★エルフ公爵(ジェレマイア・ジョザイア・ジョゼフィン・デ・ヨング)
「マイア様、いらっしゃるんでしょう? 私です、コリンです、扉を開けて下さい」
玄関扉を叩く音が聞こえ、エルフ公爵ことジェレマイア・ジョザイア・ジョゼフィン・デ・ヨングは目を覚ました。
面白い本を見つけてからここ数日間、寝ずにその本を検証していたため寝不足気味で体が怠い。
流石に三日連続の徹夜はエルフといえども堪えたようだ。
寝て居た場所も悪かった。
リビングの床の上だったことも体の不調にかなり影響している。
昔から何かに夢中になると色々とおろそかになってしまう癖は治らない。
周りが心配するがこればかりは仕方がないと自分でも思っている。
マイアはどうにか這い上がり玄関に向かうと、眩しい朝日に涙を堪えながら玄関扉を開けた。
「……コ、リン……こんな朝早くにどうした、んだ……私はさっき、寝たばかりなんだ、よ……」
「もう、マイア様、また徹夜したんですね、ダメじゃないですか! それにもうお昼過ぎですよ、おはようじゃないですよ!」
プンプンと怒りながらコリンが屋敷に入ってくる。
マイアと付き合いがあり、その上信用され、仲がいい者は、この屋敷に足を踏み入れることを許されているが、普通はそうはいかない。
「んあ~、コリン、私だって色々と忙しいんだよ……それに徹夜だって仕事の内なんだよ……」
マイアはどさりとソファに腰かけると、毛布を抱きそんな言い訳のような言葉を吐く。
だがコリンはマイアの生態をよーく知っているため、そんな戯言は聞き入れない。
マイアの家にいる使い魔たちに声を掛けここ数日のマイアの様子を聞き出せば、怒った時の母親によく似た笑った鬼のような器用な表情をコリンは浮かべた。
「マイア様! 何をやっているんですか! 三日も徹夜して!」
「ん~、エルフの三日なんて君にとったら三時間ぐらいだよ~、寝なくてもなーんてことも無いさ~」
「またそんな事を言って、エルフだろうが人間だろうが三日は三日です! それよりソールに聞きましたよ、また床で寝ていたそうじゃないですか、ご飯も満足に摂ってらっしゃらないって、パンにもカビが生えて! まったく目を離すとすぐこれなんだから……はぁー、やっぱり私がここに一緒に住むべきでした。マイア様の事を放っておくなんて私には出来ませんよ……」
「んあ~、コリン、私は、大丈夫、だいじょぶぅだ~……」
毛布を抱き再び眠り出したマイアを見て、コリンはため息を漏らす。
領主の息子という縛りが無ければ、マイアの傍にいて自分がお世話をしたかった。ずっとそう思っていた。
エルフという種族は長生きだからか、とにかく時間感覚が緩い。
それに自分の生活に無頓着な部分があって、二、三日食事を摂らなくても大丈夫だとそう思っている節がある。
まあ、エルフというよりも、このマイアという存在が大らかなエルフなのかもしれないが……
コーヒーのいい香りとパンの焼ける香ばしい香りが漂い、マイアが目を覚ます。
街中で買ってきてくれたパンを焼いてくれたのだろう。コリンの気遣いにいつもながら感謝した。
「昔はブレイデンに引っ付いて泣いてばかりいたのに……コリンも立派になって……」
パンに齧りつきながらそんな言葉を漏らせば「誰のことですか?」と笑顔で睨まれる。
コリンの傍にはマイアの使い魔達がいて、マイアと同じようにパンを齧っていた。
使い魔達はマイアの魔力で生きているため基本食事は要らない。
だが何故か不思議と使い魔皆が、人が作った物を食べたがる。
きっと主であるマイアに似たのだろう。
「コリン、このパン美味しいね、どこのパンなんだい?」
「宿屋のハンナさんのとこのパンですよ。ジョイさんに焼いてもらったんです」
「ふーん、ジョイも暫く見ないうちに腕を上げたね~。小さい頃は悪戯小僧で手を焼いたけど、随分立派になって……」
「マイア様、そんなことを言うとお爺さんみたいですよ。その見た目なんですからやめてください。夢が壊れます」
「仕方ないだろう、見た目は君と変わらない位でも年齢はずっと上なんだ。おじいちゃんでも仕方ないよ」
マイアの年齢は六百三十四歳。
実はハッキリ誕生日も年齢も覚えていないため、もしかしたらもう少し年上かもしれないし、年下かもしれないが、それは些細な誤差だろう。
エルフの国が消えてしまったので、残念なことにマイアについての正しい記録はあまり残っていない。
図書館にあるエルフ国の歴史書も、マイアが書き残したものが殆どだ。
王家の家系図もボロボロになってしまったので、記憶を頼りにマイアが書き足したぐらいだった。
「コリン、それで今日はどうしたんだい? 何の用もなく私に会いに来たわけじゃないだろう?」
コリンはマイアの下に良く遊びに来るが、大体仕事終わりの時間帯か、海に行くため早朝に誘いに来ることが多い。それも事前に連絡があることが当然なので、こうやって急に訪れることは珍しかった。
