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ソフィアの秘密

「そうですか……それは大変でしたね」


 私が話し終えると、コリンさんからそう声を掛けられる。

 同情するような、可愛そうなものを見るような目を向けられ驚きしかない。


「……コリンさんは、私の話を信じて下さるんですか……?」


 到底信じられないだろう私の言葉をあっさり信じたコリンさんには驚き過ぎて、感謝よりもそんな言葉が漏れる。

 だけどコリンさんはこんな滑稽な話を本当に信じてくれたようで、すぐに頷いてくれた。


「ええ、信じますよ。信じますとも。昨日仕事を辞めたばかりの貴女の経歴は調べれば簡単に分かることです。なのに貴女がそんな噓をここで吐く理由がない。それに貴女の様子を見ていれば分かります。私はこれでも多くの人を見てきました。噓を吐く人間の様子などすぐに分かりますよ。それにこのソレイ領の中でもこの街は、特に人の繋がりが濃いですからね。女性が一人旅をしていれば自然と噂がたちます。ソフィアさんの情報はそれと無く私の耳にも入ってきましたからね」


 つまりコリンさんは前以って私の情報を誰かからか聞いていたのだろう。


 それは宿屋の女将さんや娘さんかも知れないし、図書館の紳士かもしれないし、洋服屋の店員さんかもしれないし、案内所のハンさんの可能性もある。


 それに汽車の中で会ったご夫婦かも知れないし、心配してくれた車掌さんかもしれなかった。


 皆の優しい顔を思い浮かべながら「ありがとうございます」と心の中でお礼を言う。

 今まで仕方がないと色々と割り切って諦めていた人生だったけれど、このソレイ領では何も諦めなくてもいいのかもしれない。これから私は思うように生きられる、そんな気がした。


「ソフィアさんは学園に通っていないと言っていましたが、文字がとても綺麗ですね、教科書のお手本の様です」


 私の目が潤んでいるのに気がついたのだろう。目を合わせないようにと、コリンさんが経歴書に視線を送りそんな褒め言葉を言ってくれる。

 私の気を紛らわせようとしてくれるそんな気遣いが、凄く嬉しい。

 元居た場所では受けたことのない優しさが、私を益々ソレイ好きにしていた。


「実家にいたころは自由に使えるお金が全然無くって、どうしてもお小遣いが欲しかった私は代筆の仕事を内職として請け負っていたんです」

「内職……?! えっ? 内職? ソフィアさんは子爵令嬢ですよね?」

「はい、名ばかりですが一応子爵令嬢です」


 コリンさんには貧乏な子爵家の娘だと伝えたけれど、しっかりと実家の事情は伝わっていなかったようで内職には凄く驚かれてしまった。

 貴族と聞けばどんなに貧乏でも一般的な平民よりはお金があると思われるのは当然だ。


 それに貴族としてやっていけなくなったなら、名を返すなり売るなどして楽になる方法はいくらでもある。小さくても領地だって売って平民として生きれば楽に生活出来たはずだ。


 けれど私の実家はそれをしなかった。いや出来なかったという方が正しい。


 実家の悲惨な状況を話すのは同情を誘うようであまり好きではないが、信じてくれたコリンさんになら全てを話すべきだとそう思った。


「実は……私のご先祖様は、あの有名なスチュアート騎士でして……」

「えっ? スチュアート騎士って、あの鬼の剣豪と言われているスチュアート騎士ですか?」

「はい、そうです……そのスチュアートです……」

「それはまた……物凄い有名人物じゃないですか……歴史に名を遺した英雄ですよね……」

「ですねー……」


 何代も前のご当主スチュアート騎士は、それはそれは素晴らしい騎士であり有名な剣豪だった。

 素晴らしい戦果を上げ、当時の国王より永久子爵位を拝受し、私が元居た地域の土地を領地として貰った。


 数代は上手く運営されていた領地だったが、如何せんスチュアート家は武力ばかりに力を入れる家柄だった。要は領地運営など出来る後継者が育たなかった、それだけだった。

 その為渋々領地は売り払うことになり、残ったものは名誉な永久子爵の地位だけ。


 地元のものは皆スチュアート家の現状を知っているのだが、私の父はスチュアートの名にしがみつき、スチュアート騎士のような武人が自分の子供の中に生まれることを期待していた。


 だが貧乏で悲惨な状況で育った嫡男の兄は、父自慢のスチュアート家の名を毛嫌いしていたため文官になった。

 ならば他にも男児をと頑張った結果、十三人いる兄弟のうち私の下に弟が生まれた後は、一番下の弟まで男の子は生まれなかった。


 その上私の下の弟は貴族でいるつもりはなく、学園には通わなくて結構と、十二歳になると家を飛び出し、商人になるための修行についてしまった。

 

