え?ボ、ボリス?・・・ウウッ、ウワーーン!」
拭ったそばからまた流した涙そのままにボリスの足へと精一杯の力でしがみついて泣きだす。
「馬鹿!ボリスの馬鹿!私を一人にしないでって言ったじゃない!」
良心が更に痛むのを感じながらボリスはどうしたものかとソーニャの頭に手を軽く添えてやりながらしばらくその場に立ち尽くした。
特に何かしたわけでもないのにやたら懐かれているのを多少困ったようにボリスは思っていた。
だが、ベッドに横たわっているセルゲイを見ると村で聞いた会話が頭に浮かび、泣き続けているソーニャの両肩を掴んで放す。
「おい、爺さんはどうして死んだんだ?」
「ヒグッ、ふ、ふぇ?昨日、村から帰ったら胸が苦しいって。グスッ、ベ、ベッドで横になってたんだけど、全然息してなくて、ヒクッ」
涙声で分かりにくい内容だったが、ボリスが村で聞いた内容とは一致する。
それを聞いたボリスは眉間にしわを寄せ、また怒りがこみ上げてくる。
ふと奴らの一人がスープを飲ませたと言っていたのを思い出し、足元で泣く少女は飲んでいないのか慌てて問い詰める。
「お前は飲んでないのか、スープ!?」
「ス、スープ?私は昨日から何も・・・」
そう言うとちょうどソーニャの腹の音が鳴る。
ボリスは安心するとともに自然と笑いがこみあげ、逆にソーニャは笑われたのに顔を赤くしながらようやく泣き止む。
ボリスは村から頂戴してきた野菜と果実を手早く調理し、皿の上に盛り付けてソーニャへと手渡す。
おいしそうな匂いにソーニャの腹の音はまた鳴る。
だが、今は恥ずかしさよりも空腹を満たすほうが先だと野菜炒めを見えない割に器用に口へと運んでいく。
その食べっぷりを見ながら、ボリスは頭の中で今の状況を整理し始めた。
まず、村の連中はこの山を得体の知れない連中とやらに売り渡そうとしていた。
だが、この山に住んでいたセルゲイ爺さんがそれを拒否したため、あの村で見た5人が話し合いでもするために村に降りてきたセルゲイ爺さんに毒入りスープを飲ませた。
セルゲイ爺さんはどうにか小屋にまで帰ってきたが、そこで力尽きてしまった。
邪魔者がいなくなった所でこの山を謎の連中に売り払い、その金で村は発展するといった所だろう。
ここまでの話になったのであれば警察に通報して調べてもらうのが手っ取り早い。
だが、この野菜炒めに集中している少女はどうなるのか。
『メドゥーサの目』という常人なら胡散臭い話をまともに信じてはもらえないだろうし、逆に信じてもらっても厄介な事にしかならない。
村人の一人はセルゲイ爺さんは身寄りが無いと言っていた。
セルゲイ爺さんがソーニャの存在を隠していたのも分かる。
ボリスは自分も騒げば逆に自分が捕まるだけであるために警察沙汰はごめんだった。
「どうしたのボリス?黙ったままだけど?」
野菜炒めを全て胃袋に流し込んで少しは満足したらしいソーニャは、静かに黙っているボリスに気がついた。
「いや、なんでもねぇ。・・・それよりお前はこれからどうするんだ?」
「えっと、その、ここにいるよ?」
「飯の調達はできるのか?炊事、洗濯は?水汲みすらできるか怪しいぞ。どうせ今まで爺さんに頼りっぱなしだったんだろ?まぁ、しょうがないがな」
「む、むぅ・・・、それならボリ」
「俺はいなくなるからな」
「えっ、ちょっと!なんでよ!ここにいてよ、ボリス!」
「はぁ、残念ながら俺は追われてる身でね、このままここにいればお前を巻き込んじまう。それにさっき村で聞いたがこの山は何処かに売られるらしい。つまり追い出されるって事だ」
「そ、そんな・・・」
ソーニャは言いようのない不安が体にのしかかったように感じ、肩を落として立ちつくす。
ボリスなりに出来るだけ優しく伝えたつもりだったが、ソーニャのあまりの落胆具合にボリスはまた良心が痛むが頭も痛い。
何しろまだ伝えなければいけない本当の事を伝えていないからだ。
ただ、内容がソーニャには辛すぎる内容であり、なおかつこんな事を話した日には村中が『メドゥーサの目』とやらで石化されかねない。
「じゃ、じゃあ、ボリスについていく!」
「お前なー、俺は殺されかけてばっかりなんだぞ?奴らの植えつけた魔法が無けりゃ確実に死んでることばっかりだ。そんな所にお前が来てみろ、殺されるか奴らの実験材料にされちまうぞ」
「・・・それならボリスはどうしろって言うの?」
