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第四話

それからすぐ、王子はロゼを連れて王都へ帰って行った。ビビは街外れでこっそりと見送ったのだが、なんだか胸にポッカリと穴が空いたような気分になった。やっと仲良くなったロゼがいなくなってしまったからか、それとも王子一行の中にクロスがちらりと見えたからか。

その後、街中が噂の嵐となった。ロゼの家はとても古くからある由緒ある貴族だったのだが、金銭的に困って今の義母と再婚したらしい。そして、一人娘のロゼがいたことは、あまり知られていなかったようだ。主人がロゼを大切にしていたからだろうが、この場合は義母のいいように利用されてしまったのだから、大事に隠しておくのもそのときどきだろう。

ビビは、またいつものように忙しく針を動かしながらその噂を耳にして、良いことをしたものだ、と一人にこにこしていた。



そろそろ2人の結婚も近いらしいという噂が流れてきた頃、ビビの元に手紙が一通届いた。刻印は、王城のものであるバラ。ぺりぺりと開けると、中から招待状が出てきた。

見ると、来週王子とロゼの結婚式があるから友人としてぜひ来て欲しい、とロゼのものらしい筆跡で書いてあった。ロゼはビビとの約束を守って、ビビが魔女であることは誰にも言っていないようだった。もし言っていたら、もっと豪奢な招待状が魔法使い様に届いたことだろう。

仕方ないなぁ、行ってやるかー、とビビは一人ごちたが、少し期待している自分がいることも感じて苦笑した。



式当日の早朝、王城の馬車がビビの家の前に停まった。ビビが姿を現わすと、御者や従者は少し驚いたようだがすぐに丁寧な態度に戻り、完璧にエスコートして馬車に乗せてくれた。このあたりはさすがプロといったところか。

昼前には着き、ゆうゆうと王城に足を踏み入れたビビは、もちろんいつものつぎはぎ服にくしゃっとした髪で顔を隠したままである。式にもそのまま出ているのだが、ただの『ビビ』としてはこれ以外に服を持っていないのだから仕方ない。

大広間では、かなり場違いなビビはものすごく浮いていて、沢山の貴族達から注目を浴びた。

そして、ロゼもそれに気付いて駆け寄ってきた。

「ビビっ!!」

ビビも走り寄って、ウェディングドレスを着たロゼと抱き合った。

「ロゼは、幸せにね。良かったねぇ!おらの、ドレスより、ちょいと落ちるけどさ」

そう言うビビに、ロゼは涙ぐみながらも微笑んだ。

「ありがとう、ビビ!本当に、なんてお礼を言ったらいいのか……」

きっと、魔女としてのビビの行動を、王子から聞いたのだろう。ビビはただ笑って、良かったね、と言うだけだった。

初めは明らかに庶民と分かるビビを見て、少し引いていた貴族達も、純粋に心から王弟妃の幸せを願っているのが分かり、にこりと笑顔になっていた。

「ほらほら、おらに、ひっついてないで、おーじ様と、ひっついてな。きょーは、ロゼと、おーじ様のための、お祝いなんだから」

その言葉を聞いて、少し笑いが起こり、ロゼは頬を赤くして笑顔で待つ王子の元へと歩いて行った。

ビビには、かなりのビップ席が用意されていて少し驚いた。

式は滞りなく進み、神の元に2人が誓い合った。指輪をはめ、王や他の重臣達からそれぞれにお祝の言葉が出たところで、ビビが立ち上がった。とたんに、皆がしーんとなってビビの言葉を待った。

「それじゃ、あたしからもプレゼントだよ」

「え?」

2人は突然言われてきょとんとしていたが、ほかの人達も、一体ビビが何を贈るのかと興味津々で見守っていた。ビビはいつかのように、スカートのポケットから杖を取り出した。

「愛しあう2人に、祝福を」

ふわりと杖を振ると、キラキラと魔法が舞った。そして王国の紋章でもあり、幸福の代名詞でもあるピンクのバラ、『ロゼ』が2人の周りに降ってきた。

魔法使いからの祝福、というのは、望んでもそうそう得られるものではない。それは王族といえども例外ではないのだ。それが目の前で行われ、そこにいた皆があぜんとしたが、すぐに大喝采となった。

「ビビ……」

王子の腕の中で、目を潤ませて、ロゼはそれ以上言葉を紡げない程に感動してくれたらしい。王子も、ありがとう、と笑顔で礼を言った。ビビは大満足で、にっこりと頷いた。


ビビが魔女であると分かった途端に、それまでも丁寧に対応されていたのが輪をかけてもてなされる結果になってしまった。そのまま披露宴の行われる会場へと移動していたのだが、質問攻めにされるのが目に見えていたため、ロゼに遠目で手を上げて謝り、窓から箒で逃げた。ロゼは幸せそうな表情でその様子を見て、ビビらしい、と王子と笑いあった。

