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召喚勇者の結末  作者: 稲荷竜
転生者の幸福
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フリートの場合4

 集落が燃える。

 悲鳴が響く。


 襲撃だ。

 犯人は立派な鎧で着飾った軍隊だった。



 獣人たちは知りようもないことだが。

 集落を襲った軍隊は、ヴィリグートという大臣のクーデターへ加勢に向かう途中だった。



 軍団長を任された男性は人間原理主義として有名だった。


 いわゆる亜人差別者の中でも、過激な方の考え方を持つ者をそう呼ぶ。

 国家の要職にいない亜人は下等人種である。

 道ばたに落ちるゴミと同じだ。

 奴隷としてなら生きていてもいいが、野生の亜人は獣と同じである。

 だから――殺してもいい。


 また、この行軍が、軍団長にとって華々しい人生の門出だったことも、災いしたのだろう。

 彼はヴィリグートと呼ばれる大臣の側近だった。

 ヴィリグートが国王を打倒し国を乗っ取ったあとで、要職に就くことが約束されている。


 その門出たる行軍の道に、亜人の集落がある。


 それは、彼にとって我慢のならないことなのだった。

 だから殲滅する。

 他に理由はいらなかった。


 ……獣人だけではなく、ヴィリグートの私兵である者たちさえまだ知らない事実がある。

 クーデターは勇者によりヴィリグートが殺され、とっくに鎮圧されていた。

 亜人の集落一つ『掃除』したところで間に合うだろうと楽観する軍団の思惑は、まったくの見当違いではあるし、軍団長にはヴィリグートの協力者として裁かれる未来が待っているが――

 襲われている集落には、何の救いにもならない事実である。




 燃えさかる集落を前に。

 一番最初に行動を開始したのは、弓使いの少年だった。



「先生! オレはあいつらの足止めをする! その間に、王都から衛兵を呼んで来てくれ!」



 先生と呼ばれた彼は、反射的にうなずいた。

 敵は武装を整えた軍隊だ。

 数は三十人からいる。

 若者の多くを『卒業』の習慣で出稼ぎに出しており、老人や子供の多いこの集落の戦力だけでどうにかできる数ではなかった。


 彼も。

 どうにもできなかった。


 むしろどうにかしてしまえる事態になってくれるなと、いつになく強く願った。

 自分が力を発揮する時は。

 後戻りできない時だと、彼は思っていたから。




 戦う職業を志す者は先頭に立って兵士に対抗する。

 医者や家政婦を志す者たちは、けが人の応急手当に回った。

 力の弱い者は、老人や子供を逃がすため、避難誘導を開始する。

 それ以外の者たちは、消火や、やはり敵の足止めに当たる。




 彼は。

 集落が兵士に襲われているのだと、衛兵に通報しに行く。




 字面だけ見れば無駄に思えそうな行為だ。

 だが、現在の治世は亜人の権利を最大限尊重するものとなっていた。

 もっとも、市井に根強く残る差別的思考まではどうしようもない部分はあるものの……


 軍隊らしき集団が亜人を襲う時、それはだいたいがその軍隊あるいは地方貴族の独断で。

 国王が統括する衛兵たちは、基本的に、亜人の味方だった。



 だから彼は走った。

 獣人族の体は、前世の体よりもずいぶん速く動ける。

 それでも時間はかかる。

 全力で駆けても、二時間か、三時間か。



 ――本当は、みんなで逃げようと提案したかった。

 でも、それは老人や子供を見捨てることになる。

 それはできない。

 彼にもできないし。

 仲間たちには、もっとできなかっただろう。


 じゃあ、彼に何が出来るかと言えば、走ることだけだった。

 彼は先生とは呼ばれているけれど。

 それはあくまでも、21世紀の日本で生きていれば当たり前に習得できる知識や考え方による称号に他ならない。

 二回目の人生の余禄であって、世界中で彼一人だけが持つ優れた部分ではなかった。



 彼は、何も優れていなかった。

 己が無能でクズという評価を十五年経っても彼は変えられないでいる。


 でも、前の人生と違って、今の人生は仲間がいる。

 だから彼は、仲間を信じて駆ける。

 仲間の無事を思って、王都を目指す。


 心臓が張り裂けそうなほど走って――

 王都にたどりついて。




「亜人の集落が襲われてる!? 悪いが、今はそれどころじゃないんだ! ヴィリグートが……ああいや、獣人に言ってもわからないか。とにかく、そっちの問題はそっちで解決しろ! 獣が暴れたぐらいでいちいち出動していられるか!」




 彼は。

 この世に根強く残る差別を痛感することになった。

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