93.突然白い煙が大量に
魔法使いを何人も雇っているのは、こういったときに強硬手段に出やすいからだ。
いくら防御の間といえども、その部屋ごと落下したら中の者は無事で済まない。
魔力がまだあろうとも、その衝撃までは吸収しきれないだろう。浮いた身体がどこへ落ちるか。アメリアが一緒にいても、何度も浮いて落ちてを繰り返せば治癒もままならない状態になるはずだ。
「おい! 聖女アメリアは連れ帰るぞ!?」
いつの間にかメルヴィンのところまで来ていた第五王子が叫ぶ。
「ウォルバール殿下、今予定外のことが数々起きています。我々の狙いである王の首を最優先とさせていただきます。もちろん、聖女アメリアはできうる限り救いましょう」
まあ、あくまで出来うる限りだ。
「それに、聖女アメリアの血族を我々は把握しております。もしも、彼女が残念なことになっても、その血族丸ごとバンゴール王国で飼えばいいのですよ。優秀な治癒師が現れ易い血族なのですから。ギルバート王子とアメリアの子をと言うくらい気の長いバンゴール王国ですから、そちらもまた待てる、でしょう?」
まったく知らぬうちにそんな文書を送り、またメルヴィンの目を通さずに返事をした王族たち。
あれはかなり頭にきた。
「公爵様! 門が、門が開いてしまいます! 市民が押し寄せて、開門を!!」
「チッ、急ぐぞ」
有無を言わせぬ勢いに、ようやくウォルバールも黙る。
魔法使いを集め、防護の間に向かうと、そこは、真っ白な煙に包まれていた。
「くそ、なんだこれは!」
「公爵様! それが、突然白い煙が大量に……火事ではなさそうなのですが」
風を使い、その場の空気を入れ換えるように動かす、が、煙の勢いは止まない。
「もういい! ここからやれ、魔法を打ち込めるだけ打ち込め! 防護の間だけ残っていくだろう。城を壊してやれ!」
「スミレちゃ~ん、ラジカセ、ヒロミちゃんところからもらってきたわよ~」
「あら、ごめんなさい、もう十分なのよ。って、また古いヤツが出てきたわねえ」
「もういらないってんで、倉庫の奥にあったらしいわ。ほら、これ見て、歌謡曲のセットも付いてるの」
「まあ、懐かしい。今度婦人会のときに流しましょうよ」
「それもいいわねえ」
ビニールハウスの向こうで、スミレの話す声が聞こえる。アリスはゴンゴンと音を立てる煙を吐き出す機械のホースを、小さく小さく開けた扉に突っ込んでいた。
あちらの声も漏れ聞こえる。
とにかく、敵の周知が必要だとトシが宣言した。
周知と、相手の予想外を連発することが必要だと。
国王陛下が言った、『拡声の魔道具で演説したいものだ』という言葉を、トシとスミレに伝えると、なら宣言してもらいましょうと、アリスにカセットレコーダーの使い方を教えてくれた。こちらの機械があちらでも動くか確かめ、アリスはその使い方を習い、スミレは友人に古いカセットレコーダー、壊れてもいい物、いらない物はないかと聞いて回った。
「その通信具ってのが壊れてるんだろ? 使えなくなってるって言ってたな。ならお互い様だろ。ほら、これ、トランシーバーっていうんだが、近い距離しか使えないやつだ。これが使えるかどうか確かめてこい。四つしかないが」
トランシーバーによる、意思疎通。カセットレコーダーに王の言葉を録音、それをダビングして王都のあちこち、貴族街のあちこちに設置。
「王都に兵士を連れて向かうように、領主にお願いしたんだろう? 途中の街にも呼びかけて」
「うん、目の前で扉に入ったし、信じてはもらえたと思う」
「ならそいつらが到着したときが攻める時だろうよ」
トランシーバーで、王都に軍が迫ったのを確認の報告を受けたら、すぐに音声を流す。そばで聞くと耳が潰れるかと思うような大きさだが、そのおかげで街の人々がすぐ寄ってきた。
あとはそれに紛れて、王の言葉だとか、門を開けろと扇動する数人がいればいい。
同時に、冒険者たちを貴族街へ向かわせる。
誰にでもわかるよう、夜陰に乗じてトシに渡された赤色のスプレーで、壁に大きくヴォンアイグ家と書いておいた。
これは、ジェフリーにも協力してもらった。
アリス以外は嫌だとだだをこねるのを、美味しいお菓子で釣って、キャルとフォンが向かった。
「スプレー、酷い匂いがするけど、壁にあんなに綺麗に書けるのはすごいわね!」
楽しかったそうだ。
あとは城の周りで、いくつも扉を開いて、火をつけたロケット花火を放り込む。
とにかく、異変をたくさん起こす。
それに少しでも兵士が振り回されればいい。
そして、それに乗じてロイたちが城の中に侵入した。
レークスたちは王家に伝わる秘密の出入り口、ノールモルデン公爵すら知らない道筋を、国王から聞いたのだ。
煙を流しているのは、少しでもその手助けが出来るようにするためだ。
騎士たちは王家の救出に向かい、ロイたち五人は食堂へ向かった。一番人の多い場所だ。捕らえられている使用人たちが多数いることだろう、と。見捨てるには人数が多すぎる。できれば助けたいとメルクが言った。王族以外の貴族もここに集められている可能性があると。
扉の力は、使えば使うほどスムーズに開けるようになってきた。
今は開いた後から扉の大きさを変えたり、そのまま横滑りに滑って扉の位置を変えることもできるようになってきた。
「なんとも楽しい聖者様だな」
「これが普段どんな風に活用できるかわからないけどね」
「でもほら、森で行ったことがある場所なら、扉で移動できるわよ。素材採りが楽になるんじゃない?」
「!? それは、すごい。え、すごいかも」
「一度こちらを挟まなければならないけど、危ないところにいかなくて済むわね」
それは、すごい!
「まあそこら辺はまた後にしな! 今はロイくんたちが上手くいくようできうる限りサポートだ」
ミールスの領主は、アリスが頼んだことをきちんと成し遂げてくれたようで、すぐさま領地から出発し、王都に向かってくれたようだ。
すべてが騎馬の軍。途中足の速い馬で近隣の領地にも呼びかけ、かなりの軍勢が揃ってきている。
王都の外から攻め立て、内から安全な範囲を広げて行こうという試みなのだ。
内の人が増えれば、魔力を供給する人も増える。魔力回復薬の飲みすぎで体調を崩す確率もぐんと減る。
秘密の通路は防御の間のすぐ近くに出ることができた。その空間を確保したら、トランシーバーで無事を告げて、防護壁の範囲を広げて行く。
なんとか、王都を取り戻そうと、皆が努力していた。
が、轟音が響く。
今はもう、扉から中を覗かなくてもあちら側のことが鏡の向こうの世界のようにわかるのだ。しかし、演劇の演出につかうという煙製造機のせいで、何が起こったのかわからない。
トシが煙製造機を止める。
再び、轟音。何事かと、一度扉を閉め、学院長の部屋へ戻った。
トランシーバーを握りしめた学院長の顔色が悪い。
「彼ら、城を潰すつもりだわ……」
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