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捨て猫

「いい加減にしろよ! そうやって君はあの時も母さんを見捨てたんだ! 施設に預けるのだって高くつくんだぞ!」


 おばばのへやでねむっていると、お父さんのどなり声が聞こえてきた。ふとんの中でミケをだっこしていた私は、ビクッとかたをふるわせた。


「仕方ないでしょ! あのままじゃ私、本当におかしくなりそうだったから……! 自分の心を優先して何が悪いの? あなたは碌に手伝ってすらくれなかったじゃない!」


 もうふを頭までかぶって、私はギュッと耳をおさえた。こういう夜は、ただじっとしずかになるのを待っていた。けど今日のケンカはとてもはげしくて、ようしゃなく声が耳にながれこんできた。


「また俺に責任を押しつけるのか!? この家に金を入れてやってるのは俺なんだぞ! 自分は働いてすらない分際で!」


「何よその言い方っ!? 『病気が落ち着くまでゆっくりしていい』って言ったのはあなたのほうじゃない! 私だって辛いのよ!」


「病気病気って、いったい何年待ってやったと思ってるんだ! いい加減冬音のことは忘れろよ!」


(フユネ?)


 いきなり知らない人の名前がでてきて、私はとじていた目をパッとあけた。くらやみの中で目だけ光っているミケの顔を見る。「にゃー」とミケは鳴いた。


「もうやめてよ! 冬音の名前を出さないで!」


 お父さんとお母さんのケンカがどんどん大きくなる。「フユネが」、「フユネが」、「フユネが」。なんどもその名前がくりかえされた。私はもうその名前が耳のおくまでひっついて、とうとう気になってロウカに出てしまった。


「だったら、真由貴はどうなんだ!? この頃は真由貴の帰りも遅いじゃないか! 本当にちゃんと世話してやれてるのか!?」


 お父さんが、こんどは私の名前をさけんだ。


「してるわよ! でもあの子、遅くまで家に帰ってこないんだもの! 私のせいじゃない! 何度注意してもあの子言いつけを守ってくれないのよ!」


「それを何とかするのが母親の仕事だろ! 子供がほしいって言い出したのは君のくせに! 本当に真由貴のことを愛しているのか!?」


「愛してるわよ! 愛してる! 愛さなきゃいけないのよ……」


 リビングの入口までくると、お母さんが泣きはじめた。そっととびらをあけて中をのぞくと、お父さんも顔にしわを作って口をとじている。


 リビングとロウカには、お母さんがうぅ、うぅ、と泣く声だけがひびいていた。重い空気がどんよりとつづいている。けど時間が少しすぎると、ボツリとお父さんがつぶやいた。


「やっぱり、施設の子なんて引き取るべきじゃなかった。お前が冬音を産めたらよかったのに……」


 その時、私はピストルをうたれたみたいにうごけなくなった。まわりがざわざわとうるさくなって、耳がキーンとした。


 ずっとかんじていたこの家のおかしな空気。その正体にやっと気づくことができた。


(ああ。私は、ミケとおんなじ『すてネコ』だったんだ)


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