「それは、だな、うーん・・・」
「もういい、ボリスの馬鹿!」
怒ったソーニャはセルゲイの死体に生きていた頃の優しさを求めるように寄り添い、小さな声ですすり泣くようにまた泣きだす。
「勘弁してくれ・・・」
色々と頭の痛くなる出来事ばっかりにボリスは頭を抱える。
ふと外を誰かが歩いているのに気付き、窓から外を窺って見ると村で見たあの村人達が小屋へと歩いてきていた。
あらかたセルゲイが死んでいるのを発見した芝居でも打つつもりなのと証拠隠滅にでも来たのだろう。
そう考えたボリスは泣いているソーニャの後ろに立つ。
「何よ、ほっとい、もがっ!」
てっきりソーニャはボリスが言い訳でもしてくるのかと思っていた。
だが、いきなり口を塞がれるとは全く思っておらず抗議するように体をバタつかせる。
「こ、こら、静かにしろ。静かにっ。村人が来る」
それを聞いてようやく動きを止めたソーニャだったが、既に遅かった。
物音に気付いた外の男達はまだセルゲイが生きているのかと全員が顔を見合わせ、小屋へと駆けこむように入る。
だが、そこにはベッドの上に寝たまま動かないセルゲイがいるだけだった。
周りを見渡しても誰もおらず、空耳だろうと思った男達の注意はセルゲイに向く。
全員がベッドへと向かっていく隙に、ソーニャを担ぎながら天井の角に張り付いていたボリスは物音をたてないよう静かに降り立つとドアから外へと出る。
幸い誰にも見つかることなく外へと出るとそのまま外側に張り付くように隠れ、窓から中を覗き込んで様子を窺う。
男達はセルゲイが間違いなく死んでいるのを確認して安心したようだ。
これからどうするかをその場で話し合っているらしく、とりあえず葬式を開くために遺体を村に持ち帰る事で決まった様だ。
「ねぇ、あの人たち何しに来たの?」
「しっ!黙ってろ。どうやら村で爺さんの葬式をやろうとしているらしいぞ」
「お葬式・・・か。でもお爺ちゃん、村の人たち嫌いだった。嫌いな人達にお葬式してもらっても・・・」
「そう言うな、爺さんも村人全員が嫌いって訳じゃないだろ。それに世の中にはお葬式どころか人知れず死んでいく奴もいる。それに比べれば人の手であの世に送ってもらえるだけマシじゃないのか?」
「うん・・・」
その葬式を開こうと言っている村人達がセルゲイを殺した張本人であるのはセルゲイも浮かばれないだろう。
ボリスは湧き上がる怒りを拳を握り締める事で堪えながら奴らを見るしか出来ない。
そうしていると一人の男がセルゲイの死体を背中に担ぎ、村人達は足早に小屋を出たかと思うと最後に調子に乗った一人が喋り出す。
「これでこの山ともおさらばだな!それでこそセルゲイ爺さんを殺したかいがあるってもんだ!」
「シッ!そんな事を大声で言うんじゃない。どこで人が聞いているか分からないんだぞ!?」
「こんな場所にこの爺さん以外に誰かいる訳が無いだろ!さぁ、さっさと帰って奴らに連絡を取ろうぜ」
「全く・・・、皆行くぞ」
そう言って洞窟の中へ消えていった村人達は知る由もなかった。
ここに死んだセルゲイ以外にも住人がいる事を。
彼らの会話を全て聞いたソーニャはただ無言でその場に立ち尽くす。
頭の中のまとまらない考えに足元がふらついて地面に腰をつく。
慌ててボリスはソーニャを抱きかかえると小屋の中へと連れ込み、本来の主人がいなくなったベッドへと横たえる。
すると、ソーニャは怒るでもなく悲しむでもなくただ淡々とボリスに問いかけ始める。
「・・・ボリス、どういう事?お爺ちゃんは殺されたの?ねぇ?」
村人の不用心な会話のせいで、もうソーニャには隠し通せない事をボリスは悟った。
そして、ボリスは観念した様に村で聞いた内容もソーニャへと話す。
話しながらボリスはソーニャの様子を心配するが、横たわった少女は終始黙ったまま何も喋らずに話に耳を傾けていた。
全てを話し終えると怒りをこらえているのか震える声で喋り出す。
「ボリス・・・、私を村に連れて行って」
「駄目だ」
「・・・それなら勝手に行くわ」
ベッドから体を起こしたソーニャは小屋から出ていくとおぼつかない足取りで洞窟へと向かっていく。
ボリスはすぐさまソーニャの後を追って捕まえる。
すると彼女は腕を激しく振り回して抵抗するが、ボリスの掴んだ手を外す力は少女にはなかった。
「放して!放してよ!」
