ハーデスの一日
「……二百九十七…二百九十八……二百九十九……三百っと……」
俺は毎日朝日が昇る前に起きて筋トレをしている。腕立て伏せ、腹筋、スクワットを各三百回づつを三セット。四百年間毎日欠かさず続けている。おかげで筋肉ムキムキなのだ。体はどんどん強くなる、厚さ二十五ミリの特注の鉄板を曲げる事なんて朝飯前。握力だって石柱を余裕で砕く事は出来るくらいはある。百メートルのタイムだって六秒をきっている。(一昨日測った)
でも、勇者に勝てない。
なんだこの矛盾は? 普通このくらいやってたら誰か一人くらいには勝てるはずだろう。
俺には闘いの才能が無いのだろうか? 単純な力なら負けるはずないのに。お腹空いた。もしかして勝負に勝てない呪いでも受けているのでは!?
でもそんなものを受けた記憶はないしなぁ……。もしかして記憶を操作されてるのでは!? 操作してるのは? ……もしかしてキューちゃん!!??
「んなわけないでしょう!」
「へぶっ!!」
痛いよ、殴るならせめて枕で殴ってくれよ。角材で殴るのは流石にナシだろ。しかもなんで首筋を正確に狙ってくるの?
「声に出てましたよ。今更そんなベタなことしないで下さいよつまんない」
「おごっ!」
何故だ…何故みぞおちに追加攻撃を……………ガクッ。
「だからガクッって自分で言うなんてベタなことをするなと……」
キューちゃんのツッコミが少し弱弱しくなった。
「さてオチがついたところで、キューちゃん朝ごはんお願い」
なんだかんだでキューちゃんは楽しいことや面白いことが大好きだ。勿論俺も大好きで、止める者などいないのだ。というかこの城には二人と一匹しかいない。
彼女が作ってくれる料理はいつも絶品で、栄養バランスなども考えて作ってくれる。口には出さないが感謝している。
「キューちゃん、今日の予定は?」
食事が終わって、俺は食器を洗いながら少し大きめの声で聞いた。
「今日はこないだ買った泣き虫ペダルのBlu-rayを全話視聴します。キリッ!」
「いやキューちゃんの予定じゃなくて俺の予定。あと何遊ぶ気でいるんだよ、働いて。それとキリッって言わなくていいよ! あと最後に泣き虫ペダル見る時は俺も呼んで!!」
うん、我ながらなかなかのツッコミ。少し長めのセリフだけど噛まずに言えた。
「すいません間違えました、泣き虫ペダルじゃなくてイカヅチイレブンでした」
「そこじゃねーよ」
俺達はそこらの人間の漫才師よりはレベルが高いと思う。ってSNSに書いたら炎上したことがある。
その後キューちゃんはちゃんと俺の予定を教えてくれた。
この後俺はお昼まで街の視察をしたのち、その後は部屋で書類を片付ける。なおいつも道理、勇者がやってきたら随時相手をする。
~~~三十分後~~~
「今日はなかなか珍しいめり込み方してますね」
「………」
「流石にその恰好じゃ喋れないですよね」
キューちゃんはそう言って俺の周りの壁を破壊して助けてくれた。
「しかしどうやったら右半身だけ壁に埋まるんですか?」
そんなの俺だって知らない、むしろ教えてほしい。
俺にしては今日は頑張ったほうだと思う。何せ一撃で倒されなかったし反撃だってした。空振りしたけど。
でもトドメのラリアットはすごい威力とスピードだった。あんなのは俺には到底避けられるようなものじゃない。
そもそも俺相手に肉体強化の魔法とか使うなよ、そんなの使わなくても倒せるだろ。俺が痛いだけじゃんか。俺は肉体強化なんて使えないんだから正々堂々一対一の目つぶし金的なしの怠慢素手バトルをするべきだろ。
「お前それでも魔王かよ」
キューちゃんの呆れたような声が聞こえてきた。
「心を読むな!」
「じゃあ声に出すな!」
「………!」
金的はナシって言ったじゃないか……。
玉割れるかと思ったじゃないか。カタ玉になったらどうするんだよ全く……。
すい~とアップル(風俗)のマリちゃんとアフターが最近の楽しみなんだから奪わないでくれよ。
「たまにはキューちゃんが相手してくれでぇぇぇぇぇふ!!」
一瞬視界がグルンと回って、次気が付いた時には目の前には高い高い天井とタロウの三つの心配そうな顔が見えた。少しぼやけているが。
マジ気絶したのは五十六年ぶり十四回目だ。慣れとは怖いもので、久しぶりだなぁとくらいにしか思わなかった。因みに幸か不幸か死んだふりと気絶したふりを覚えている。勇者とかにやられた時は大体このどっちかでやり過ごす。
「次セクハラしたら骨砕きますよ」
やばい、あの目はマジだ。次は本当に骨を砕かれかねない。俺もキューちゃんに対抗できるレベルの体術とか魔術を習得したいなー。無理なのは分かっているけどさ。
でも体はずっと鍛えてるけどさっぱりだし、魔術は昔さんざん練習したけど結局役に立たなかったし。
魔術には火、水、氷、風、雷、土、光、闇、無の九つの属性がある。頑張り次第でいくつでも覚えることができる。勿論元々の才能などもあるだろうが。
今俺が使えるのは氷の魔術だけだ。
「ほぉぉぉぉ……ハァ!」
何とか魔術を使ってみるものの、手から小さな氷の礫が少し出ただけだった。
「あーやめたやめた」
始めからこうなるのは分かっていたことだし、期待もしていない。
俺はリビングに戻った。すると丁度キューちゃんがクッキーを焼いていた。彼女はお菓子作りを趣味としている。
「ハーデス様、クッキーがもうすぐ焼けますよ」
「ん、ありがと」
「え?」
「え?」
何故か流れる沈黙。五秒ほどの沈黙。何故か十秒にも二十秒にも感じる。
「あ、すいませんもらえると思っちゃいました。ごめんなさい」
わかっていたことだ、こうなることは分かっていた。
「……別に何も言ってないじゃないですか」
キューちゃんは俺の方を見る事をせずに言った。少し頬を赤らめているようにもみえる。
「え、じゃあ、もしかして……?」
もしかして遂にキューちゃんにもデレ期が来たか? 不覚にも少し可愛いと思ってしまった。いや、彼女は元々美形なのだから普通に可愛いのだ。
「あげませんけど」
即答か。期待してしまった自分がいるのが恥ずかしい。でも少し興奮した。もしかしたら俺はMっ気があるのかもしれない。
「さて、そろそろなんで今日の仕事をさぼったか教えて下さい。もうおやつの時間ですよ」
「さ…サボってないよ。視察はさっき五分で済ませたし書類なんか俺は知らない」
「いいから街に行きますよ」
あの、口より先に手が出る性格をなんとかしてくれないかな。俺はキューちゃんに瞬殺されたのち、首をロープで絞められて引きずられている。死んだじいちゃんが見えるよ、ウフフフ…。
その後じいちゃんと別れたあと目を覚まして、なんとか仕事を終わらせた。この日は珍しく、勇者は朝に一人やってきただけだった。