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悪役令嬢はダークヒーローを救いたい  作者: 橘田ぽんず
第二章 魔導師ギルド【白の黄昏】
18/18

18 町外れの診療所




   ◯◯◯




 魔導協会の医師としての仕事が決まるまでにさした労力は必要なかった。心配事のほとんどは魔導協会の役員であるエルマー・ロージィがどうにかしてくれたからだ。彼は魔導協会の内部に【黒の霧】のメンバーを忍ばせたかっただけなのだろうけれど、こちらとしては都合の良いポジションを得ることができたように思う。エルマーとの人脈は私にとってはとても良いものだった。

 娘であるマリアの家庭教師を行うようになってから、エルマーからの信頼はより大きなものになったように思う。【黒の霧】の幹部であるエルマーに取り入るつもりで近づき、言われるがまま面倒だとは思いながらも娘の家庭教師まで請負ったが、まさかここまでの信頼を勝ち得ることができようとは。ロージィの尽力があればこの先のいろいろなことがやりやすくなる。ここまで信用されているとなると、むしろいずれ裏切ることが心苦しくなってくる。ロージィの人間がただの極悪非道な悪人たちであればきっとここまで心が痛むこともなかったのだと思う。闇ギルドである【黒の霧】に所属しているとは言っても家庭でのエルマーはごくごく普通の父親だった。子どもたちの未来を思って、妻を愛して、己れの信念を持って闇ギルドに身を置いている。彼はそこ抜けた悪人ではなく、ごく普通の男だった。だからこそ、自分がいずれあの家族を裏切る日のことを思うと、わずかに後ろ暗さがついて回る。マリアの家庭教師をしてあの家に頻繁にで出入りをすることがなければ、こんなふうに彼らとの距離を縮めることはなかったのだろう。

 それでも。それでも自分のことを受け入れてくれるあの家族のことを自分はいつか裏切る。これは確信を持って言えることだった。


「それでも、この身は全てあなたの望みのために……」


 願いは初めから一つしかない。

 そのために如何なる犠牲すらも問わない覚悟はできていた。いざとなれば、好みすらも捨てて。


「貴方が守りたかったものを、代わりに守って見せましょう」


 己れの望みは一つだけ。そのためにならば誰を犠牲にしてでも構わない。何を捨ててでも成し遂げなければならないことはずっと昔から決まっているのだ。


 ……先生!


 あの懐かしい日々に思いを馳せると、同時に一人の少女の顔が浮かぶようになった。

 彼女は私のことを先生と呼んだ。ほんの冗談でそう呼ぶように言ってみたら彼女はすっかりその言葉を真に受けてしまって、今更訂正させるのも面倒くさいからずっとそのままにしてある。


 家庭教師なんて柄ではない。ましてや幼い貴族の少女を相手にするなんて考えただけでもゾッとする。だけれど目的のためにはより深く【黒の霧】に潜り込んでおく必要があったからこそ、どれだけ面倒に思ったとしてもこれはまたとないチャンスだと自分に言い聞かせ、エルマーからの申し出を受け入れた。予知夢の能力を持っていると言われたときには、何を馬鹿げたことを言っているのかとも思ったが、かの三代賢者の一人である【緋色の魔女】にも予知能力があったと聞いたことがあるのと、彼女が嘘をついているようには見えなかったこともあって、その言葉を信じることにした。それと同時にこの少女を取り込むことができれば自分にとって大きなメリットになるだろうと考えた。未来が見える少女の能力が欲しかった。

 それに、実際に家庭教師をするようになってみて、私の心配は意図もたやすく吹き飛ばされた。マリアはとても優秀な生徒だった。聞き分けも良い。歳の割に大人びていて、子供らしい癇癪を起こしたこともない。さすがはかのロージィ家の長女というだけのことはあるのだろう。物覚えも悪くない。教えたことを貪欲に吸収しようとする姿勢は、自然とこちらのやる気も引き出させた。どれだけ地面に転がしても絶対に食らいつこうと立ち上がってくる彼女は、生徒として純粋にかわいかった。

 マリア・ロージィは奇妙な少女だった。上流貴族の生まれでありながら、ギルドに入ることを望み、その目には何かしらの目的意識が宿っているように見えた。それでも真っ直ぐにこちらを見上げて純粋に自分を慕ってくる小さな存在は、けして居心地が悪いものではなかった。歳の離れた彼女に何かしらの感情を抱くことはなかったけれど、ただ純粋に教え子として、マリアのことは大事に思っていた。


 そんな彼女も十五になって、当人の希望通りギルドへの登録を果たした。そろそろ初めての仕事についている頃だろう。【白の黄昏 (ホワイト・ダスク)】のマスター・セレナはロージィ家とも親交が深いはず。初めての仕事はそう難易度の高くないものを与えられるだろう。それに彼女の実力は自分が一番良く知っている。まだまだ世間知らずで魔導師として未熟なところはあっても、魔法の実力は申し分ないレベルにまで育てている。他でもない、この私が育てだのだから、余程のアクシデントに見舞われない限り、問題無く仕事を終えることだろう。