「駄目だ!お前、村に行ってどうする気だ!その『目』を使って村全部を石にでも変えるつもりか!そんなことしてお前の爺さんは喜ぶのか!?自分の孫が人殺しになって喜ぶのかよ!」
「ぐっ・・・」
「それに村人全員が爺さんを殺したかった訳じゃないだろう、悪いのはあの5人だけだ」
「じゃぁ、私はどうしたらいいの!?お爺ちゃんを殺されてただ黙ってるの!?そんなの耐えられない・・・、グスッ」
悔しさと怒りがソーニャの中で渦巻き、それは彼女の顔にも表れる。
ボリスは少しだけ考え込むと、静かに泣く少女の頭を撫でながら口を開く。
「・・・俺が代わりにやる」
「え?」
「俺が爺さんの仇を取ってやる。この狼になる力を使ってな。お前は何もしなくていい」
「で、でも、ボリスは追われてるって。此処からすぐに出ていく気だったじゃない」
「気にするな、お前みたいな子供を泣かせたままほっとくのは目覚めが悪いからな。そう何度も後悔するくらいならやるだけやってやるさ。お前を危険にさらす事になるがそれでもいいなら、だが?」
提案を受けたソーニャだが考えるまでもなく答えは決まっていた。
「お願い・・・します」
「分かった、お前がそれでいいなら俺も従おう。ただ一つだけ条件がある!」
突然、声を荒げて言うのにソーニャの体が自然とびくつく。
空気が重く感じる中で一体何を言うのかとソーニャは強張った体で身構える。
「な、何?」
「・・・食事から人参は抜いてくれ」
「へ?・・・プッ、アハハ、アハハハハ!」
場を和ませようとした一言が予想以上にソーニャにうけてしまい、顔を赤くしながら小屋の中へと戻るボリスとそのボリスに手をひかれて戻っていくソーニャ。
色々な事が起こり過ぎて混乱していたソーニャもこの時だけは安らぎを感じていた。
という事だ。これが全て・・・だぁ?」
話が終わって目を開いたボリスが目にしたのは、泣いている瞬に悲しそうな表情ではあるが怒りの表れか体が少し震えているミハイルだった。
話す前と明らかに違う2人の変わり様、特に声を上げはしないが頬を涙が伝うほど泣く瞬にはボリスもさすがに驚いていた。
「お、おい?」
「・・・そんな事があったなんて。ううっ、信じられない」
「お前さん達の事は分かった。お前さん達の過去にも同情するし、誰かは知らんが村の者達が悪いのも分かった。じゃがそれでも復讐なんて止めてくれ。死んだ村人の何人かはセルゲイを事した事とは無関係のはずじゃ」
「そ、そうです、人殺しなんてやってはいけないんです!貴方が人を殺せばその遺族たちから恨まれ、また新しい怨恨が生まれるだけです」
2人の言い分を聞いたボリスは小さく低く笑い出す。
だが、目はまるで笑っている時の目ではなかった。
「ハハッ、・・・復讐を止めろ?人を殺すな?・・・ふざけるな!奴らはそれだけの事をしているんだ、許せるわけがない!それにソーニャはどうだ!育ての親を殺されて一人ぼっちになったんだ!彼女に、殺されたのはしょうがないから諦めろ、とでも言うつもりか!」
「それは・・・」
「いいか?お前なら分かるだろうがソーニャの力は本物だ。その気になれば村どころかその周りの森は全て石に変わるんだぞ!勿論、俺はソーニャにそんな事をしてほしくはない、だから俺が村人の殺害を買って出た。残っているのは後一人、その邪魔をするならお前達も殺すぞ、いいな!」
言い終えたボリスは胸糞悪い気分を晴らすために外に出ていく。
小屋の中に残された二人は再び椅子に腰かけると深いため息をつきながら対面の男と顔を見合わせる。
「こいつは困った事じゃ、どうしたらええんじゃ?」
「・・・僕は彼らを全力で止めます。ミハイルさんは街に戻って残っている一人を警察を呼んで捕まえるというのはどうです?」
「そうじゃの、それで行こう。ただ、最後の一人というのは一体だれ」
突然、小屋の周りの石壁に反響するように銃声が辺り一体に鳴り響く。
それに続けて外の方が急激に騒がしくなる。
つい今しがた出ていったボリスに何かが起きたのを察知した2人は急いで外に飛び出る。
そこには雪に紛れるための白い迷彩服を着込んだ軍隊の一団、そして隊長格らしい腕章をつけた男の前で地面にひれ伏したまま動かない血を流すボリスの姿があった。
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