自分のコーヒーを持ち、使い魔たちから離れるとマイアの前の席にコリンは座る。
そして父親によく似た表情でニヤリと笑い書類を取り出した。
「マイア様、いい人材が見つかりました、こちらを見て下さい」
「……ソフィア、さん……?」
「はい、マイア様にお薦めの家政婦候補のソフィアさんです」
「……家政婦ね~……」
マイアは今現在一人暮らしだ。
特に困っている部分は無いのだが、何故かコリンのように仲の良い者達が決まってマイアの生活を心配をする。
徹夜をしたり森へふっと出かけて行ってしまったりと、自分勝手な行動が多いからだと分かっているが、生が長いマイアとしてはそれぐらいでと思ってしまう事柄だった。
「コリン、私は一人での暮らしにももう慣れた、だから家政婦など要らないよ」
書類をテーブルに置き断ると、コリンがテーブルの上を指でなぞった。
そしてふうっを指に息を吹きかけると埃が飛ぶ。
まるで姑か何かのようなコリンの行動にマイアは目を逸らした。
「マイア様、最後に掃除したのはいつですか?」
「……うーん……多分、二、三日前かな?」
それは噓だ、本当はもう何日も掃除などしていない。
マイアの目が泳ぐ。
「台所の流しに、使ったお皿やコップがたんまりと有りました。洗い物はいつしたのでしょうね?」
「……」
「お風呂に入ったのはいつですか? 見た目が幾ら美しくても臭くて汚い男は嫌われますよ。ほら、使い魔たちもマイア様に近づかないじゃないですか、ご主人様なのに」
使い魔たちに視線を送れば、皆我関せずで無視をする。
使い魔たちでさえコリンのお怒りが怖い様だ。
いや既にパンという賄賂をもらったからだろう。
主を守るのが使い魔だろうに……
「ってことでソフィアさんを雇って下さい。書類にも目を通してくださいね」
「分かったよ……って、コリンは何をするんだい? エプロンなんか付けて」
ギロリとコリンが睨む。
あの泣き虫で可愛かった子が今ではこれだ。
人間というのは本当に成長が早い。悲しいぐらいに。
「掃除に決まっているでしょう。こんな埃だらけの屋敷にソフィアさんを連れてこれませよ」
「ああ、だったら私が魔法で」
「ダメです! マイア様の掃除魔法は大雑把すぎます。下手したら壁が吹き飛ぶでしょう? 私はマイア様が鳥小屋を壊したことを忘れていませんからね。あの時はヤトが怒って怖いぐらいでしたから」
そんなものはコリンが十歳ぐらいの時の話だろうに。
それこそさっさと忘れて欲しいものだ。
「ああ、そうだ。マイア様、ソフィアさんは本好きらしいですからきっと話が合うと思いますよ」
「そうなのかい?」
「ええ、宿屋を見つけるよりも先に図書館に行ったそうです。ここに来たら図書室を自由に使わせてあげてくださいね、きっと喜びますから」
「……ああ、そうだな……雇うことになったらそうしようか……」
本好きだと聞き、マイアは急に書類が気になった。
ソフィアという名のメイド歴のある女性。
コリンが勧めるだけあってきっと朗らかな子なのだろう。
温くなったコーヒーに口を付けながら、もし雇うことになったら上手くやれるといいなと、マイアは淡い期待を持った。
「あ、それから、ソフィアさんは前職を解雇されてますが、それには事情があります」
「事情?」
「はい、勤め先の坊ちゃまに告白されたそうですよ。美人な子なのでそれもしょうがないかと……ただ解雇は可哀想ですけど……」
「それはまた……可哀想に……同情するよ」
「ですよねー」
マイアも勝手に惚れられ迷惑を掛けられたことは沢山ある。
なのでソフィアという女性には哀れみが湧いた。
「明日連れてくるので、しっかりと顔合わせをして下さいね。私のこれまでで一番お勧めできる方だと思うので、きっとマイア様も気に入ると思いますよ」
「フフフ……そうか、コリンのお勧めか、コリン有難うね」
マイアはコリンの話を軽く聞き流す。
いくらコリンが気に入ったとしても、そのソフィアという女性がここで働きたいと思うかは分からない。
公爵家といっても小さな屋敷で、自慢できるものなど何も無い。
きっとマイアと会ってもガッカリして、断るかすぐに辞めるだろう。
今までもそうだったのだ。
誰かしら雇ってもマイアと上手く行くものはいなかった。
マイアはこれからもずっと一人で良い。
同族にも嫌われ、人間にも歩みきれない中途半端な自分など、人が仕えるに値しない存在だ。
マイアは長い人生のせいで、いつしか孤独になれてしまった。
友人は沢山いるが、家族はもう居なくていい。
コリンが掃除をする姿を見ながら、湧きあがる期待を押し込めたマイアだった。
おはようございます。今日も読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感謝しております。
エルフ公爵様登場です。
気に入って頂けると嬉しいです。
夢子