本当は、それだけではなくて、披露宴の会場にクロスの姿が見えたこともあった。騎士達は式には出ていなかったのだが、パーティーには出るのだろう。悪いことをしたつもりはないのだが、何となく顔を合わせにくい。

ビビはちゃっかりシャンパンとグラスをくすねて、会場を見下ろせる少し離れた場所にある塔のベランダに腰掛けていた。

ざわざわと賑やかな声が遠くに聞こえる中でシャンパンを傾けていると、ふいに後ろの部屋のドアが乱暴に開かれた。音に振り返ると、駆け上がってきたのか、息を切らせたクロスが立っていた。

ビビは、もう逃げる訳にはいかないか、と腹をくくった。

「お久しぶり、クロス」

グラスを横に置き、手すりから降りてクロスが近づいてくるのを待った。

目の前で止まるかと思ったのだが、彼は止まらずにビビに腕を伸ばした。ビビの骨くらいなら簡単に折ってしまいそうな程がっしりとした腕に、力強く、でもこれ以上ないくらい柔らかく閉じ込められた。そのギャップに、ビビの心臓が跳ねる。

「……どうしたらいい?」

上から降ってくる声も、ビビには心地よいものだった。低くて、甘い声。

「どうしたら、お前は俺のものになるんだ?」

ぎゅう、とさらに力が入り、ビビはクロスにぺたりとひっつく結果になった。

「ちょっ……苦し……」

ビビが訴えると、少し緩くなったものの、腰に回った腕は解けそうもなかった。

「あの、放してくれる?」

「嫌だ」

すぐに返ってきた言葉に、ビビは思わず見上げた。するとすぐ近くに、クロスの緑の瞳が見えた。切な気な、苦しそうな表情は一度見たことがあるものだ。

「俺のものになると言うまで、放さない」

見上げるビビに、クロスはむしろ挑戦的な言い方で言った。身体の奥から熱くなってくる。ビビは熱に浮かされたような気分になってきた。くらくらする。

「……そう言ったら、放してくれる?」

ビビがようやく口にすると、クロスはあぁ、と頷いた。それを聞いて、理解したビビはぴたりと思考を止め、ぱちくりと瞬きをした。目の前には、揺れる緑色の瞳。綺麗だな、と素直に思った。

「じゃあ、言わない」

そう言うと、緑の瞳が衝撃に見開かれた。しかしすぐにビビは言葉を続けた。

「だって、放して欲しくない」

そして、片手をクロスの頬へ、そっと当てた。それを確かめるように、瞳がまぶたに隠された。

「ビビアン……」

胸が暖かくなった。名前を呼ばれるだけで、こんなに満たされるとは。そう感じて、ビビはあれ、と疑問を感じた。

「クロス、あたし……?」

誰にも、その名前は教えていないはずなのだ。クロスは少しバツが悪そうにビビを見下ろして、ゆっくりと言った。

「サーイ様に、聞き出した。ビビ、の方がいいか?」

なるほど、ビビの師はそういえば結構おせっかいな人だった。クロスに聞かれて、ビビは首を横に振った。

「ビビアンでいい」

「……ビビアン、好きだ」

「あたしも、クロスが好き」

ビビが答えると、ぐいっと引き寄せられた。けれども、合わさった唇はとても柔らかかった。そして、こつん、と額を寄せ、クロスはそっと言った。

「放さない。だから、大人しく俺のものになれよ」

その言葉に、ビビはにっこりと微笑んだ。

「それならいいわよ」

幸せな時間は、ゆっくりと進んでいった。


パーティーが終わりかけているのを眺め、寄り添ったままビビはもう一つ持っていた疑問を口にした。

「それにしても、よくあたしだって分かったわね」

今は髪だけは邪魔で上げてしまっているものの、まだつぎはぎなキテレツ服のままだ。しかし、それを聞いてクロスは逆に不思議そうな表情で首を傾げた。

「ん?どうして分からないんだ?」

どうやら、ここに着いたのを見た時から分かっていたらしい。式の前には騎士としての仕事があったためすぐには声をかけられなかったのだが、パーティーに来るはずのビビがいなくて、急いで探して見つけたのだ。さすが、というべきだろうか。

「……だって、王子様だって気付いてなかったのよ?っていうか、顔隠して服としゃべり方をあそこまで変えてたら、普通は気付かないんだけど……」

「そうか?」

恋人達は見つめ合い、そして幸せそうに微笑んだ。





王子とロゼは、もちろん末永く、幸せに暮らした。

そして、彼らに仕えていた筆頭騎士と、その妻である王城魔女の2人は、その仲睦まじさと強さ故に、『王国の双璧』とあだ名され、後々まで語り継がれることになったのである。

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