旅行を楽しもう
職業紹介所を出た私は、時間が出来たので海へ向かうことにした。
本当は今日中に職場が決まっていたら、色々と足りないものを買いたそうと思っていた。
けれどそれがなくなった今、汽車から見えたあの美しい海に行ってみたいと思えた。
実はお金が心配で今日のお昼は抜こうと決めていた。
でもコリンさんは任せて! と言ってくれたし、職業紹介所の人たちには無料クーポンやお得チケットなど色々といただいたので、せっかくなので使って何かを買おうと方向転換する。
「確か海の近くには屋台が出てるって言ってたわよね」
お金はあまりないけれど、コリンさんのあの言葉を信じるならば、明日には私の就職先が決まるはずだ。ならば生まれて初めての旅行をちょっとぐらい楽しんでもいいだろう。
それに何よりソレイ領は屋台が豊富で街中にいい香りが溢れている。
特に海へ向かう道はそれが顕著で私の空腹を刺激する。
空腹を誤魔化すことは得意だけれど、食べることも当然得意な私。
それに好意で頂いた物を使わないのも申し訳ない。
そんな言い訳のようなことを考えながら、私は香ばしい香りを一番漂わせている屋台へと向かった。
「こんにちは、いい香りですね」
「らっしゃい、お客さんはソレイは初めてかい?」
「はい、そうですけど、どうして分かりました?」
昨日買ったワンピースも着ているし、今日はボストンバックは宿屋に置いてきた。
なので自分的には地元の方に馴染んでいるように思えるのだが、ソレイ領の人は初めて来た観光客が分かるようだ。もしかしてソレイの人は何か嗅ぎ分ける嗅覚でも持っているのだろうか、それとも私こそがよそ者感を漂わせているのかと、そんな疑問を浮かべていると、屋台のお兄さんがハハハと笑った。
「ウチの屋台は見ての通りイカの姿焼きを売ってるんだ、だから良い匂いに誘われてイカを知らないヤツは寄ってくる」
「はあ?」
だから何だろう? 首を傾げる。
それが面白いのかお兄さんはまたハハハと笑う。
「でもさ、みてみな」
お兄さんは私の前、焼いていたイカの姿焼きを上げてみせる。
しっかり焼けていてとても美味しそうだ。
今すぐかぶりつきたい、そんな欲が湧く。
私は本や図鑑を読むのでイカのことは知っていた。
当然美味しい事も知識として知っていた。
でもお兄さんは面白い物を見せたかのように、自慢げにニヤリと笑った。
「これ、見た目がヤバイだろ?」
「……ええ、まあ、イカそのものですね……」
「ハハハ、お客さんみたいにイカを知ってて買うなら良いけどさ、初めて来たお客さんはイカを知らないでこの匂いにつられて寄ってくるんだ。だから若い女の人が寄ってきたらソレイが初めてだって思うのさ。ソレイに来たことあるんなら綺麗な服着てるときはイカを買わねー。特に着飾った女の人はイカなんて買いに来ないからなっ」
「なるほど、確かにおしゃれをしてたら立派なイカは食べにくそうですよね」
「ああ、デートなら尚更だ」
お兄さんの軽口に思わず笑ってしまう。
確かにデートでイカの姿焼きはないかもしれない。私は全然大丈夫だけどね。
「んで、お客さんどうする? 可愛いカッコしてっけど、イカを食べるかい?」
「はい、食べます! イカは図鑑で見てから一度は食べてみたいと思っていたんです!」
「ハハハ、そうかい、そうかい、なら任せな、一番大きいのにしてやるからよ」
「ありがとうございます。あ、あとこれ、こちらでも使えますか?」
「お、ドリンク無料チケットだな。ああ、大丈夫だ、ウチでも使えるよ。ウチはソレイエールかソレイワイン、あとはソレイオレンジジュースかお茶が無料だな」
「お茶はソレイ茶ですか?」
「いいや、ソレイ茶はまだ高級品だから屋台では出せねーんだ、普通のお茶だ、悪いな」
「いえいえ、大丈夫です。今日はソレイワインを飲もうと思ってたんで、ワインでお願いします」
「あいよ!」
屋台のお兄さんは宣言通り立派なイカ焼きを渡してくれた。
すでに美味しいとその姿が言っている。
「あそこで座って食べな、皆座ってんだろう」
「ありがとうございます」
お兄さんの指さす方を見てみれば切りそろえられた丸太があり、屋台で購入したものはどうやらそこに座って食べていいらしく、私は他のお客さんたちを見習って形の良い丸太に座る。
買いたてのワンピースが汚れては嫌なのでハンカチを膝に乗せイカの姿焼きに齧り付く。
その瞬間口の中に旨味が広がった。
「ふぁ〜、美味しい〜!」
熱々のイカ焼きを一口口に頬張れば、磯の香りと醤油の香ばしさが鼻腔に広がる。
次のお客さんに対応していたお兄さんが私の感激具合に気がついたのか、こちらに視線を向けニヤリと笑う。
私はそんなお兄さんにサムズアップで美味しさを表現する。
とっても美味しいです!
