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7.今さらだけど、ここはどこですか?


笛姫がこの鬼の城に来てから数月が経った。

季節は冬に近づいている。

この城に来たときは、からっとした爽やかな日差しが室内に入り込み、さんさんと照らされていたのに、冬が近づくにつれ日差しは弱くなり、最近の空は鉛色の雲に覆われるばかりだ。窓辺から見える青々としていた平野も、気が付けば枯草に覆われた薄茶色の平野に変わってしまった。


笛姫は相変わらず天守の一室に閉じ込められていて、一度たりともその外に出たことはない。高取の城でもほとんど奥から出ることはなかったので不自由はないけれど、いつまでここにいなければならないのか分からず、困惑が深まっていった。


しかし、慣れない場所でも数月もいれば次第に慣れていくものだ。

着慣れなかった鬼の衣装もすっかりなじんでしまった。マリーは笛姫がいくらお願いしても、笛姫が身に着けていた着物を着せてくれないのだ。しかもどこかに隠してしまったらしい。笛姫はあれ以来自分の着物を見ることもできず、生まれ育った城を思い出すよすがのすべてを失ってしまった。


この不思議な衣装は「ドレス」というらしい。ドレスにつけられたひらひらは「レース」、ぴかぴかしたのは「ビーズ」といって、刺繍と一緒に衣に縫いこまれているのだ。最初は奇妙だと思ったけれど、ビーズや刺繍をたっぷり施して、ふりふりのレースで飾られたドレスは見ているだけでもうっとりする。

日の光に当てればキラキラと光るところも、歩くときにふわりと広がってはためく裾もお気に入りだ。


マリーは笛姫のドレスを毎日選んでくれて、それに合わせて首飾りや耳飾り、靴を選んでくれる。ドレスは「クローゼット」という畳まずに吊り下げる形の箪笥に納められていて、マリーが選んでいるときに一緒に覗き込むのが楽しい。

高取の城では笛姫の目のつくところに着物は置いてなかったから、なんだか新鮮なのである。


クローゼットには色とりどりのドレスがつりさげられている。

藍色・空色・若草色の落ち着いた色もいいけれど、薄赤色や朱色、橙色など明るい色味をより好んでいる。華やかなドレスを着ると、なんだか気分も明るくなる気がするからだ。


首飾りは最初は首を絞められるのかとたまげたが、装飾品の一つだという。これは引出しに納められていて、その日の衣装に合わせて付替えるのだ。最初は違和感があったが、そのうちこれも慣れてしまった。


耳飾りは、耳に穴を空けると聞いて笛姫が泣き叫んだため、穴を空けないタイプの「イヤリング」が揃えられた。耳朶に銀細工の飾りをはさみ、その下に宝石がぶら下がっている。イヤリングは重たいし、たまに髪が引っかかるので笛姫はあまり好きではない。それでも嫌がる笛姫をなだめすかしてマリーが付けてしまうのだ。


靴は慣れてしまえば足袋のようなものだ。徐々に寒くなってきた今では防寒の役割も果たしてくれるらしく、最近はふわふわの毛皮が付いた靴を履かせられるが、これがなかなか暖かくてよいのだ。


(うん、今日のコーディネイトとなかなかね)

仕上がった姿を鏡に映し、笛姫は満足して微笑んだ。



「まり、あの、あのね」

言葉もずいぶんと覚えた。まだ知ってる言葉は少ないけれど、何とか意思を伝えられるようになってきた。

「あの、ここ、どこ?」

かなり今更だが、意を決して笛姫はマリーに尋ねた。

「ここ、とおっしゃられますと…ここはお城のフェーメ様のお部屋ですよ」

にっこり、マリーが笑って答える。

身振り手振りも加えながら必死に話す笛姫は端から見ると大変に愛らしく、マリーは内心身もだえしながら笛姫のつたない言葉の続きを待っていた。


「うーん。しろ、どこ?えっと、笛姫のしろ、住んでたところ、どこ?まり、知ってる?」


「まあ、フェーメ様はお城でお育ちになられたんですか?まあ!やっぱりフェーメ様は異国の王族の姫様だったんすね!」

マリーは喜び勇んで笛姫に質問をぶつける。

「フェーメ様の住んでいらしたお城はなんというお城なのですか?」

「笛姫のお城、高取。山のうえにある」

「お山の上にあるタカトーリというお城がフェーメ様の御育ちになったお城なんですね」

「そう。どこ?帰りたい。おしえて」

生まれ育った異国の城に帰りたい、と訴える笛姫を見つめ、ほんの少し落胆しながらマリーは呟いた。精一杯お仕えしてきたけれど、やっぱりご家族が恋しくてらっしゃるんだわ――と。


「タカトーリという城はわたくしは存じ上げませんが、お調べしますね」

「んー、しら…べる?教えて?」

「はい」

お任せください!と胸を叩くマリーを見て、笛姫はにっこりとほほ笑んだ。

ここがどこなのか、聞き忘れていることに全く気が付かない笛姫であった。





数日後、午後のお茶の時間に、突然の来訪があった。

今日の茶菓子はふわふわに焼いた小麦の生地に牛の乳を泡立てた「クリィム」をたっぷりと載せた「ケェキ」だった。


はむっ


使い慣れてきた金属の匙を上手に操って、笛姫はケェキを頬張る。

(まあ。夢のような舌触り。鬼って贅沢だわ。こんなにおいしいお菓子を独り占めしているなんて)

まったりと口の中でとろける濃厚で甘いクリィムをうっとりとしながら味わう。

(高取の城に帰ったら、下女に伝えてこの「ケェキ」を作らせないといけないわ。お父さまやお母さまに食べさせたらどれほどびっくりするかしら)

笛姫が二口目を頬張ろうとしたその時、突如入口が開いた。


普段この部屋にはマリーや侍女達しか立ち入らない。

どうやら扉の外には衛士がいるようだけれど、室内には入ってこない。

すっかり安心していた笛姫だが、入ってきたその姿を見て匙を取り落した。


「フェーメ様、陛下がお越しになりました」

マリーが困惑しながら笛姫に伝え、そして鬼に対してひざまずいた。


(ど…どうしよう…。「ケェキ」がおいしくてつい食べ過ぎちゃったから…。姫の馬鹿!きっとおいしそうになっちゃったんだわ。食べられちゃう!!)


自覚はなかったが、おそらく肥えてしまったのだろう。

笛姫の固い(はずの)決意は、甘味を前に早々に崩れていたのだ。


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