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召喚勇者の結末  作者: 稲荷竜
転生者の幸福
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フリートの場合2

 赤ん坊から始まった第二の人生は、あまりいいものではなかった。

 21世紀の文明に毒されきっていた彼にとって、そこは居心地のいい場所ではなかった。



 川縁のスラム街。

 亜人、中でも獣人族と呼ばれる、獣の特徴を宿した人々の住まう集落だ。


 家屋や衣服は粗末で、主に狩りや釣りによって生計を立てている。

 生活水準は――はっきり言って、低い。


 この世界は。

 どうやら人間が『王族』や『貴族』として幅を利かせているらしい。

 もちろん、亜人の種類によっては国家みたいなコミュニティを形成している者もある。

 だが、彼の第二の人生たる獣人族は、権力者を輩出せず、何か重大なことがあれば合議をして物事を決めるらしい。


 きっと獣人族とひとくくりにされる人種の多さのせいだろう。

 狼だろうが。

 犬だろうが。

 羊だろうが。

 牛だろうが。

 獣の特徴があれば、それは『獣人族』なのである。

 だから多くの獣人を統一するには、百以上とも言われるすべての種類の獣人をまとめあげる必要があるらしく。

 そして、百獣の王は神話の中にしかいない。

 人間は獣人を『野蛮人』と揶揄し、差別する。

 まともな交易をするのもひと苦労だ。

 結果として他種族よりも技術や文明の進歩が遅れている――

 これらが、貧乏暮らしの理由らしかった。



 彼はその集落における一般家庭の一人息子として産まれた。



 産まれて五年。

 彼は神童と呼ばれる。


 前世の記憶をもっての再誕なのだ。

 同じ年齢の子供たちに比べれば、優れているのは当たり前だった。

 現代知識を用いて数々の作業効率化改革を推し進め、この子は将来獣人族をまとめあげるかもしれないと、周囲から大いに期待された。


 産まれて十年。

 彼は才能有る子供として扱われた。


 もともと専門知識を持っていたわけではない彼は、早々にネタ切れを起こしていたのだ。

 しかし、それでも、学校教育程度の知識は持ち合わせていた。

 だから同年代の子供たちを教育し、集落の文明レベルを引き上げることには成功したのだ。

 まともな教育機関もない獣人族の里で、まともな教育を受けさせる。

 それにより新たな才能ある子供たちも次々と発見されていった。


 彼は、同郷の仲間たちの可能性を広げる仕事に従事した。

 その才能を正しく活かせるように、彼なりの知識で才能の活かし方を説いた。


 同時に、人間族が持っているはずの文明の力も、彼はわかっていた。

 だから仲間たちに言う。


「人間族から文明を学ぶべきだ」

「確かに僕らは差別されるだろう」

「でも、差別は誤解から生じる、勘違いのようなものでしかない」

「人間族から歩み寄りがないなら、僕らが歩み寄るべきだ」

「知恵と文明ちからを得ることで、僕らはもっと発展できる」


 彼にはまだ価値があった。

 この時までは、確かに。



 産まれて十五年が経った。

 彼はただの人になっていた。



 元の性能が低かったのが災いした。

 クズで。

 無能。

 彼は前世までの自分をそのように評価していたし、現状も特殊な才能は芽生えていなかった。


 元の世界で獲得した知識をすべて放出したあと――

 彼に残ったものは、何もなかった。



 そして。

 こちらの世界で得た仲間が残った。



 ただの人に成り下がった。

 狩りも釣りも、うまくできない。

 教育のかいあって、あらゆる面で同世代の仲間たちに抜かれてしまった。


 それでも。

 仲間がいたから、楽しかった。


「先生」


 彼は親しみを込めてそう呼ばれた。

 この世界において生まれた時に『フリート』という名前を授かっていたけれど、同世代の連中にはもっぱら、そのように呼ばれる。


「先生に教えてもらったようにやったらさ、すごく強い弓が作れたんだ。それまで弓を壊してばっかりだったオレが、今じゃ集落むら一番の狩人だよ。ありがとうな、先生」


「ねえ先生。あたしね、もっと集落むらを大きくしたいの。先生に経済のこと教えてもらったから、もっと稼げる方法を見つけることができたのよ。感謝してるわ、先生」


「先生、私ね、今日も患者さんからお礼を言われたわ。……今までは死ぬしかなかった人も、きちんとした治療をすれば治るなんて、すごいわよね。私、先生と同じ集落むらに産まれて本当によかったわ」



 彼は現状に満足していた。

 それも、今の状況が、神様にもらったはずの力とはまったく関係なく作り上げられている部分が特に満足いくものであった。

 能力チートスキルはいらない。

 ただ、知識だけが役立っている。


 彼は授かった力を使う機会に巡り会わなかったし。

 巡り会わないように、万全を期してきた。


 己が気をつけるだけではなく、周囲を教え導き作り上げる、盤石なる万全。


 いいことだ、と彼は思っている。

 けれど。



 ――きっと君はその力を使う。

 ――君がこれから生きる世界の運命を司る者として、それだけは保証しよう。



 神の言葉が脳にこびりついていた。

 それは、無視するのにはあまりに不吉な予言だった。

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