私の想いが伝わったのか、お兄さんは嬉しそうに笑ったあと私にサムズアップを返してきた。
当然だ!
そう言っているようなお兄さんの笑顔は良いものだった。
うん、イカ焼きは当たりだ。
絶対にまた食べに来よう。
次に私はワインを口に運ぶ。
昨日節約して後悔していたソレイワイン。
屋台で出している物なので料理屋よりはランクが下がるかも知れないが、香りを嗅げば駅のホームで嗅いだ花の香りがした。
「う~ん、美味しい」
口の中にふわりと広がる爽やかな花の香り。口当たりはまろやかでお酒に慣れていない人でも飲みやすく、不思議と蜜のような甘さまで感じ、ソレイ牛に合いそうなワインだと作ったエルフ公爵様を尊敬した。
「うん、でも、イカ焼きにはエールの方が良かったかな。次はソレイエールにしよう。きっと美味しいはず」
独り言を呟きながらワインとイカ焼きを楽しむ。
お兄さんが大きなイカ焼きをくれたおかげで思ったよりもお腹も膨らみ、お昼にしては充分な満足感を味わうことが出来た。
今日の贅沢はここまでだ。あとは就職先が決まってからにしよう。
「ご馳走様でした」
昼食を楽しんだ私は海に向けゆっくり歩いていく。
この時間になると人通りも多く、海に向かう人も沢山いる為、ソレイ初心者な私が迷うこともない。
「わぁー! 凄い! 大きい! 綺麗!」
海岸へ着けば、海の大きさに圧倒される。
汽車で会った奥様が言っていた通り、近くで見る海は汽車の中から見るものとは全然違った。別物だ。
どこまでも続く海はとても大きく凄い迫力で言葉を失う。
ザザン、ザザンと浜辺に寄せる波音は心地よく、気持ち良いものだった。
「凄い凄い、自然って凄い」
多くの人が木陰にある丸太に座って海を眺めている。
私もそれに倣い近場の丸太に座る。
木陰は少し肌寒いぐらいだが、潮風が当たって心地よい。
「これはずっと見ていられるかも……」
海では子供たちが楽しそうに遊び、このソレイがどれだけ平和か教えてくれる。
それと長い板をもった人達が波と戯れているのが見える。
「あれは何をしているのかしら? 板に乗ってイカを取る?」
見たことも無い板乗りを披露している人達はとても真剣で、それでいて楽しそうで、出来たら私もあの板に乗って海岸に出てみたいなとそんな気持ちにさせた。
暫く海を眺め旅行気分を存分に味わった。
初めての旅行がソレイ領で本当に良かったと心から思える。
昨日と今日ではまったく違う自分になったような、そんな開放的な気分にもなれた。
昨日は突然の解雇に落ち込んでいたけれど、今日はこの海のようにとても晴れやかな気分だ。
自分には楽しい未来など無いかもしれないと不安になっていたけれど、ソレイでは楽しい事しか無い気がした。
「ソレイ、最高!」
思わず出た言葉は私の本心その物だった。
そして次の日、私はまた職業紹介所へと向かった。
きっと良い職場と出会える。
コリンさんお薦めの職場が悪いもののはずがない。
ソレイ領に来たからか 『どうせ私なんて』 と思うこともなく、いつの間にか前向きに考えられるようになっていた。
おはようございます。
ブクマ、評価ありがとうございます。
今日は夜も投稿できそうです。
夢子