 つまり、せっかく生まれた男児である兄も弟も、スチュアート家を継がなかった。いや継ぎたくなかった。それぐらい今のスチュアート家には旨味がない。兄と弟が逃げて当然だ。


 地元ではあのスチュアート騎士の家なのにと貧困を笑われ、本物の騎士が生まれない有名無実なスチュアート家とも言われ陰で笑われていた。


 大した武人ではない父の騎士としての給料は安く、兄弟が増えれば増えるだけ生活は辛くなり苦しくなった。

 せめて領地が残っていれば違ったかもしれないが、数代前に領地は売ってしまい、私達に残された物は何も無かった。


 当然あの家の名を継ぎたいと思う者など兄弟の中にいるはずかない。

 勿論私も、地元ではスチュアート家の名など絶対に名乗りたくはなかった。


「なるほど……だからソフィアさんもスチュアートの名を隠されていたのですね。経歴書にも子爵家出身とは書かれていますが、スチュアート家の名はないですものね」

「はい、申し訳ありません。隠すつもりはありませんでしたが、私は既に家を出ていますし、騎士であるスチュアートの名を女である私が名乗ることを父は嫌います。それに私自身すでに平民同様だとそう思っておりました」

「そうですか、うん、そうですよね。そうなると確かに内職をするしかお金を稼ぐ方法がないですよね。まさかあのスチュアート家のご令嬢が、平民の家に下働きに出るわけにも行きませんよね」

「はい……メイドの仕事も見習いとして働こうと思えば、もっと幼いころから働けたんです。ですが姉と兄が学園に通いだした時点で私が兄弟の中で一番上となりました。常に妊娠中の母では満足に家事をする事も出来ません。ましてや誰かを雇う余裕など我が家にはありませんし、家の中で出来る仕事を見つけるしか私には無かったのです」

「それで内職を……もしかしてこの裁縫というのも……?」

「はい、繕い物ですね……」

「あああ……」


 コリンさんから同情するような声が漏れる。

 目元に手を置きガックリと肩を落としている。

 貴族令嬢とは名ばかりの私が不憫で仕方がないと言っているようだ。


「……一日……」

「えっ?」

「ソフィアさん、私に一日頂けませんか?」

「えっ? それはどういう……」


 コリンさんの目に力が入り、そんな事を言われる。

 一日とは? と首を傾げると、コリンさんは任せろという風にドンッと自分の胸を叩いた。

 

「私に任せて下さいソフィアさん! ソフィアさんは十分な経歴をもつ立派なご令嬢だ。この私が貴女に合う素っ晴らしい就職先を必ずご用意いたしましょう!」

「えっ、いえ、あの、コリンさん? 無理はなさらずに……その、ここでは私がスチュアート家の者だと知る人はいませんし、普通の職場で良いのです。事務とか接客とか職種は何でも、お給料がきちんともらえて衣食住に不自由しなければそれで……」


 普通で良い、そう言っている私の前、コリンさんは激しく首を横に振る。


「いいえ、必ずいい就職先を紹介します! ですので一日、一日だけ私に時間をください!」


 頭を下げるコリンさんに嫌だと言えるわけがない。

 それに宿屋には三泊で申し込んだので、私には時間があった。


「分かりました……一日待ちます。待ちますのでコリンさん、頭を上げて下さい、お願いします」

「本当ですか?! いやー良かった。実はね、すでに当てがあるんですよね。でもあちらに声を掛けてからではないとと思って、だから安心しててくださいね、ソフィアさん!」

「は、はい……」


 鼻息荒くギラリと目を光らせたコリンさんはちょっぴり怖かった。

 普通でお願いしますねと念を押す私に、コリンさんは尚更気合いを入れてしまう。


 それに帰りがけ、職業紹介所の皆さんがソレイ領で使える割引券やら無料券を無言で私に渡してきた。

 どうやら私の内情は職業紹介所の皆さんに聞こえていたらしい。要らぬ同情を買ってしまったようだ。有難いけれど微妙に嬉しくはなかった。


「ソフィアさん、気を付けて帰って下さいね」


 丁寧に見送られ、スチュアート家の名を出したことを少し悔やんだ。

 ただのソフィアで通せば良かった。

 鬼の剣豪スチュアートの名が憎い。


 でもまあ仕方がないよねと、いつものように色々と諦める。

 それにソレイなら大丈夫な気がする。


 悪い就職先などには当たらない。


 今日初めて会ったけれど、私はコリンさんを信じる事にした。

 

おはようございます。

ブクマ、応援ありがとうございます。

エルフ公爵様登場までもう少しです。

夢子

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