43.なら、二人でいいか
「この破綻に気付いたアリスにも、ぜひ会いたいと言っていたが」
滅相もない。アリスはブンブンと首を横に振った。
「まあ、そうだろうと思って、丁寧に断っておいたよ」
それは良かった。
「アリスにも何か礼をと言っていたが、さすがにわからなくて。聞いておきますと言っておいた。何か適当な、当たり障りのない物をお願いするといい。それも断るのはさすがに失礼だから、考えておいてくれ」
メルクの言葉に頷く。まあ、何か、それこそ流行の菓子でもいい。
ようやく五人が揃い、本格的に冬支度が始まる。ジャムは引き続き狩りのないときに作り、薪は煮炊き分が一階に山のように積み上げられた。煮炊き分ですらこれなのだ。
食事は狩りの時以外のメニューを固定することによって余計な物は使わずに済ますよう日数計算をして、麺類の乾燥も、マリアやロイがいればカビることなく上手に出来る。これはアリスの分も一緒に乾燥させてもらった。
メルクは普段からまとめるのが上手く、冬支度もだんだんコツを掴んできたのかロアン商会長と話しながら追加の分をせっせと納めてもらっている。
狩りの契約も予定通りすることとなった。狩った物を在庫を考えながら燻製にしたりしてもらうそうだ。
そうして、朝晩だけだった冷え込みが次第に昼間も部屋を暖めないと辛くなり、本格的な冬が始まった。
そのころには避け石や他の物の納品もすべて終わり、また何か必要な時はお願いしますと、カイルが最後の納品の時に言った。
「何かお困りごとがあれば相談してください。ロラン商会にでもいいですし、俺個人にでも。女性の一人暮らしは何かと困ることも多いでしょうから、力仕事なども気軽に言いつけてくださいね」
カイルはアリスが女だからと下に見ることもせず、取引先として常に丁寧に接してくれた。まあ、ロイたちとの繋がりというところもあるのだろうが、ありがたい。
「おかげさまで今年の冬支度は、お金の心配はなさそうです。こちらこそ助かりました」
「よい取引となって良かったです。専属が決まらなかったら、申し訳ないのですが避け石はまたお願いすることがあるかもしれません」
それくらいならお安いご用だ。本業の薬師の仕事を圧迫することもない。
と、カイルと入れ替わりにロイが入ってくる。
「おはよう」
「おはよ……今の誰?」
「ロラン商会さんのところの、カイルさんだよ。避け石の」
「ああ……あそこか。魔道具に魔力込めに来た」
「いいのに。午前中開けてる間しか使わないつもりだし」
去年は祖父と交代で魔力を供給していたから、今年はもっと少ない時間稼働するつもりだった。
「あっちはマリアと他のやつだけで済むし。おじいと一緒に供給してたんだろ? アリス一人じゃ足りない」
午後からは布団にもぐるからと言ったが、ロイは折れなかった。仕方ないのでお願いする。魔力はタダではないというのに。
部屋を暖める魔道具は、手のひらサイズの小さなものだがとても高性能だ。キッチンの机の上に置いておくだけで、キッチン全体はもちろん、店舗のカウンターあたりも十分暖かい。
「じゃあ、何か食べていく?」
「いや、アリスの冬支度分が減るからダメだ。食べるなら俺のへそくりから。でもまだ冬が始まったばかりなのにいきなり食べるわけにはいかない」
ロイは、よっぽど食料が足りないのが不安だったのか、自費で買った麺類と、ジャムをアリスの家に置いていた。預かったものは素材倉庫に置いてある。
そう、貯蔵倉庫だ。
冬支度で困ったのが、貯蔵倉庫のことだ。食料はもちろん、薪などもここにたくさん置いておく。が、アリス一人のときはあちらへ行ってしまうのだ。悩んで相談して、結局ビニールハウスに薪も食材も半量置いてもらうことにした。もう半分の食料は二階のおじいの部屋に。薪はキッチンに山積みになっている。
ロイが来た時用に、ロイがいる間に倉庫を開けて薪や食材も多少入れておいた。
この手間が、今回は少し大変だった。
それでも、説明はできないし、ロイがいれば倉庫のドアは倉庫へつながるので見せることもできない。
つまり、変に思われないことが重要だ。
ロイには、と思う瞬間もある。
だが、言葉と、それこそスミレさんのご飯くらいでしか説明のしようがない。
あちらの物を見せればと思うが、よく分からない物だらけだろう。アリスの頭がおかしくなったと思われるのも怖かった。そう思われた先、何が起こるのかも怖かった。
ロイに、嫌われたり頭がおかしくなったと思われるのも嫌だったのだ。
そんなことに思いを巡らせているうちに、魔力込めが終わったようだ。
「ありがとう」
「狩りに行く日は、なるべく事前に言うから、魔力切れに気をつけて」
「うん。次の予定はあるの?」
「明後日、少し森の様子を見に行く。これはギルドからの冒険者たちへの依頼だな」
魔物は冬眠するものとしないものがいる。そして、しないものは食料が乏しくなると森から出てうろつくのだ。街まで来ることはそうないが、どうせ魔物は増えるのだから、狩れるうちに狩ってしまう方がいい。
「じゃあ、明日芋飴作るから手伝ってもらってもいい?」
「わかった! 楽しみだ。……フォンも連れてくるか?」
ああ、来年の芋飴作りのお手伝い要員か。確かに分けるつもりでいたから、手伝ってもらうのも一つの手だが。
「どちらでも。教えるのは来年でも出来るし。今回はあんな量は作らなくてもいいから」
「なら、二人でいいか」
「うん」
約束を交わし、ロイは店番をする。
これは去年、冬の終わりに祖父が亡くなるまでもそうだったので、今年も続けるようだ。
そして、ロイがここにいると、困りごとを抱えて街の人達がアリスの店にやってくる。
乾燥しきれていなかった薪の乾燥作業や、埋めた隙間を固定するために土魔法を頼みに来たり。雪はそこまで積もらないが、それでも降った時には屋根に積もりすぎればそれを溶かすためにあちこちへ向かう。
アリスも店番はこの時期ほとんどやることがないので、ロイと暇つぶしに呼ばれた先へ行っていた。
冒険者になったのだから、自分の技能をタダで使うなんてと言う人もいたが、ロイがそうやって魔法を使っていたのは冒険者になる前からで、彼にとってはご近所付き合いの一環だ。
それに、頼んだ相手は何かしらロイにお礼をしていたし、何より本人が動き回るのだ。
今年はアリスは留守番だ。
改めて、もうすぐ祖父が亡くなって一年になるのだと思い至った。
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ストック尽きたら更新ストップするかとも思ったのですが、止めたら止めたで書かなくなったが怖いので〜
よろしくお願いします。




