再会
引っ越しの翌日、川村良一は岩田剛へ電話をかけた。
「何だよ、俺に相談もなしにそんな遠くに引っ越しちゃって」
「悪いな、お前も知ってるだろうけど、うちもいろいろ大変でさ。ところで中学で一緒だった黒田って覚えてるか?」
「そりゃ覚えてるよ、俺たち三人でさんざんいじめたもんな」
「黒田の奴、引っ越しの日に俺の家に来たんだよ」
「あいつ何か言ってきたのか?」
「いや何も、ただうちの家族が東京の家を出て行くところを見てただけだ」
「何だそれ、気持ち悪いな」
「それだけじゃなくて、あいつ、清田の裁判の時にも傍聴席にいたんだよ」
「はー、黒田の奴、一体何やってんだ」
「よく分からないんだが、黒田が二つの事件に何かしらの関係があるんじゃないかって」
「えー、そうかー、あいつにそんな事が出来るとは思えないけどな」
「お前さ、あれから二十年だぞ、黒田だってもう子供のままじゃないんだぞ」
「だって黒チンだぜ、もし俺に少しでも近づいてきたらボコボコにしてやるよ」
岩田の子供っぽさに良一はあきれていた。
「そんな簡単な訳にはいかないだろう。とにかく黒田には気を付けろよ。中学の時、あいつに一番ひどい事をしたのはお前なんだからな。とにかく忠告はしたからな。じゃあな」そう言って良一は電話を切った。
その夜、良一は引っ越し荷物の中から中学の卒業アルバムを探していた。
「何か見つからないの」久子が聞いてきた。
「うん、俺の中学の時の卒業アルバムを見たいんだけどさ」
「昨日、話してた黒田さんって人の事?」
「うん、中学の時の事を思い出したら、謝るだけでも謝りたいなって」
「そっか、それなら私も一緒に探してあげる」久子はそう言うと、良一と一緒に引っ越し荷物の中からアルバムを探し始めた。
「これじゃない?」久子はいとも簡単に良一の卒業アルバムを見つけてくれた。
良一は黒田の住所と電話番号を見つけ手帳にメモした。
「明日、行ってみるよ」
「明日?職探しはどうするの?」久子は良一の急な話に慌てた。
「ごめん、どうしてもケリをつけておきたくてさ。謝罪を済ませたらすぐに職探しをするから。頼む、明日一日だけ」良一の頼みに久子も「分かった。確かにこの件を済ませないと、うちら家族全員が次に進めない気がする」と言って分かってくれた。
翌日、良一は朝早く家を出た。長野から東京まで北陸新幹線を使えば約三時間で行ける距離だった。とにかく、昼までには黒田の家を確認しておきたかった。
朝九時半、メモの住所にたどり着くと、門には黒田の表札が掲げてあった。引っ越しはしていないようだ。呼び鈴を鳴らすと、六〇歳くらいの中年の女性が出てきた。おそらく黒田のお母さんだろう。
「はい?どちら様ですか?」黒田のお母さんは怪訝そうに良一の顔を見た。
「あのー私、守君の中学時代の友人なのですが」良一がそう言った途端、お母さんは「守に中学の時の友達なんていません。ふざけているなら帰ってください」すごい剣幕で怒りはじめた。
良一はお母さんの様子を見て、いきなり土下座をした。
「すみません。守君を登校拒否にしてしまったのは私なんです。許して下さい」
その良一の言葉を聞くとお母さんはますます怒りをあらわにした。
「あなたなの、うちの子をいじめたのは。許せるわけないでしょ。あなたはうちの子の人生を滅茶苦茶にしたのよ。あの子の二十年を返してよ」黒田のお母さんは泣きながら言った。外での騒ぎを聞いて黒田が家の中から出てきた。
「母さん、ごめんよ。俺がだらしないばっかりに。母さんをこんなに悲しませてしまって」
母親を慰める黒田を見て俺は自分の、しでかしてしまった事の重大さに今さらながらに気づいた。俺は黒田に泣きながら土下座をした。
「ごめん、本当にごめん。許される事ではないって分かってるけど、今の俺には謝る事くらいしか出来ないんだ。本当にごめんなさい」良一は号泣していた。
「いいから、家に上がりなよ。ほら母さんも」黒田は冷静な声で言った。
良一は居間に通され、黒田と二人きりになった。黒田のお母さんは他の部屋に閉じこもってしまった。
「いったい、何しに来たんだい」黒田の落ち着いた声が良一にはひどく不気味に聞こえた。
「一つは謝罪がしたかったんだ。それは本当の気持ちなんだ。それともう一つ、君がなぜ、清田の裁判の場に居たのか、そしてなぜ僕の息子に会ったのか、その理由が知りたくて」良一は黒田におそるおそる尋ねた。
「そんな事を知ってどうするの?」
「もし、岩田にも何かしようとしているのなら、やめてもらいたくて」
「ふーん、それじゃ、僕が君の息子や清田に何かしたみたいじゃないか」黒田の言う事はもっともだった。黒田が健太や清田に何かした証拠など何もないのだ。それなのに良一は岩田に手を出さないでくれとお願いしている。確かにおかしな話だ。
「それじゃ、話す代わりに僕からもお願いがあるんだけど」黒田は一転して興奮したような話しぶりに変わった。「僕の頭の中から、あの二つの忌まわしい記憶を消し去ってくれ。そして、普通に生きられたはずの二十年を返してくれ」黒田は叫ぶように言った。
良一に言い返せる言葉は何もなかった。
「出来ないよね?それじゃあ僕も教えられないな。だけど、その代わりに僕の二十年間を教えてあげるよ」
良一は聞くのが恐ろしかった。
「君達にトイレに行くのを邪魔されて漏らしてしまった次の日から、僕は外へは一歩も出られなくなった。毎日、お母さんが部屋まで食事を運んでくれて、それを食べて、後はテレビを見るだけの毎日が続いた。しばらくはテレビの内容すら頭に入って来なかったけどね。」
良一は黒田の顔を見る事が出来なかった。
「そのうちに、僕は死ぬことばかりを考えるようになっていた。どうせ、もう高校にも行けないし、まともに就職する事も出来ないだろうからね。だけど、どうせ死ぬなら君たち三人を道連れにしたいとも思うようになったんだ。だけど、僕が直接君達を殺してしまったら、母親は殺人犯の親になってしまう。ただでさえ苦労を掛けてしまったのに、これ以上母親を苦しめる事だけはしたくなかった」
良一は下を向いたまま黒田の話を黙って聞いていた。
「そんな時、テレビで呪いの特集をやっているのを見たんだ。憎い相手を呪い殺す、もしそんなことが出来るのなら、僕は殺人犯にならずに済むし、母親を苦しめる事もない。そう思って、呪いの本を買ってきてもらい、研究して、君たち三人をいろいろな方法で呪ったよ。しかし、全ては無駄だった、全てインチキだったよ。だけどその時に別の方法を閃いたんだ。自分の手を汚さずに済む方法を」
黒田は急に我に返って言った。「おっと、少ししゃべり過ぎてしまったね。もう用が済んだら帰ってくれないか。それと君の謝罪など僕は受け入れる気などさらさらないから」
良一は呆然としたまま黒田の家を後にした。
つづく