 エメラルダの郊外に設けた診療所は、自宅も兼ねている。

 薬品の整理を終えて、必要なものの発注書を書き終えて一息つこうとポットに水を汲んでいたそのタイミングで、家の外に魔力の気配を感じた。良く知ったその気配に「ああ、さては初仕事を終えてその報告にでも来たのだな」ともう一つカップを用意する。しかしいくら待ってもその人物は家の中に入ってこようとはしない。不審に思って扉を開けて、わたしは目の前に光景にギョッとした。


「マリア!?」


 教え子である少女が診療所の庭先に座り込んでいた。

 しかし様子がおかしい。鼻につく鉄臭い臭いの発信源は、彼女の肩だった。引き千切ったシャツを巻いただけでろくに止血にもなっていない傷口に目を見張った。マリアには自分の開発した水の魔力を応用した治癒術を授けている。もちろんまだまだ自分には遠く及ばないものの、この程度の傷を止血することくらい彼女ならば訳ないはずだ。

 この傷は……まさか『銀の弾丸』が撃ち込まれたのか。あんなものがまだ出回っているなんて。とうの昔に、それこそ『三代賢者』の時代に廃止された代物だろう。

 だが銀の弾丸ならが彼女が肩の傷を治療していないことにも納得がいく。治療をしなかったのではなく、出来なかったのだ。特殊な加工のされた銀の弾丸が持つ効力によって魔力の大半が封じられて仕舞えば、高度な治療魔法なんて使えるはずがない。


「マリア、どうした。何があったんだ」


 問い掛けるも返答がない。気が動転しているのか、歯をガチガチと鳴らしながら虚な目で一点だけを見つめている。身体中には細かな傷がたくさんあって、衣類は無残にも前をはだけさせられていた。彼女がその尊厳を傷つけられるような非道な暴力を受けたことは明らかだった。

 羽織っていたカーディガンを脱いでひとまずそれを肩にかけてやる。


「マリア。マリア、こっちを見ろ。私だ、ニコラスだ」


 そう呼びかけると、彼女の体がビクッと大きく跳ねた。そしてようやく、大きな灰色の双眸がこちらに向けられる。


「せん、せ……?」

「ああ、そうだ。大丈夫か?」

「わたし……そうだ、わたし……、わた……ッ」


 途端彼女の双眸に水が溜まっていく。じわじわと溢れ出したそれが溢れて、溢れて。泥だらけになった白い頬を濡らしていく。ワナワナと唇が震えて、表情が強張っていく。


「う、えぇ……ッ」


 体をくの字に曲げて、腹のものを吐き出した。こんな彼女を見たことがなかった。一体何があったというのだろうか。


「せんせ……ッ、先生、わたし……ッ」


 触れている体はゾッとするほど冷たいのに、肌が奇妙なほどに汗ばんでいて。全身を震わせながら彼女はただ泣きじゃくっていた。言葉はぐちゃぐちゃで、要領を得ていない。とりあえず立ち上がらせて診療所の中に招き入れた。

 肩をさすって落ち着かせて、紅茶を入れてやって話を聞く。

 ギルドでの初めての仕事に向かったこと。本来ならばただの盗賊から依頼主を守るだけの仕事だったはずが、相手が魔導師を商品として仕入れようとしていたらしく、銀の弾丸を体に打ち込まれたこと。それでも出荷されてしまっては逃げられなくなるからと無理を押して逃走を図ったこと。しかしその過程で相手に捕まりそうになり、反撃に出たところ、殺されそうになったこと。


「死にたく、ないって……死ぬのは怖くて……ッ。こわく、なって……っ」


 小さな、年相応の少女らしい細い体がガタガタ震えて、だらだらと涙が溢れてくる。


「そしたら、わたし……頭の中、真っ白になって……ッ」


 それからのことはほとんど覚えていないとマリアは言った。死の恐怖に直面して気が動転して、気が付いたらこの診療所の庭先に座り込んでいたそうだ。

 状況は何となく理解出来た。魔法族が今の時代もまだセリアンからの差別の中にいることは、魔法族である自分自身が良く分かっている。そして魔法族を『魔導具』として売買しようとする悪どい連中が存在していることも知っていた。だがよりによって、まさかギルドに入ったばかりの教え子が一番最初の仕事でそんなものに出会すことになるなんて思いもよらなかった。マスター・セレナだってそんなこと想像もしていなかっただろう。分かっていたらわざわざロージィの娘にそんな仕事を振るわけがない。言い方は悪いが、ロージィを敵に回すような真似なんて、魔法界に生きている人間ならば誰もしたくないはずだ。


「わたし、ハッキリとは覚えてなくて……でも、わたし……あの時、相手の男の人……殺させるかもって思ってだから、その時……」


 頭が真っ白になっている中で朧げにだが見えていた光景があると彼女は言った。

 朦朧とする意識の中で川の水を操って、襲いかかってくる男たちを蹂躙していく中で彼女は。


「わたし、人……殺しちゃったかも、しれない……ッ」

「……ッ!」




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